東京タワーとスカイツリー
その瞬間はいつも突然やってくる。
あの世界だ。
自分はいま、神保町にいる。
時刻は11時25分。
白秋、千夏と新宿で食事した次の日、早速あの世界に来てしまった。
今日は目的がある。世界の境界線を探すこと。
自分は黒い翼を広げた。
銀座六丁目を目指す。
上空から地上を見ると、一台のバイクが駿河台下交差点から東京駅方面へ向かっている。白秋だ。
「白秋」
「おう!春人!境界線、探しに行こうぜ!」
白秋のバイクは白のオーラを纏って走っている。バイクの周りは厚みのある白で覆われていて、餓鬼たちに突進しながら蹴散らしていく。白秋のバイクはこの前見た時よりも強そうだ。前々回よりレベルアップした?
自分は空中から白秋のバイクを追いかける。白秋のバイクはすごく速い。
東京駅付近に着いた。
赤く光る場所がある。千夏だ。相変わらず楽しそうに餓鬼たちを追い払っている。
「千夏サン!」
「春人!よかった。会えたね。これから境界線向かうとこ」
「俺もいるよ〜ん」
「そ」
千夏と白秋の間にはまだ温度差があるようだ。しかし今はそんなことはどうだっていい。目的を果たすことが先決だ。
「手分けして探すのもアリだけど、誰の行動で現実世界に戻るのかわからなくなる。せっかく集まったんだ。みんなで行こう」
なぜだろう。この世界だと自分は饒舌になる。自分の言葉に、白秋と千夏が軽く返事をした。
「それでリーダーの春人くん。北から攻める?南から攻める?」
「この前千夏サンと行った境界線から北上する」
はじめに前回見つけて境界線を抜けて現実世界へ戻れるか実験をした。
世界の色彩が変わる。現実世界だ。
実験成功。
境界線それ自体は変わらないらしい。
「北上しよう」
しらみつぶしのようだが、3人で境界線を確かめながら北上していった。
自分は黒い羽で、千夏は白秋のバイクに乗った。
白秋が持っていたカバンから地図を取り出して確認した場所に黒点を残していく。
次々に黒点が増えた。
白秋が地図を持ちながらつぶやいた。
「例えば皇居を中心とした同心円かと思ってたけど、違うみたいだ。なんというか、直線的だ」
「直線的?どういう意味?」
千夏が反応する。自分も白秋に提案する。
「直線になっているということか。この黒点を定規を当てるように引いていったらどうだ?」
白秋が答える。
「延長線上にあるのは……これか」
黒点を辿っていくと、あるランドマークにぶつかった。
「北は浅草……、スカイツリー?」
「ああ。そして南は」
「東京タワー。だね」
この瞬間、3人とも同じ仮説を立てていた。
スカイツリーと東京タワーを結ぶ線が、世界の境界線だということ。
「確かめよう」
「ここからだと東京タワーの方が近いけど、どうする?」
「東京タワーへ行こう」
白秋は千夏を乗せて陸上からバイクを走らせる。一方、自分は黒い翼で空から東京タワーへ向かった。
白秋の青いバイクが都道301号線上を走る。
東京タワーに近づき、愛宕神社前交差点までさしかかったとき、白秋のバイクがなにかにぶつかって弾かれた。
「白秋!千夏サン!」
一瞬何が起きたのか理解できなかった。しかし夢中で地上に降りる。2人の身体はバイクから投げ出されてガードレールにぶつかった。青いバイクは200メートルほど回転して金属の鈍い音を上げた。
なぜ透明な壁が。
2人は無事だろうか。
2人のバイクがぶつかった壁の正体が、次第に姿を現わす。
黄色く巨大な、龍?
それは敵というよりカミサマに近かった。
白秋と千夏に駆け寄る。
「白秋!千夏サン!大丈夫ですか?」
「イテテテ、なんとか大丈夫」
「あたしも大丈夫。魔法でなんとか」
千夏の魔法が2人を守ったのだろう。
「って、ちょっと!あの黄色いヤツ襲ってくるみたいなんだけど」
「すげー強そう。傷よ、癒えよ!」
「ちょっとなに?ふざけてる場合?」
「あれ?千夏チャンに説明してなかった?俺、この世界では言ったことが叶うっぽいの。言霊ってこと!いまはまだちっさいお願い事だけしか叶えられないみたいだけど、レベル上がると大きなお願いも叶えてもらえるかな?」
「言われてみれば傷が少し治ったかも」
「つぎつぎいくよん!春人が強くなってあの黄色い千夏チャンも強くなる!」
「なんか、怪しいなそれ」
「言霊っていう魔法自体、思い込みかもよ?なんて言うんだっけ。プラシーボ効果?」
「2人ともひどい!こっちは真面目なのに!ちょいちょいちょい、黄色いの臨戦態勢なんですけど」
黄色の龍がこちらをめがけて突進してくる。
狙いは自分?
黄龍の牙と爪が空を切った。圧倒的な威圧感と造形。もしここが、ゲームの世界だとしたらはまるで最後の敵。ラスボスではないか??
