自分の答え
日暮里駅付近を過ぎると、倉山周子の居場所はすぐにわかった。
倉山邸を中心にエネルギーがぶつかり合っているのが見える。倉山邸は坂の上にあるようだ。
倉山邸に向かおうとした50メートル手前で、見えない壁にぶつかった。結界だ。結界に触れた先から、青と黄色の龍が二匹出てくる。
邪魔をするなということか。
それなら、打ち破るまでだ。かかってこい。
自分は大剣を龍に向かって振りおろした。空振り。
隙を突かれて2匹の龍の挟みうちに遭った。
負けてはいられない。
空を逃げるように駆けると、2匹の龍が追撃してくる。
自分は垂直に飛んだ。地上150メートルで旋回。そして急降下をした。
俺の能力が『変貌』なら、何にでもなれるはずだ。
見えないバリアにぶつかった瞬間、バリアと同じ物質に姿を変えた。
そして、内部へと身体を再構築する。成功だ。思っていたよりもすんなりとその試みはうまくいった。
青龍と黄竜はバリアの外で失った獲物を探して彷徨っていた。
戦いの中央に急ぐ。
しかし、気は止んでいた。決着が着いたのかもしれない。
倉山邸の広い庭を駆ける。
庭には、うつぶせに倒れている倉山周子と、それを見下ろす乾竜馬。
「周子!」
周子に駆け寄る。
生きている。しかし、酷くぐったりしている。これは、以前の自分と同じ状況だ。
「乾さん、なぜ周子を」
「春人か。いいか、よく聞け。こいつが黒幕だったんだ。この世界におまえらを招いたのも、おかしくしたのも、全部こいつのせいなんだよ!」
「サイアクね……精神攻撃って。こんな気分なのね」
「この女は、竹簡の魔力もすべて知ったうえで、おまえたちをこの世界に招いたんだ。自分の実験のためにな!」
「さきほどの話は聞いていました。白秋の能力で」
自分は、周子の肩を寄せてその額に手を置いた。魂の譲渡。周子が教えてくれたことだ。約20グラムのうちの3グラム。これを周子に譲るイメージだ。これで精神攻撃で負った傷は少しは回復なるはず。
「乾さん、落ち着いてください。自分には、2人の言い分はそれほど対立的ではないように思うんです。話し合いましょう。
周子、あなたの考えていることをすべて教えてくれませんか?」
周子は自分の腕の中でなにかを考えている。話すことをためらっているようだった。
「自分は倉山周子を信じます」
「……荒唐無稽の厨二病でも?」
「はい」
「ふふ、春人のいいところね。
前にもあなたには話したかしら。
この世界でのエネルギーは、惑星の物質を借りてできているの。
そして、魂には惑星のエネルギーが詰まっている。
なぜかというと、人間の魂のかけらは肉体に宿るまえに宇宙を旅するの。人格は魂のかけらの集合体。死後肉体がなくなったあとも、エネルギーは離散して惑星間を旅する。
木火土金水。地球に生まれる者は一番遠くて土星くらいまで。太陽の重力があるから、それ以上はなかなか行けない。それ以上遠い星を巡るのは珍しいわ。
人は死ぬと生まれ変わるっていうけど、1人の人間に1つの魂ではないの。星間エネルギーの集合体の中に過去の人物の情報が宿っている。
ここまでが前提」
「この世界は、現実世界とは違う次元で構築されたもの。鬼の世界。そして、精神が影響する世界。おそらく、ほかにもこの世界には平行世界が無数に存在しているのかもしれない。見えないだけで。
それに気づいて書物にしたのがおそらく鄒子。『鄒子』が歴史の中で散逸してしまったのは、きっと為政者に不都合があったのでしょう。それほど強い魔力を秘めていたということ。そして、」
「竹簡の色。星型の五角の模様が浮かんだでしょう。気づいたの。五色は5人。おそらくそれぞれから信頼を得ると色づく。五色が揃うと、ちからの階級が上がる」
「春人の竹簡を、見てみて。白が白秋。赤が千夏。黒が冬樹。黄色がわたし。そして、あなたの場合は青が自分自身」
五角。白、赤、黒、青、墨色。
「黄色だけ、光ってない」
「わたしの仮説、受け入れてくれるかしら」
「受け入れます」
「そう」
黄色が光る。これで五芒星のすべての色が揃った。なにも変化はない。見た目は。
乾竜馬が背後から自分が持っていた竹簡を取り上げる。
「この世界を終わらせる。どうせ、俺の研究も無駄だったんだ。俺もこれに人生を狂わされたひとりだ。こんな贋作、最初からこうしておけばよかったんだ」
乾竜馬が竹簡をライターで火をつけた。
「なんてことを……!」
周子が叫ぶ。
乾から竹簡を取り返そうとしたが、かわされてしまった。古びた竹はばちばちという音を立てて燃え尽きる。
その瞬間。
現実世界に戻る感覚が全身を貫いた。
しかし、自分の姿は変身後のままだった。
その時、千夏の叫びが脳裏に響く。
『大変よ!春人!世界が……、仮想世界と現実世界が交差してる!』
現実世界が交差……?
