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桜山周子に関する仮説【完結】

  3月29日。今日は、みんなとの約束の日だ。


  谷中霊園。羽鳥美冬が眠る場所だ。


  桜並木が綺麗だ。平日の墓地だから、花見客もそんなにいない。


「なんか、まだ慣れなくて不思議な感じです。わたしはここにいるのに。体だけがお墓に入ってるなんて」


  周子の体で、美冬が言う。

  結論から言おう。


  あの日、倉山周子の肉体を器に、羽鳥美冬の魂が入った。


  自分が『現実世界』に溶けこもうとした瞬間、周子の意識体が、自分の身体を乗っ取った。

 次に、周子の意識体は周子の肉体と魂を分離し、周子の肉体に羽鳥美冬の魂の結晶を入れた。

  そして周子の意識体は『仮想世界』を消滅させて、『現実世界』に溶けこんだ。

 周子は同時に榎元春人、つまり自分の体を再生させた。


  これが残された4人が出した『仮説』である。


  現実世界に帰ったあと確認したことだが、それぞれ持っていたはずの竹簡も失われていた。


「周子ちゃんの魂は、どこにいっちゃったのかな。おーーい!しゅうこちゃん帰ってこーい!」

「あたし今日、黒うさぎやのどら焼き、持ってきたの。これ食べてたら戻ってくるかも」


  千夏は相変わらず木曜日以外は仕事だし、白秋は就職活動真っ盛りだ。

  冬樹は在宅で投資活動をしつつ、美冬の「倉山周子」としてのサポートをしている。


  そして自分はというと、就職活動もせず家に引きこもっていた。でも、変わらなかったわけではない。哲学について勉強したくて、学部を変更するか、大学に入り直すことを考えていた。


  仮想世界のことは現実世界に少しは影響したようで、よく顔立ちが変わったと言われるようになった。外見に対するコンプレックスも減ったと思う。仮想世界でイケメンを体験したせいかもしれない。

  そして、少しだけ、前向きに生きられるような気がしてた。

  結局は自分が考えて動かなければ未来は変えられないから。いろいろな『仮説』を立てて過ごした。

 



  ーーでも、ダメなんだ。


  自分を常に襲うのは、拭いきれない喪失感。


  倉山周子はそばにいる。今も隣にいて、笑っている。

  でも、ダメなんだ。自分が会いたい周子とは違っていた。


  周子の魂は。


  屁理屈で荒唐無稽で厨二病の魂は。


  会いたいよ、桜山周子。


  いま、どこにいるのだろうか。


  周子は仮説を検証するために旅に出てしまっただろうか。


  周子は人は死んだら魂のエネルギーで惑星間を旅すると言っていた。


  周子は嬉々として探求し続けているかもしれない。


  教えてほしい、周子。


  君が見たもののすべてを。君の立てた仮説を。


  すべて、自分は受け入れるから。


  自分は、君の魂が好きなんだ。






「春人、どら焼き食べよっ。さあ、お花見お花見!」


  桜の木の下で、千夏がブルーシートを敷く。


「千夏ちゃん流石!用意がいいね」

「だって次の木曜日は葉桜になってるかもしれないじゃん。今のうちに!お弁当も買ってくれば良かったかな」

「あ、お兄ちゃんと相談して持ってきました!そんな流れになるんじゃないかって」

「さすが冬ちゃん兄妹!」


「ビールもあるぞ」と冬樹。

「マジで? 俺このあと就職説明会なんすけど」

「飲んで行ったら社会人失格だね。美冬ちゃんは魂の年齢はアレだけど体は未成年だからお酒はだめだよ」と千夏。


「ふええ、残念……」


「春人、飲も?」

 千夏が自分にビールを差し出した。


「ありがとう」


  情けないけど、ビールに一粒の塩水がこぼれた。誰にも気づかれなかったことを切に願う。

  桜が風にそよぐ。

  君が名乗った花。

 


  いつか、君に会おう。

  そのためなら、自分はどんなことでもするつもりだ。


  君との再開を、この満開の桜に誓おう。


  たとえ魂だけになっても。





 

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