ふたつの仮説、どちらを信じる
周子の瞳に乾竜馬が映る。
そしてその映像を白秋を通じて千夏と自分が共有する。
周子の視点が視界を支配している間は、白秋と千夏とは会話はできないようだ。もちろん、周子とも。
「乾竜馬。あなた、よくここがわかったわね」
「あんたのことを調べさせてもらったよ。周子サン。竹簡をばら撒いたのはあんただと予想してな」
「なぜ、そう思うの?」
「俺はその竹簡をとある研究室に置いてきた。当時研究室の責任者は、倉山喜久三。中国思想史の権威で名誉教授。3年前に亡くなったお前の祖父だ。そうだよな?倉山周子サン」
周子が黙る。一瞬、視界が揺らぐ。しかし、乾の目を見続けている。
「俺の推論だが」
「おまえは、いつからかこの竹簡の摩訶不思議な力を知った。そしてひとりでこの世界を探求し続けた。そうしているあいだに、飽きてた。次に竹簡を使う条件を変えてみた。第一は場所。どこか、京都とか五芒星になる場所を探して試したことがあるんじゃないか?
そして、別の実験を始めた。人を巻き込むとどうなるのか」
「面白い仮説ね」
周子がイエスともノーとも答えなかった。周子がこの世界を開いた?
たしかに中学生にしては知りすぎている。だとしたら、羽鳥美冬が亡くなった責任は……。
「証拠はあるの?あなたの推論はすべて憶測にすぎない」
「そのとおり。竹簡を持っていた教授の孫で、やたら知りすぎているというだけの状況だけだ」
「わたしの名前が倉山周子というのだけは認めてあげる。それより、なぜあなたはこの世界へ?確かここへは入れなかったはず」
「俺の家まで世界が広がっていた。おまえたち、どうせ無茶なことしたんだろ?俺は前にこの世界を一度クリアしている。昔使っていたテレポート能力を使って旧知の場所を訪ねていたところだ。そしたら倉山教授の家にあんたがいたってことだ」
「そう。なぜ世界の条件が変わってしまったのか。たしかにわたしたちのせいかもしれない。5人のエネルギーを使って、羽鳥美冬を蘇らせようとしたの」
「死者を蘇らせようとした?あんた馬鹿か。こんな、何が起こるのかも分からない世界で、リスクの高い行動を。現にその代償が世界を覆っている。いま調べた限りでは、出口なんかない。おまえも俺も、あの4人も、この世界から出られなくなるかもしれないんだぞ」
「そうね、無茶をしたと思うわ。わたしは誰も犠牲にするつもりはなかった。探求したかっただけ。
ねえ、この世界は一体なんなんだと思う?エネルギーはどこから?なんで精神に影響する世界なの?
昔、クリアした者としての意見を聞かせて」
「存在するから存在する。そうなっているから、そういうものだ。それ以外に理由も意味もない」
「ふふ。帰納法的な考え方ね。学者なのに頭が硬いのね。いえ、学者だからこそ、かしら。こんな世界来てもなお、魂の存在なんて信じない人ね、あなたは」
「俺は基本的にはオカルト嫌いでな。科学で証明されてないことは信じない。過去にそういう学問があったことは認めるが」
「あなたはなぜ中国思想史を勉強してるの?若い頃は信じていたけど、大人になるにつれて学会で躓く度に自由な発想を失くしてしまったのかしら。若い自由な芽は社会の馬鹿馬鹿しいという同調圧力に潰されたのねきっと。
自由な発想の頃のあなたに会いたかったわ」
「『未だ人に事うること能わず、焉んぞ能く鬼に事えん』」
「孔子の『論語』ね。わたしも好きだわ。人の世界のことも知らないのに、鬼の世界なんてわからないわね。たしかに」
「でも、わたしは探求することをやめない。祖父もよく言ってたわ。『朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり』」
「真理を知れば、いつ死んでもかまわない、か」
「仮説の検証の邪魔はさせないわ。ここは望むことが叶うエネルギーの世界なの」
「おまえが課題として残している仮説は?」
「教えないわ。どうせあなたは信じてくれない。打っても響かない人に何を言ってもムダだわ。
でも、知りたいの。魂とはなんなのか。魂のエネルギーで何ができるのか」
「それなら、俺は、おまえの悪事を止めるだけだ」
周子が、手のひらから黄竜を生みだす。あの黄竜は、以前自分が苦戦した滅法強い怪物だ。まさか周子が操っていたなんて。
乾竜馬も変身する。黒い羽根に金の甲冑に青い着物。自分と同じ姿だ。しかし、武器は薙刀のような、どこかで見たような形。マンガの三国志で見た青龍偃月刀だ。
周子の黄竜と乾の偃月刀から繰りだされる巨大な気が、ぶつかり合う。
これ、ヤバいやつだ。
助けなきゃ。
でも、助けるって、どっちを?
正義は、どちらにある?
「白秋!」
自分は大声で叫んだ。
「映像切って!すぐに周子のところへ向かう」
『あたしも行く!』
『了解っ!俺は力を使いすぎたから回復したら向かうぜ。周子の家は調べた!台東区の谷中2丁目だ』
もちうる力の限りを使って南下する。
乾竜馬の言ったことが正しければ、倉山周子は非難されるべき『悪』だ。
しかし、自分は周子を信じたかった。
倉山周子はこの世界で初めて出会った人物だから。