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始まりの鐘の音

 ドスッと何かが力尽きて地に落ちた音が、微弱な振動と共に俺の運命のドアを叩いた。


 普段なら決して耳に届かないだろう程までに小さな音と振動だったが、海の底の様に静まり返ったここには良く響く。


 ここは世界の終焉の地ーーーなんてことはなく、ただの所謂『始まりの町』に過ぎない。


「音、なんの音だ」


 ポソリと一人呟いたその声は部屋の隅に駆けていき、すぐに音が消える。


 今日は何故か眠れない。理由なんて毛頭無いが、何故か眠れない。


 夜が更けるまで読書に入り浸っていたからだろうか、脳が覚醒し睡魔の欠片もない。


「確認しに、一度見に行ってみるか」


 どうしてそう思ったのかは自分でもよく解らない。普段なら気にせずにそのまま夢の世界に落ちていくだろうに。


 ムクリと寝床から体を起こし、足を床につけて夜の静謐さを感じる。


 服などは一切そのまま、家を出て音のした方へと足を向けて歩いた。


「この辺……だろ?」


 幸いにも音がしたのは家の近くで、歩いてすぐの林。


 鳥や花卉全て寝静まっているようで、聞こえるのは風が奏でる涼やかな音色のみだ。


「にしてもこんな夜中には流石に誰もいないようだな」


 時刻を確認せずに家を出てしまったので正確な時間は判らないが、今は真夜中で誰もいるはずはない。


「……少し気味悪いのは気のせいか?」


 ここにはドラゴンはじめ強力な幻獣は全くいない。町の外に出歩き、偶にゴブリンに遭遇する程度のものなのだが、それでも何かいると俺の器官がそう訴えかけてくる。


『耳を澄ませ心を細く、点のみを見るのではなくその点の周りを見ろ』いつか誰かが説いた言葉が脳裏に過ぎる。


 集中し、周りに目を向ける。


 すると、

「シュー……シュー……シュー……」

 何者かの呼気の音がした。


「誰かいるのか? いるのなら声を出してくれ」


「………………………………」


 声は聞こえないが、その深淵の草原に問い続けることにする。


「………いるのか? ………………いたら返事を、だな」


「あぁ、ここにいる」


 丁度背中、十メートル程で声がした。


 中性的でありながら脆弱で嗄れたその声音は、世界を俯瞰する賢者を思わせる。


 振り向いた刹那、呼吸をするのを忘れていた。


 目を凝らすと、そこにはトカゲのような巨大生物がその大きな瞳で見下ろしていたから。


 それは絶対にこんな所には現れない幻獣。並びに、十六年間生きてきたがはじめて本物を見た。


「……………さっきの息はあんたか。しかしこんな所にドラゴンとは珍しいな。どうしたんだ?」


 言っていて自分で感じた。この幻獣ーーードラゴンは、有象無象の内の一体ではない、恐らく只者ではないだろうと。


「逃げて来たのだ。遥か彼方からな」


「……言葉が話せるのか」


 俺がこのドラゴンが只者ではないと思う判断材料の内の一つがこれだ。


「無論、我らドラゴンは高等な生き物。汝ら人間の言葉は話せて当然だろう」


 続けて質問を幾つか投げ掛けたかったが、その「シュー……シュー……」という呼気を耳にしてやめた。


 もう体力は殆どと言っていいほどに残っていないらしい。


 かなりの暗さで殆ど何も見えないのだが、僅かな光の欠片を集めて見ると、全身からドロドロと血が噴き出している。


「……大丈夫かよ」


「そんな詰まらぬことを言うのではない」


 命の灯火が今まさに消えかかろうとする中、そのドラゴンは全身全霊で力を振るい言葉を続けた。


「汝、汝自身の世界の範囲を述べよ」


「世界の……範囲……」


 自身の世界の範囲、とは自分が暮らしている生活圏のことだろうか。


「我はこの通りもうすぐに力尽きる。早く述べよ」


 命が尽きていくその最中だというのに、ドラゴンのその声には全く哀愁の念は感じない。


 まるで死に逝く運命なぞは既に受け入れているとでも言うように。


「ここら周辺のみだ」


「そうか。汝はこの世界がどんな形を成しているのか知っているか」


「知らない」


 そうだ。俺の生活範囲はこのウィリディスという町の中にあり、それ以上外には出たことは一度もない。


 外の世界になんて意識を向けようとしたことは只の一度もないのだから。


「浮いているのだ。


 我らが今こうしてここにいるが、この大地この大陸、それは大空に浮遊しているのだ」


「……は? 本気で言ってるのか?」


 今自分が立っているこの地面が空に浮いているなんて想像したこともない。


 だからそんな眉唾な話、受け入れるはずがないのだ。


「そうだ。この世界は、大小様々なイーンスラと呼ばれる浮遊大陸が合わさってサントゥクスを中心に円の様に形成されている」


「浮遊大陸イーンスラ……」


 聞いたことがない名だった。


「汝が生活しているここは、その円の一番端に位置しているイーンスラの一つなのだ」


「ってことは端に行けば落ちるのか? 下に」


「そうだ、下に落ちていけばそこは死者の国。死んだ者が行き着く成れの果て」


「ひとつ……聞いてもいいか?」


 絶え絶えで弱々しい呼気もいよいよ小さくなっていくそのドラゴンに、俺は一つ問いた。