爪をめがけて。大剣を振り下ろしてみる。当たりはしたが、切れない。硬度がハンパない。
後方から千夏が援護する。
炎による攻撃。ほとんど効いていないようだ。
それを見た白秋は叫ぶ。
「春人!境界線へ急げ!撤退だ!」
自分はその声を聞いて、慌てて真東に移動した。
黄竜がバチバチという電気音を立てて追撃してくる。
ヤバイ。
黄竜の雷電を帯びた攻撃にあたったかと思ったその時、現実世界に戻っていた。
弱い人間の姿になった自分はその場で立ちすくんでいた。
「なんかあれだね!序盤で会っちゃいけないラスボスにあった感じだったね!」
「自分も同じこと考えてた」
「とにかくもう、あの世界へは行かない方向で考えたほうがいいとあたしは思う」
「もしまたあの世界へ入ったら境界線まで移動して一目散に逃げるってこと?」
「他に法則はありそうだけど。あんなヤツの世界にいたらいつか死ぬでしょ。ゲームじゃないんだから。リスクがありすぎる。死んじゃったかもしれない人もいるんでしょ?」
「確かに。千夏チャンの言うとおりだ。俺、一番弱いし。ブツブツお願い事言ってるだけで何にもできなかった」
「白秋の能力が一番チートっぽいのにね」
「叶わない言葉が多すぎて。レベルが上がれば叶うと思ってるんだけど」
「とにかく、あの世界へ入らないようにするの。今のところ、東京タワーからスカイツリーまでのラインから西に3人が集合するとあの世界へ入ってしまうことがわかってる。私も家は横浜だけど、職場は東京駅だから仕事休みの木曜日以外は避けるのは無理。2人は木曜日以外はできるだけ東京に来ないで」
「いやいや、俺、浅草住んでるし大学神保町だし!就活も千代田区めっちゃ行くし!無理でしょ!生活できない」
「じゃあ海外にでも移住したら」
「え?千夏チャンひどくない?」と白秋。
「自分は、埼玉だから大学行くとき以外は埼玉からでないようにするよ。でも自分も就活するから東京の企業を除くのは厳しいス」
「命と就職、どっちが大事なの?」と
「おいおい。それ、千夏チャンにも言えるだろ?命と仕事どっちが大事なの?」
「仕事辞めたら生きていけないでしょ?」
「は?そしたらみんな同じだよ。やっぱり今の状況で東京を避けるなんて無理だ!」
「竹簡、持ち歩かなければいいんじゃないですかね?」
「あ」
2人の声が同時に重なる。
「そうだった!それで解決だ!さすが春人!」
「なんで気がつかなかったんだろ。あたしとしたことが。むしろこの場で燃やしちゃう?」
「いやいや、燃やすともっと大変なことになるかも!祟り的なやつ!やめておこう?」
「そお?残念」
もし、竹簡がキーアイテムなら自宅に置いておけばいい。
次の日から自分は木の板、竹簡を家に置いて出て行くことにした。少し後ろ髪を引かれながら。
たぶんそのモヤモヤとした気持ちの原因はあの世界のことについてなにもわかってはいないこと。そして、桜山周子のせいだ。
***
「なんでだよ」
竹簡を家に置いていこうと決意した翌日の今日、またあの世界にいた。自分は竹簡を持ってはいないのに。
あの世界に迷い込んでしまったのだ。
なぜだ?
疑問は増すばかりだ。
ここは大学建物内。神保町。
時刻は11:32。講義はなく、就職相談室で調べ物をしていた最中の変化だった。
今、大学は期末試験の期間だ。もしかしたら近くに白秋が居るかもしれない。
「春人!いたいた」
「白秋!」
「俺、今日試験の最中だったんだけど!めちゃくちゃメイワク!いや、カンニングし放題なのか?正直者のワタクシは答案置いてきちゃったけど!
それはそうと今日、春人は竹簡持ってるか?」
「持ってない」
「俺も。北千住駅のコインロッカーに置いてきてるんだけど、作戦失敗か。テンション下がるわ」
白秋ががっくりとうなだれた。
「とりあえず、春人どうする?境界線抜ける?」
「いや、自分は今日西の境界線を探したい」
「ほうほう、西の境界線。たしかに東の境界線はスカイツリーと東京タワーライン。それが東と西のラインで、もし西と北にもあるとしたら。この世界は限定されたフィールドってことか?」
「自分は知りたいんだ。この世界がなんなのか。知ったうえで閉じたい」
「とじたい?」
「この世界を封鎖する。このままじゃ東京に就職できなくなるし、正直迷惑だ。もとの日常を取りもどす」
「たしかに春人の言うとおりだ。生活に支障をきたしてる。閉じる、か。ウン、乗った!俺も春人の考えに賛同する!」
「千夏チャンはどうする?」
「迎えに行ってるヒマも運ぶ術もないから、このまま行く。自分は空から真西に向かう。白秋もここで待っててくれ」
「……っ。あそっか。足手まといだよな俺」
「そういう意味じゃない。ただ、急ぎたいだけなんだ。空からなら早いから」
「いや、いいんだ。俺は俺で、春人を援護できる方法を探すよ」
「くれぐれも、危ない奴が出てきたら逃げてくれ。そして、バイクに乗るときは気をつけて」
「ああ、ありがと。春人、これ」
白秋が地図とボールペンを差し出す。
「持ってけよ。謎解きにはこれ、必要だろ?」
「ありがと。助かる」
「じゃ、頑張れよ」
白秋の自尊心を傷つけてしまっただろうか。
しかし、もう危ない目にはあわせたくないし、自分ひとりのほうが早い。
きっと千夏も境界線を越えないだろう。仕事があるから、他の誰かが境界線を越えるのを待つはずだ。
西の境界線を目指して羽ばたいた。
2人ならきっと大丈夫。
2人を信じてるからこそ、自分はひとりで戦うんだ。