赤毛の美女を誘う
赤い餓鬼たちは恐れなければ襲ってこない。
そう思っていたが猿渡千夏と一緒にいると、餓鬼たちはどんどん集まって来た。
「ほいっ!は!」
まるで猿渡千夏はオニ退治を楽しむよつに、赤い熱を発している。発するものは炎ではないようだが、高温で餓鬼を消しているようだ。
「千夏サン、こいつら怖いと思わなければ襲ってこないぞ?」
「そうなの?でも楽しいじゃん!あたし小さいころから魔法つかいになりたかったんだよね」
千夏は餓鬼たちを次々と燃やしていく。
赤色の瞳、赤色の髪、赤色のコート、繰り出される炎のような赤色の気、堂々とした性格、桜山周子とは違う魅力をもった女性だ。
「さ、着いたわ。ここの道を過ぎれば、現実に戻れるはず」
「ここが……」
なんのかわりばえもない道だ。
千夏が躊躇せずにその境を通りすぎると、世界の色彩と人の喧騒が戻る。
世界の出口だ。
「ね。言ったとおりでしょ?ってあれ?春人どこいった?」
こちらを振り返った千夏が変身後の自分を探す。現実世界では、自分はさえないファニーフェイスの男だ。千夏もまた赤い髪と瞳から茶色い髪と瞳に変わっていた。
「自分が春人です。信じてもらえないかもしれないけど」
「そっか。きみが春人の人間の姿ってことね。さっきソバカスだらけのブサ男って自分で言ってたけど、けっこう味のある見た目してるじゃん。磨けば光りそうだよ。今度わたしのお店においでよ。コーディネートしてあげる」
こういうとき、なんと言ったらいいかわからない。もごもごとあざすと言って流してしまった。またあとで白秋に怒られるかもしれない。そうだ、連絡先を交換しなければまた白秋に何を言われるかわからない。
「あっ、あっ、あの……連絡先……」
おいおい、自分は某映画に出てくる黒くてカオのないキャラクターかよ。でもこんな美人と話すのは中学生のとき以来でテンパってしまう。
「ぷっ、はいはい。連絡先ね。あたし周子ちゃんや、白秋くんとも会ってみたいな。また迷い込みそうだし。周子ちゃんが見つかったらよろしくね。それから、今度白秋くんと3人でお茶でもしよ?」
連絡用アプリのアドレスを交換する。
アドレス欄に猿渡千夏が増えた。
大学生になってから、女の子にアドレス貰うの初めてじゃない?
「あ!あたし仕事に戻らなきゃ。ごめんね!急ぐから!またね!バイバイ!」
「また連絡します!」
自分も大学の講義中だったが、いまから移動しても間に合わない。出席を取ったあとなので、帰っても問題ない。
家に帰ろうと銀座駅方面に北に歩きだしたその時だ。
ん?
いつのまにか、またあの世界に迷い込んでしまった。
一度出口から出るだけではダメなのだろうか。
ためしに南へ3歩戻ると、現実世界に戻った。
その地点から北に1歩進むと、あの世界に入る。
面白い。
出たり入ったりを繰り返していると、現実世界側でスマホに着信が入った。
連絡先を交換したばかりの猿渡千夏だ。
『ちょっと!あっちの世界になったり戻ったりしてるんだけどそっちも?』
慌てて返信を打つ。
『ごめん。自分が犯人です。境界線を見つけておもしろくてつい』
『えええ』
『でも自分もこの境界線越えないと家に帰れないんですけど』
『あの世界へ入らないようにして帰って』
あの世界へ入らないようにといっても、どこからが境界となっているかわからない。
これ以上北に進むと千夏に怒られそうだ。
仕方なく、南下してから北上する帰宅ルートをスマホで調べる。
築地市場駅から都営大江戸線で清澄白河駅まで行き半蔵門線で埼玉まで帰ることにした。
その日はその後あの世界へ行くことはなかった。
帰路の電車で、白秋に今日起こった出来事を連絡した。千夏のこと、境界線のこと、桜山周子には会えなかったこと。
『まじ?俺ずっと家にいたから気づかなかった。千夏チャンに会いたかったな』
『今度3人でお茶しようって言ってた』
『おおお!おい!いまから誘えよ、ご飯食べに行きませんかって』
『え』
『3分間待ってやる』
こいつときどきジブ男が出るよな、と思いつつ千夏へのメッセージを打つ。女の子を誘うのはハードルが高い。でも、必要に迫られているわけで。緊張するな自分。簡潔でいい。頑張れ自分。事務的でいい。ヨシ。
『3人でご飯食べに行きませんか?ご予定はいかがですか』
ときどきしながら待つと、既読マークがついた。千夏は読んだということだ。
返事待ちは緊張する。
『いいよ。毎週木曜が休み。土日はほとんど出勤なんだ。今週木曜どうかな』
千夏からのメッセージを白秋に伝える。まるで伝書鳩だ。
『今週木曜どう』
『おk』
白秋の返事は早い。
千夏にメッセージを送る。
『では、今週木曜に集まりましょう』
『場所と時間は?』
場所と時間!考えてなかった!
自分はあわてて白秋のメッセージ欄を開いた。
神様リア充様白秋様助けてください!!
『場所と時間』
と送ると、
『新宿駅新南口11時』
と返事がきた。追伸もきた。
『小籠包食べに行きませんか?って送っとけ』
白秋のレスポンス、神ですか。
すかさず千夏へのメッセージ欄に入力する。
『新宿駅新南口11時でお願いします。小籠包食べに行きませんか?』
千夏からの返信がきた。
『小籠包いいね!楽しみ!場所わかんなかったらメールするね』
お、なんかいい反応だぞ。ミッションクリアだ。
リア充の神様に報告する。
『今週木曜日に新宿駅新南口11時で良いそうです』
『ここの小籠包行こうぜ。俺が食べたいだけなんだけど』
小籠包のお店のURLが送られてくる。
送られてきたお店は、台湾に本店を持つ有名店だ。
店に力を入れすぎず、かといって女の子をガッカリもさせず、あくまで友達という距離感で警戒心なく誘う店と時間帯。リア充の神様はさすがに慣れている。
高校以前の友人以外で、初めて友達と遊ぶというイベントができた。
しかも相手は男女リア充。
次の木曜日はリア充2人に挟まれるわけだ。
いったいなにを着て行けばいいのだろうか。