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桜山周子、消える

 次の目的は書店の本。桜山周子がなにを読みたいのか全くわからない。だけど行くあてもないので周子の言うとおりにする。喫茶店から周子の護衛をして山之内書房にたどり着く。周子は本をさっと物色した後、文庫本を次々と手に取った。


「誰かいませんか」


 周子が呼びかけるも、返事はない。この世界にはいまのところ餓鬼ばかりで、人間は自分たちだけだ。周子はしばらく返事を待っていたが、くるりと体をこちらに向ける。


「誰もいないようね。会計できなくて申し訳ないけど、余分にお金を置いておくわ。さ、次へ行くわよ」


 内山書房を出て、道にいる餓鬼達を蹴散らす。大剣を振り回すだけのちょろい仕事だ。道の反対側にある次の書房へ向かう。

 周子はそこでも鮮やかに書物をしまい込む。


「わたしのカバンに入らなくなっちゃった。この本、春人のリュックに入れてくれない?」

「了解。本って地味に重たいよな。自分のリュックに全部入れてくれて構わないぜ」

 イケメン妖怪の身体は筋肉隆々で体力は無限にありそうだし、女子の荷物を持つのは紳士の役目だ。

「ありがとう、じゃあ遠慮なく」


 自分がリュックに本を入れたとき、大学のレポートが目に入った。そうだ。レポートを提出したいんだった。


「それで、この次はどこへ行く?ちょっと大学へ寄っておきたいかも」

「大学?」

「大学の学生カウンターにレポートを置きたいんだ。今日が提出期限のレポートがあるって言っただろ?とりあえず提出したい」


 自分の夢であってもそうでなくても、レポートを提出してしまえばひとつ気持ちが軽くなる。もしこの冒険が長引きそうなら、のちのちの憂いは断ちたい。


「いいわ。他にやることはないし。わたしもゆっくり本を読んで考え事をしたいしね」

「よし、行こう!」


 あれ、なんかこれデートっぽくない?っていうか、女の子と2人だけの状況って。大学で2人きりとか。しかし自分は女の子と付き合ったことないからよくわからん。


「どうしたの?行くわよ」

「はいはい」


 古書店が並ぶ路地を出て、駿河台下交差点に出る。禍々しい気配を感じて小川町方面を見ると、大きな影がこちらを見つめている。

 見たこともないくらい巨大な、黒い瞳だ。


「あああ?なんだ、あれ?」

「大きいわね」

「RPGでいうところのボス的なやつ?」

「こんなのが出るなんて想定外ね」


 その影の正体は、大型書店を飲み込みそうなくらい巨大な黒い鬼だ。

 黒い巨大な運慶快慶の金剛力士像のようだ。

 黒い金剛力士像はこちらに気がついて大きな拳を振り上げながら近づいてくる。


「うわっ!やっぱ襲ってくるのね。俺が引き付けるから、周子は隠れてろ!」

「これは……、まずい状況ね」


 桜山周子は建物の内部に避難する。周子の安全を確認すると、自分は黒い翼を広げて宙を舞い、金剛力士像の顔を目がけて剣を振り下ろす。金剛力士像はビクともしない。おっと、これはだいぶ苦戦しそうだ。

 これはもしかして倒す方向じゃなくて、逃げた方がいいのか?ゲームで例えると脱出イベントってこと?


 再び大剣を思い切り振り下ろして金剛力士像の肉を断とうとする。硬い。自分の力では歯が立たない。

 おいおい、ここは俺Tueeeeeな夢の世界じゃなかったのかよ?俺の力が通用するのは雑魚だけってこと?地味にピンチじゃない?

 金剛力士像の棍棒が左腕をかすめる。自分の血だ。左腕。痛え。傷口が熱い。やべえ。これ、夢じゃないのかも。

 落ち着け。攻撃があまり効かない敵にはヒットアンドアウェイが鉄則だ。狩りのゲームでシミュレーション済だ。今回のミッションは敵を倒すことではない。周子を大学の建物内まで誘導することだ。


「周子、コイツを撹乱しながら大学まで逃げるぞ!」

「わかったわ」


 現地点から大学まではおよそ100メートル。もちろん車は通っていない。小さな赤い餓鬼は金剛力士像を恐れてか近寄ってこない。


「あなた、なんのために翼があるの?」

「え?」

「わたしを、抱えなさい!」

「そうか!」


 金剛力士像の一瞬の隙をついて、周子を抱える。お姫様抱きをしながら、低空飛行をする。左腕がズキズキと痛む。左腕の熱さ、女の子の重さ。これが夢であるはずがない。


 金剛力士像の攻撃を蛇行でかわしていく。

 大学は目の前だ。

 大学の正面入り口は自動ドア。センサーは反応するだろうか。そもそも機械は動くのだろうか。

 周子を地面におろして自動ドアの反応を試す行為は非常にリスキーだ。

 狭い通路の奥にある押戸の入口から大学内への侵入を試みる。

 金剛力士像の腕が自分達を捕まえようとして通路の壁と壁の間を縫うように伸びてきた。

 入口を開けて大学内へ入る。

 金剛力士像の腕は入口にまで侵入したが、それ以上進むことができないらしく、大学の外壁を悔しそうに叩いた。そして金剛力士像は神保町内を覆うような雄叫びを上げた。

 まるでパニックムービーだ。

 金剛力士像は左右を見て標的を探した。しばらくするとそいつは諦めたのか、鈍い足音を響かせながら駿河台下の交差点方面へ戻っていった。


「よくできました」

 自分の腕からふわりと桜山周子が離れる。シャンプーのにおいだろうか。ほのかに桜の香りがした。


「行くわよ。レポート、提出するんでしょう?」

「あ、そうだった。忘れてた」

「ついて行くわ。どこ?」


 自分は周子を連れて、3階の学生課でレポートを提出した。といっても、誰もいないので、レポートの提出ボックスに入れるだけだけど。この状況になって初めて提出ボックスの存在がありがたく感じた。目的がひとつ果たせて気分スッキリだ。しかし、甲冑に黒い翼の姿で学生課に来ることほど場違いなことはない。滑稽さと違和感で気持ちがフワフワする。