「乾さん、あなた、とんでもないことをしてしまったようです」
「なんだ?」
「現実世界と仮想世界が重なってしまったようです」
「なに?」
「自分は街の様子を見てきます。周子、一緒に行こう」
「ええ」
倉山邸を覆っていた結界は消えていた。
周子をお姫様抱っこで再び神保町交差点へ向かう。
「千夏さん!」
「春人!周子ちゃん!」
千夏が空中で駆け寄ってくる。
「大変なことになってるよ!鬼の幻影が街を覆ってる」
「すごい。まるで百鬼夜行ね」
「みんなには見えているのかな」
「わからない。でも大きな混乱がないということは、見えてはいないのかもね」
「自分達の姿は?」
「いま、空に浮かんでるわけでしょ。スマホのカメラを向けられてないなら見えてないのかも。……でもそれって、わたしたち、幽霊になったってこと?」
いつも強気な千夏が、初めて動揺していた。現実世界に居るのに、見えない存在。たしかに透明人間か幽霊だ。
現実世界に、自分たちだけが見えるフィルターがかかってしまったような状況だ。
「おーい!春人!千夏チャン!周子チャン!」
バイクの後ろに冬樹を乗せた白秋が近づいてくる。
「白秋!冬樹さん!」
「これ、結構ヤバい状況じゃない?どうすんのこれ?」
「白秋の魔法でどうにかならないの?」
「おいおい、それができてたら聞いてないって!試してみたけど残念ながらキャパオーバー」
「とりあえず、白秋。周子の回復をお願い」
白秋が周子を見る。気まずい雰囲気が流れる。たしかに、いままで周子は自分たちに大事なことを喋ってはいなかった。
「……周子チャン。いろいろ聞いてたけど、俺は周子ちゃんは悪い人には思えない。クレバーというよりクレイジーに近いことは否めないけど、それも含めて俺も春人と同じく受け入れる」
「一言多いわ」
「はは。じゃ、行くよ『終始大聖!君の御魂よ回復せよ』」
周子の気が満ちていくのがわかる。
しかし、その直後、白秋の右手に異変を見つけた。
「白秋!その右手……」
「手? うわあ!なんだこれ、透けてる。春人だって!足足!」
「あ!あたしも消えかけてる!冬ちゃんも」
「うるさい。喚いてどうこうできるわけでもあるまい」
「冬ちゃんは顔!顔薄くなってるよ!ウケる」
「魂のエネルギーを使いすぎたのかしら。それとも、世界が二重になった影響かしら」
「周子ちゃんは分析してないで知恵を貸して!」
「消えたら、死ぬのかな」
自分はなんとなく呟いた。
「魂だけになって、周子のいうみたいに惑星間を旅するのかな」
「わからないわ。なにもわからない」
「周子。自分の仮説を聞いてくれるかな。荒唐無稽な厨二病でもいい。
もし、自分の『変貌』の能力を使って、自分自身が『現実世界』と同化すれば、『仮想世界』を消すことができる?」
「春人、それって……」
「どうせみんな消えちゃうなら、消える人は少ないほうがいいでしょ?」
「そんな……」
「それはダメでしょ、春人!ほかの方法探そう!」
みんなの身体が消えかけている。
自分がなんとかすれば、4人が助かるなら、それ以上に嬉しいことはなかった。
「春人、それはたくさんのエネルギーが必要だわ。それにより高い階級の魂でないとできない。みんなの竹簡を見せて」
「みんな、五色揃っているかしら。青、白、赤、黒、黄色」
「あ!ぜんぶ光ってる!いつのまに」
「あたしのも」
「揃っている」
「春人のはぜんぶ色が付いていたわ。そして、わたしのも」
「春人、あなたに覚悟はある?
すべてを受け入れる覚悟が。
なにが起こっても後悔しない?」
周子と目と目が合う。
金色の目の中心の黒い瞳孔にすいこまれそうだ。
「春人の魂を、わたしの仮説に捧げてくれる?」
桜の香りの風が吹く。
「覚悟はできてる」
「そう。たしかに今ならできるかもしれない。みんなで魂のエネルギーを春人に集中させるの。冬樹、美冬の結晶は持ってる?」
「持っている」
「強く握っていてね」
「春人を『現実世界』と同化させる。
わたしたちの魂のエネルギーを注入し続けるの。
失敗したら、春人はおろか、全員が消えるリスクを背負う。
異論のある人はいるかしら」
「乗るぜ、周子ちゃん。でも、春人は、消させない。俺たちの力で、必ず成功させし、春人も消えない!」
「春人を現実世界に同化させて、仮想世界を消して、春人を作り直すってことね!面白そう、やってやろうじゃん!」
「異論はない」
「みんな……!頑張ろう!」
「おう!」
「みんな、手を繋いで。時計回りで、春人、千夏、わたし、白秋、冬樹の順で。掛け声はわたしに続いて。
終始大聖」
「終始大聖」
「天地あり、然る後万物生ず」
「大いに亨る。貞しきに利あり」