リア充ふたりと小籠包を食べる
「春人、なにその髪型」
「えっ?」
千夏と白秋と約束した日、新宿駅には待ち合わせ時間の30分前に着いてしまった。新宿駅は迷うと言うから早めに来たが時間が余ったのだ。
冒頭は待ち合わせ5分前に現れた猿渡千夏に言われた台詞である。
「春人、寝癖ついてる。あとで直してあげる。あ。挨拶忘れてた。おはよう、春人」
「おはっ……、おはよう」
千夏と目が合う。
千夏はイマドキのおしゃれな女の子だ。ぷっくりとした赤い唇。大きな瞳からは長くて黒いまつ毛が天に向かって伸びている。駅の看板から出てきたような女の子だ。桜山周子がアイドルタイプの可愛さなら、猿渡千夏はモデルタイプの美しさだ。
普段絶対にお近づきにはなれないタイプだ。緊張する。遠くから白秋がやってきた。
「ちーす!もしかしてあなたが千夏ちゃん?春人から聞いてるよ!よろしくね」
「あなたが白秋さん?こちらこそよろしく」
「え?千夏チャン、めちゃめちゃ可愛いね!こんな娘と知り合いになれるなんて俺ってラッキー!」
「ふーん、そう」
ん?なんか千夏サン冷たい?
「白秋サン、ヘアワックス持ってる?春人につけるから、貸してくれない?」
「おお、了解。どうぞ。千夏チャン慣れてるね!美容師免許も持ってるとか?センスあるね」
千夏は白秋の問いには答えず、慣れた手つきで千夏は自分の短髪を整える。ヘアワックスで髪を細かい束の層にして流した。
どこにでもいる大学生の出来上がりだ。
「これでよし。おまたせしました。春人行きましょ」
千夏は無言で白秋にヘアワックスの容器を押し付け、歩き出した。
……なんか白秋につめたくない?リア充同士、意気投合するかと予想してたけど、意に反して千夏は白秋をお気に召さなかったようだ。
ちょっと不穏な雰囲気のまま小籠包のお店に着いた。
小籠包の有名店で自分の隣に千夏、対面には白秋が座る。
え?え?なにこの雰囲気。めっちゃ空気悪い。
2人を引き合わせたのは自分だ。
この立場、自分が2人の仲をとり持たないといけないわけだが、コミュ障の自分には荷が重い。大学デビューもしてない経験値の低い自分が、リア充同士を飼いならすなんて難易度高すぎませんか。
食事が運ばれる前に雰囲気を良くしなければ。気負っているが、策も技術も経験もない。
自分が悶々としているのを横目に、白秋は3人分のメニューをさらりと注文してみんなのジャスミン茶を注いだ。慣れた手つきだ。
「で、俺たちが集まったのはあの世界のことだよね。もしかして千夏チャン俺を警戒してる?」
「正直、そうね」
「まぁ、無理もないかな、あんな世界に連れて行かれたらあらゆる可能性に警戒するのが正解。でも俺もあんな世界に連れて行かれた被害者のひとり。めっちゃ困惑してる。俺は春人に会えてラッキーだったよ。千夏チャンにもこれだけは言える。俺は絶対春人を裏切らないよ」
「そう」
なんぞこの展開?!
なんかもうちょっと和気あいあいとした楽しい食事会をイメージしていたのだが、冷や汗しか出てこない。
自分いったいどうしたらいいんすか。教えて神様。
「あたしも春人は信じられるって思ってるよ」
春人くんモテモテですねえ。て自分か。モテ期到来?!自分が当事者っぽいのに当事者意識まったくないんですけど。しかもここまで自分の存在感はゼロで。なんなのそのかけひき。神々の戦い、マジ怖いんだけど。
「そ。それなら問題ナッシング!
