現実世界に戻れない
凄まじい倦怠感。
全員を見渡すと、冬樹が最もぐったりとしている。思い出したように、白秋が唱える。
「終始大聖!回復魔法!」
白秋の回復魔法により、少しは倦怠感がマシになる。
しかしほんとうに少しだけだ。
全く動けない状態から少し動けるようになったくらいだ。
周子がスカートのポケットからレースのハンカチを出して、ダイヤモンドのような塊を丁寧に拾った。
「肉体の再構成は、残念ながら失敗ね。でも、これは羽鳥美冬の魂の結晶。もしかしたら一部だけかもしれないけど。羽鳥冬樹。あなたがこれを持っていて。この世界での羽鳥美冬の復活はまだ望みはないわけではない」
「美冬の魂……わかった」
冬樹はぐったりとしていて、返事をするのがやっとだ。うまく思考もできてないかもしれない。
白秋がうるさく回復魔法を唱えている。
仮説は失敗に終わった。
変貌の能力をつかって肉体を錬成できなかった自分の責任だ。
「誰の責任でもないわ」
周子が言った。
「結構しんどかったね。今日はもう結界から出よう。もしみんな何か東京で予定があるなら、あたしが仕事休むね」
「それなら、自分が就職説明会あきらめます」
「春人は説明会あきらめんなよ。俺今日予定空いてるし、春人が家に帰るまで結界の外に出かけてるわ。先に冬ちゃんを家まで送る。冬ちゃんの家どこ?冬ちゃんは絶対に休めば回復するから!」
「荻窪……」
「よっしゃ、結界外じゃん!送るよ。家でゆっくり休みな。じゃあみんな、なんかあったらテレパシー送ってみるわ。おつかれ」
「白秋、冬樹さんをよろしく」
「終始大聖!俺と羽鳥冬樹を縛せよ。バイクよ走れ!」
バイクが空を舞った。
白秋が出発した後、自分はどうしてもこの作戦が自分の責任で失敗した気がして、周子に詫びた。
「周子、美冬の肉体を作れなかったのは自分のせいだ。集中していなかった。申し訳ない!」
「あなたのせいしゃないわ。もともと肉体や魂を造りだすには神の決めたルートをたどらなければならないの。
そこに風穴をあけて裏口から錬成しようとしたのだから、できないのは当たり前だわ。
命ある器があればまだ可能性はあったと思うのだけど」
「魂の結晶ってみんなもってるものなのかな。すごく綺麗だったけど。ふつうに持ってても大丈夫なのかな」
「わからないわ、全てが仮説とも言えない憶測。でも、羽鳥美冬復活の唯一の希望であることは確か」
「ね、周子ちゃん。今度の木曜日ヒマ?っていうか、本当の周子ちゃんは今も学校かな?」
「そうね。学校にいるわ。木曜日は空いてないわ」
「ちぇ〜っ、一緒にスイーツ食べようと思ったのに!あたし服屋だから土日休みあんまりないんだ。周子ちゃんスイーツ何が好き?」
「黒うさぎのどら焼き」
「シブい!でも知ってる!東京三大どら焼きっ!美味しいよねっ!今度女子会しようね!」
周子は微笑んだ。女子会なんて微笑ましい。自分には遠い世界の話だ。
そうこうしているうちに、白秋の声が脳内に響いた。テレパシーだ。
『結界から出ても、『仮想世界』から出られないんだけど!いま荻窪の冬チャンのマンション!』
『どういうこと?結界のラインが広がったということかしら』
『冬チャン看病したら、こっちでも西側を調べてみるけど、そっちでも調査よろしく!』
現実世界に戻れない?
『白秋、このテレパシー、維持できる?』
『おう!たぶん大丈夫』
『千夏は南を、春人は東の偵察をお願いできるかしら。できれば位置を逐一報告して』
『りょうかい』
『はあい』
千夏は南へ、自分は北へ向かう。
以前出会った黄竜は東京タワー付近にいた。千夏は大丈夫だろうか。
こちらもまた会わないとも限らない。
しかし、拍子抜けするほど簡単に北の境界を越えた。
神保町から真北。線路を越えて荒川を越えた。埼玉だ。
『春人です。もうすぐ埼玉県です』
『了解、春人、埼玉のあなたの実家まで行けるか試して』
『こちら千夏。東京タワー越えて、いま品川だよ。強そうな敵も、なんだかいないみたい。万が一のことも考えてみんなと離れたくないんだけど、みんなは大丈夫?周子ちゃんどこにいるの?』
『私の意識体としての能力だと、過去にいったことのあるところへしか移動できないみたい。東に行こうと思ったのだけど、いまディステニーランド』
『あ、いいね!無人のランド!私も行きたいなあ』
『本物の周子ちゃんは?』
『本体は自宅よ』
『あくまで仮説だけど、美冬の魂をむりやり形にしてしまったことにより、なんらかの禁忌を』
突然、周子からのテレパシーが途絶えた。まるで電池の切れたラジオのように、周子の声が聞こえなくなった。
『周子?』
『周子ちゃんになんかあった?』
『こちら白秋。なんか周子チャンと繋げなくなっちゃった。ちょっと、状況探る魔法いろいろ試してみるねーん』
嫌な予感がする。
東京方面に踵を返した。
10分ほどした頃だろうか。
『周子の目に魔法でカメラを繋げたっ!この映像、テレパシーで送れるかな?ちょっと試すよ?』
突然自分の視界が、周子の目から見えている映像に切り替わる。うわ、こちとら空を飛んでいるというのに。空中で停止する。もし敵が来たらかなりピンチだ。
周子の目に写っているのは、庭。
目の前に広がる周子の世界。視点がいつもより低い。そりゃそうだ。身長150センチ前後の女の子の世界だ。
周子は縁側に立って、庭の一角を見つめている。庭には池があって松が植えてある。趣のある和の美を備えた庭。田舎なら珍しくはないが、都内だとしたらそうとうなお金持ちだ。
左下にあった視線を中央に写す。
真正面に居た人物と目が合う。
乾竜馬だ。
なぜこの世界に。
そして、なぜ、周子の家に?