「どうしてそんなことを俺に教えた」


 イーンスラにサントゥクス、耳にしたこともないその言葉に俺は少し昂った。


 だが最期の地で偶然出会った少年に「世界の範囲」を問いたりするものなのか。


 あるいは只の気まぐれか。


「…………………………」


 生き絶えたのか、そのドラゴンは言葉を返さない。


「死んだ……のか?」


「…………………………連れて行け」


 小さく鼓膜を震わせたその声には、心を震わせるドラゴンの覇気があった。


「連れて行けと、言っているのだ」


「連れて行けったって何処に」


「サントゥクス、この世界の中心に儼乎たる様子で聳える巨大な山にだ。


 ……このイーンスラを出て、世界を滅ぼさんとするある者を討つために」


 ーーーずっと、この世界は詰まらないものだと思っていた。本当にずっと。


「危険な旅になるだろう」


 蒼穹の下では畑を耕し、雨降るときには屋根の下で本を読んで過ごす。


「生と死の境界の線の上を、常に渡る様なものになるかもしれない」


 剣を持って闘うこともなければ、盾を持って誰かを守ることもない。


『お外で遊んでいらっしゃい』


 血は繋がっていないが母親同然のその人にそう言われ、渋々外に出ても町の路地で鬼ごっこなどをすることしか出来なかった。


「弱々しい汝の手では、何も変えられないかもしれない」


 それなら俺は、俺たち子供は何処で手に汗握る冒険をしろと、何処の大地を全力で駈けろというのか。


「だからもし……」


 本当に、ずっと詰まらないと思っていたんだ。転じて心から昂ぶることもないだろうとも思っていた。


「もし……」


 だからそのドラゴンの言葉は、当然の如く強く俺の琴線に響く。


「もし汝が我を連れて行くというのなら、我は汝に力を授けよう」


 そんなものが無くたって、答えは既に決まっていた。


「あぁ、任せろ。やってやる」


「……腕を、腕を出せ」


 心の底から湧き上がる熱き感情に、俺はただ身を任せた。


「ーーーーッ‼︎‼︎」


 差し出した俺の右腕に、ドラゴンはその巨大な顎門で噛み付いた。


 と同時に衝撃的な痛みが右腕に走る。


「…………………………これで汝と我は契りを結んだ」


 契りを結んだ、と。


「…………………………これは。なるほど運命の悪戯というやつか、いいだろう面白い。


 では、我をサントゥクスに連れて行け。よいな?」


「それは分かったが、あんたはその……全身ズタボロだけどどうするんだ。まさかその傷だらけで出るってのかよ」


「…………………………見ておれ」


 そう言ってドラゴンは、月明かりに照らされて輝く眼を閉じて瞠目する。


 何処からともなくドラゴンの周囲に迸るのは青みがかった電流。


 そしてそれが包み、ドラゴンは青の光に包まれていき、俺は只ならぬ魔力を感じた。


 何の魔法なのか、それは判らないが一つ解ることがある。


 これはきっとありふれたものじゃないと、このドラゴンにしか使用できない最高魔法の一つだと。


「ヒューロロロロロ」


 木々にいる鳥や町にいる人々を起こしてしまうだろう程の爆発音と共に、空から青の雷がドラゴンに向けて降り注ぐ。


 あまりに強力なその力は、離れている俺の身にもビリビリと電気を走らせた。


「ーーーーッ‼︎‼︎」


 完全にドラゴンが青に包まれるその刹那、俺はそのドラゴンの巨躯をはっきりと見た。


 どす黒い血が所々に固着しているが、全身は見事なまでの白。目の上にあるのは刃に斬られた跡がある。羽ばたく翼は想像を遥かに逸すほどの大きさ。


 何時ぞやに、本で読んだ見たことがある。


 全世界共通認識である最強の幻獣ドラゴン。


 ファイアドレイク、フロストドレイク、ダークドラゴンをはじめ、ラードーンなど多種多様のドラゴンだが、そのどれもが強力で最恐の幻獣。


 俺の勘違いではなければそのドラゴンはさらにそのトップーーー畢竟、エンシェントドラゴン。


「なっ! なんだよそれ!」


 眼前倒れていたドラゴンは何処にもいない。代わりにあるのは灰の山と、その山に突き刺さっている拙い劔のみ。


「抜けってことなのか……?」


 今はもういないそのドラゴンに、言葉を投げ掛けながら劔の柄を両手で握る。


 その劔は決して抜けない勇者の劔ーーーなんてことはなく、ザサッという音とともに簡単に抜けた。


「……シンプルだな」


「ピューロロロロ」


 俺の言葉に応えるように、灰の中からそいつは顔を出した。


「お前は………?」


 手の拳程の小さなトカゲ顔。その側面には全体を見通せそうな大きな瞳が付いて、こちらを真っ直ぐに見つめていた。


「ピュー」


「なるほどな」


 どうやらこの灰はドラゴンの死骸らしい。あのドラゴンによる魔法は、再誕の魔法みたいだ。


 この劔がどうしてここにあったのかは定かではないか。


「連れて行けって言ったな。分かった、行こう。サントゥクスへ」


 装備は手にしたこのシンプルで拙い劔のみで、魔法なんて全く使用出来ない。


 そんな全てが初めての中、俺ーーーオリヴェルはその再誕したドラゴンに手を伸ばした。


 始まりの鐘の音を耳にしながら。

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