これ見て!東京23区の地図。百円ショップのやつだけど。これにさ、何時にどこに居たかマッピングしたいんだよね。情報提供よろしく〜〜」
「目的は?」
「この前、千夏チャンと春人が世界の境界線を見つけたって言ってたよね。きっとあの世界へ入ってしまうのは条件があると思うんだよね。それが知りたい。
条件がわかれば、二度とあの世界に迷い込む必要はなくなる。俺これから就活控えてるし、いきなりあの世界へ行っちゃうの困るんだよね。
現に千夏チャンも困ってるでしょ?」
「あの世界に行かないようにできるならそれに越したことはないわ」
「でしょ?」
「協力するわ。でも、ウソはつかないって約束してくれる?」
「もちろん」
……ここまで自分は完全に空気だ。
「じゃあ、マッピングを始めよう。春人を基準にしたいから、春人から。この4色ボールペンで、緑を春人、赤を千夏チャン、青が俺、黒をその他で書いていこう」
「自分が初めてあの世界に行ったのは1月9日火曜日10時36分。気がついたら神保町上空だった」
そして、そこで桜山周子と出会った。
「まってまって。その時何時発の電車に乗ってた?」
「埼玉県の東部動物園駅9時42分発の電車だ」
「実は大学の図書館から時刻表も持ってきたんだ。10時36分頃だと、電車遅延がなければだいたい押上駅くらいかな」
「ずいぶん本格的に調べるのね」
「命がけだからね。千夏チャンはどこまで春人から聞いてるかわかんないけど、結構危ない世界よ、あの世界。死人も出てるかもしれないしね」
「亡くなった人がいるの?」
「俺も春人から聞いただけの話で確証はないけど。でも春人だってかなり危ない目に遭ってる」
「そう。あたしもあの魔法がなかったら危なかったかもしれない」
千夏は白秋の淹れたジャスミン茶に口をつける。自分もなんだか喉が渇いて茶杯に淹れてあった分を一気に飲み干す。美味しい。ジャスミン茶ってこんなに美味しいのか。
「それで?春人、その後はどうしたんだっけ?」
「えと、神保町交差点付近で桜山周子と会って、喫茶店さぼるるで話して、山之内書房と東方書房に寄って、駿河台下交差点で黒鬼から逃げて大学まで移動しておしまい」
「周子チャンは目の前で消えたんだよね」
「大学図書館の地下に行こうとしたら消えてた」
白秋は緑色のインクで自分が辿ったルートを記入したあと、黒色のインクで『地下2階周子』と記録する。
「次、俺。1月9日火曜日10時36分。自宅。たぶん映画鑑賞、と」
白秋は青色のインクで台東区の自宅に点をつけて記録する。
「1月9日火曜日10時36分。千夏チャンは?」
このタイミングで食事が運ばれてきた。白秋がいったん、食事にしようと言って広げていた地図をしまった。
生まれて初めて友達と食べる小籠包は蒸し料理特有のとてもいい香りがした。この2人との関係は、友達でいいんだよな?それとも知り合い?
お店にあった「小籠包の食べ方」の通りに、黒酢につけた小籠包をレンゲに乗せて千切りの生姜を乗せる。
「あっつ」
美味しい。美味しいけど熱い。舌をやけどした。
「ぷっ」
「大丈夫?春人」
白秋がお冷やを差し出してくれた。なにこの男、めっちゃ気がきくんですけど!
自分はコップの水を口に含む。
助かった。
「小籠包で火傷するなんて、春人はお約束の展開をはずさないよな」
「あたしはいいと思うわ」
2人は慣れた様子で小籠包を口に運ぶ。場慣れしている。浮いているのは自分だけのような気がして恥ずかしい。2人とも人生の経験値高くない?
「それで、千夏チャンは初めてあの世界へ行ったときどこにいたの」
「お店よ。あたしの職場。東京駅。3回とも同じ」
千夏は餓鬼から逃げて、炎を操る魔法を取得したことを話した。そして2度目の訪問で境界線を見つけたこと、3度目に自分と出会ったことも続けて話した。
「境界線。そう、今日はそれが知りたかったんだ。詳しい場所教えて。銀座の先の、どこだっけ?」
「銀座六丁目」
「春人も偶然見つけたっていってたよね」
「築地一丁目だ」
白秋が黄色の色鉛筆をカバンから取り出す。そして2つの点を結んで線を引いた。
「この2つの点を結ぶと、銀座と築地を横断する線になる。おそらく、ここが世界の境界線。俺が思うに境界線はまだ続いてる」
「境界線がつづく?出口があるってだけじゃなくて?」
「もしまたあの世界に迷い込んでしまったら実験したい。日本橋方面の先にはさらなる境界線があると仮定する。それを見つけたいんだ」
「境界線の法則見つけるってことね」
「春人、千夏チャン、協力してくれる?」
「もちろん」
「春人がやるなら、協力するわ」
「あの世界だと、携帯繋がらないんだよね。もし次にあの世界に迷い込んだら、銀座の境界線を目指す。そして、境界線がどこまで続いているか調べてほしい。
本当は集合したいところだけど、餓鬼たちウザいし、基本は個人プレーで。会えたら一緒に行動しやうってとこかな」
「わかったわ」
「あ。白秋、千夏さん」
「なあに?春人」
「あの……、もし金髪の女の子、桜山周子に会ったら、……その」
「桜山周子ちゃんね」
「もし俺が会えたら連絡先を交換して、春人に教えるけど」
「そうそれ!お願いします」
「もちろん。私も会いたいわ」
「そうだな。もし俺たちの他に人間がいたら、連絡先の交換もしとこうぜ。あ、でも明らかに怪しい人はナシね。そういう意味ではもしかして俺、まだ千夏チャンに警戒されてる?」
「すこし」
「うそーん」
自分のことは?と聞きたかったけれど、聞いたら失礼な気がして聞けなかった。
「ま、いいや。千夏チャンから信頼されるように、ここは俺が支払いますよ」
「そういう手慣れたところが怪しいわ」
「まじ?良かれと思ってるのに墓穴掘ってるの俺」
「白秋、自分も半分出すよ」
「いいよいいよ。この前バイト代入ったし、いま彼女いないから財布に余裕あるし」
「自分も払いたいんだ」
自分だってアルバイトくらいしている。年末年始の郵便局のアルバイトだけど。
この日はこうして千夏とは別れた。
白秋とは新宿で少し一緒に買い物をして、家に帰った。
なんだか人生の経験値が少しだけ上がった気がした。