 学生課の隣には救護室がある。周子の提案で、左腕の処置をする。周子は手際よく消毒をし包帯を巻く。まだジンジンと痛むが、包帯をしたら少し楽になった。

 こんな風に女の子に手当てされるのは小学生の頃以来だ。


「ありがとう……ございまス」

「いいえ」


 周子は再び何かを考えている。沈黙が気恥ずかしい。彼女と自分はおそらく本来は2人とも無口なタイプだ。

 いままで自分は夢の中だと思っていたから自由に振舞えていたフシがある。左腕の痛みは一気に自分を現実に引き戻した。もしかしたら、もしかしなくても、これは夢ではない!


 つまり、対面しているのは、実在の女の子だ。うわ!自分なに言ったっけ?


 なに話せばいいかわからない。それに、夢の中だと思って色々失礼なことを言ってごめんなさい!初対面の人に家族みたいな口調で喋ってて恥ずかしい……!しかも、隣にいるのはクラスで3番目くらいに可愛い女の子だ。ファニーフェイスの自分が心の中でオタサーの姫なんてあだ名つけて、ごめんなさい。巻き戻してさっきまでの自分を殴りたいし、穴があったら入りたい。

 しかし現実だとしたら、今は非常事態だ。こんな時に人見知り発症してどうする自分?!


「それにしても、どうしたら、日常に戻れるんスかね」

「さあ、わからないわ」

「あ、あの。ごめんなさい。桜山さん。自分の夢だと思っていろいろ失礼なこと言っちゃって……。これ、現実だったんスね。えっと、いろんな意味で目が覚めました」

「どうしたの?いきなり?」

「いや、夢だと思ってたから、自分の思った事何も考えず言っちゃって……、不快に思ったらごめんなさい!もうしません!」

「……ぷっ」


 桜山周子がくすくすと笑い出した。あ、笑った顔も可愛いな。


「あなたって面白いのね。思ったことを口にするのがそんなに悪いこと?全然、気にしてないわよ。春人くん?」


 女の子が笑ったぞ!大学入学以来の事件だ!しかも名前で呼んでくれた!名字だけど!自分史上の快挙だ!


「夢じゃないと思えるのがおかしいわよね、この状況。いままでどおりタメ口で構わないわよ。わたしの方が歳下だろうし」

「そういえば何年生なんスか?」

「中2、14歳」

「は??大学生だと思ってた!」

「よく言われるわ」


 え、自分は大学3年生の21歳なんですけど!7年も離れてますが!厨二病まっさかりじゃん!じゃあタメ口で問題ないな!むしろ敬語を使われる立場なんじゃないか?いや、自分はかまわないけど。


「ちょっと調べ物をしたいのだけど、いいかしら」

「それなら、1階に大学の図書館があるけど、行く?」

「そう!図書館。その手があったわね。わざわざ本を買うこともなかったかもね」


 階段を降りて、図書館へ行く。

 1階から地下2階までが、図書館だ。

 1階の図書館のゲートをすり抜けて、2人で地下1階への階段を降りようとした。


 その瞬間だった。


 世界の色彩が変わった。


 世界に、人が戻ってきた。

 日常だ!


 自分の姿を確認する。

 階段のガラスに映る、ファニーフェイス。

 金の甲冑と黒い翼は失われ、ヨレヨレの黒いダウンジャケットに戻っている。


 時計を見る。10時37分。


 自分たちは、元の世界に戻ったんだ!

 喜びを分かち合おうと、周子のほうを向く。しかし。


 金色の髪の少女の姿はどこにもなかった。


 桜山周子は消えていた。







 あれほどまで渇望した日常は、いとも簡単に戻ってきた。


 あれは夢だったのだろうか。


 しかし、左腕に包帯と傷が残っている。




 翌日、自分はとある事件をニュースで知ることになる。




「昨日、東京都千代田区神保町内で殺人事件がありました。被害者は25歳女性会社員。容疑者は不明ですが、外傷から警察は殺人の容疑で捜査中です」



***



 ニュースによると、自分が10時36分の世界に行ったあの日、駿河台交差点内にて殺人事件があったという。

 気になって詳しく調べてみた。

 被害者は24歳女性。山之内書房店員、羽鳥美冬。発見時刻は11時頃。殺害時刻は推定10時半。


 自分たちは10時36分の世界で、山之内書房に寄っている。無関係ではなさそうだ。


 一体どういうことだろう。

 桜山周子は無事なのか。

 彼女はあの世界から自分が抜け出したと同時に消えた。

 桜山周子はそもそも存在するのか。


 自分のリュックサックに、あの日桜山周子が山之内書房から持ち出した本が数冊残っている。


 ん?もしかして自分、警察に疑われてもおかしくないんじゃね?


 山之内書房にはおそらく桜山周子が置いたお金が残されているはずだ。監視カメラには映っていただろうか。自分がもし映ってたとしても、変身後の姿だが。


 しかし、山之内書房の未清算の本が手元にある以上、見つかったら絶対に問われる。

 もし警察に問われたら、どう説明しよう。


 わけがわからない状況で怖い。

 なんかもう、いろいろと怖い。


 桜山周子。

 もう一度会いたい。


 桜山周子が持っていたガラケー。

 連絡先を聞いておけばよかった。

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