羽鳥冬樹と共闘せよ
こうなることは、わかっていた。
翌日、就職説明会のために東京を訪れた自分は、『仮想世界』内に入ってしまった。
「そりゃそうだよな。やっぱり」
誰かに会ったら怒られるだろうか。
空中から駿河台下交差点に急ぐ。
「あ、春人みつけた!あれ?今日はリュックじゃないんだ」
真っ赤なコートをなびかせながら千夏が近づいてきた。
「今日は就活だからリクルートカバンなんだ。ん?いま、千夏さん、空飛んでない?え?いつのまに?」
「あはは。なんか、コツつかんじゃって。空を飛んでるっていうよりは、大気を蹴ってるかんじ?戦う女の子って感じでいいでしよ?頑張ればコスチュームチェンジもできそう。恥ずかしいからしないけど」
「恥ずかしいって。初期で乾竜馬青年時代に変身しちゃうこっちの身にもなってくださいよ」
「それなんだけど、今の変身後の姿は、乾竜馬よりもずいぶん春人らしくなってるよ。性格もそうだけど。たぶん、黄竜の攻撃に当たったとき乾のおじさんのセーブデータは壊れちゃったんじゃないかな」
「え?ブサイクに戻ってる??」
「春人は別にブサイクじゃないでしょ。垢抜けないだけ」
「そうかなぁ」
「現実世界の春人、結構好きだよ。自信持って!それより、きっと春人もいまなら自分の望む姿になれるよ。春人もレベルアップしてると思うから」
現実世界の自分の姿はともかく、なんだかんだで変身後の姿は悪くないと思っている。この変身後の姿は、仮想世界で戦っていた頃のものを引き継いだものだろう。しかし、乾竜馬が何を思って龍の姿に翼を合わせたのか、わからない。今度会ったら聞こうと思う。
「強くなるにはどうすればいいんだろう」
「自分の中にあるイメージって大事だと思う。あたしは中学生の時バレー部だったからボールをぶつけるイメージで戦ってるよ。春人はなんか部活やってなかったの?」
「ずっと帰宅部だったよ」
「じゃあ、家で熱中してたことってある?」
「ゲームとかかな。モンスター狩るやつ」
「じゃあ、そのイメージで戦ってみたら」
エネルギーの方向さえ操作することができれば、自由度の高い世界なのかもしれない。
そうなると、これまでの自分の経験がものをいう。自分は何者でもない。
そう考えると、自分の人生はただ与えられたものを消費しているだけだったように思う。
「千夏さん、ちょっと下に降りて餓鬼と戦いませんか」
「練習試合ってこと?付き合うよ」
有象無象の餓鬼たちと戦う。
自分は、今までのゲームの中で一番強くてカッコいい武器を連想した。オリハルコンの大剣。細部までイメージする。
イメージしたものが、具現化した。
大剣を握りしめる両手にエネルギーを込める。桜山周子は、星間エネルギーと言っていた。星間エネルギーは肉体のどこにあるのか。心臓か脳内か。手のひらから剣の先にかけて意識を集中させる。
オリハルコンの大剣を左から右に振り下ろすと同時に、エネルギーを解放した。重い。
餓鬼は青白い光を纏って消えた。
「千夏さん、こんな感じですかね」
「うん!すごく良かったと思うよ。他の武器出せないの?弓とか」
「ちょっとやってみる」
オリハルコンの大剣を意識して手のひらから消滅させる。その後、弓を出現させる。出てきた弓は日本風の長い弓だが、造形は西洋風でファンタジーな造形だ。弓道なのかアーチェリーなのか使い方もよくわからない。自分の想像力が具現化するため、普段の生活の経験のなさを物語っていた。
「弓は残念なことに想像力も経験値も足りないっす」
「銃は?」
言われて出てきたのは水鉄砲のようなチャチな銃。
「ダメだこりゃ」
「あはは。春人は大きな剣が使いやすいみたいだね。あたしは火が使いやすいんだけど、春人にもそういう特徴ある?」
「属性ってことかな。千夏さんの竹簡は『火』ってかいてあるから、千夏さんの属性は火や炎なのかもしれないですね。自分は『木』なんだけど、どうすりゃいいんだ?」
「植物関係なのかも。ツル使って攻撃するとか?花びらの舞とかは?」
「どこかのキャラクターに居ますよね、それ」
「えへへ、バレた?」
「さ、行きましょ。みんな待ってるかもしれない」
駿河台下交差点前が見えてきた。
異常な気配がした。
なんだか、黒い塊がうごめいているのが確認できる。
「なにあれ。黒い鬼がたくさんいる。中心にいるのは冬ちゃんじゃない?」
「え?見えない」
「あたし、この世界だと視力2.0以上だと思うよ。あの状況、とにかく大変なことになってる」
「加勢しよう!」
スピードを上げて、急ぐ。のんきにレベル上げなんてしてるんじゃなかった。
羽鳥美冬のときのように、チャンスを持ちながら人を助けられないのはもういやだ。
『仮想世界』の初日に会った黒い鬼。それよりももっと強そうな、黒い肌の般若のような姿の影だった。それが無数に居て、羽鳥冬樹に次々と襲いかかる。
羽鳥冬樹はリボルバーピストルを手にして応戦している。充填していない様子を見ると、本物ではなくエネルギーで作り出した武器だ。
一発の火力はそれほど高くないようで、三発ほどで黒般若は消えるようだ。
空中から冬樹の後ろに回った千夏が言う。
「力を貸してあげる」
千夏が冬樹の持つ拳銃に力を込める。
冬樹が放つ銃弾の火力が飛躍的にあがったようで、当たれば一撃で倒れた。
「やるな」
「へへーん♪」
千夏も炎を放出して攻撃した。炎というよりは低温で攻撃するらしく、大気の温度を操っているらしかった。
5人の中では、千夏が一番攻撃力が高いようだった。
自分も負けていられない。
大剣を手にして目の前の般若を打ち払った。
冬樹、千夏、自分の3人で三角形に背中を預けてひたすらに力を放出した。
「ね、冬ちゃん。このコたちキリがないけどどうするの?」
「どうもしない。戦いが終わるのは、元の世界に戻るか、敵がいなくなるか、自分が倒れるかの三択だ」
「うっそ、勘弁して」
この黒い般若たちはなぜ、無尽蔵に湧いているのか。
オソレがなければ襲ってこない。だれがなにに怖れているのか。
「冬樹さん、もしこいつら全員倒したとして、気は晴れますか」
「どういう意味だ」
「いや、こいつら産み出しているのは冬樹さんじゃないかなって」
「こいつらは敵だ。なぜ、俺が産み出す必要がある」
「本当はただ何かに当たりたいだけじゃないのかなって……、いや、仕方のないことだと思いますが」
「何を言ってる」
「ここにいる人間の怖れが餓鬼を産み出す。こいつらも同じです。あくまで仮説ですけど、冬樹さんはがむしゃらに戦うことで、冬樹さん自身の精神を安定させている」
「ちょっと、春人!何かがくる!」
「うわっ!」
圧倒的な力の前に、3人がはじき飛ばされた。
目の前に居たのは、女の子の姿をした氷でできた使者。瞳の色は青く、同じ色の戦闘服を身に纏っている。氷の要請っぽくもある。
「みふゆ……?」
羽鳥冬樹が亡くなった妹の名を呼ぶ。
まさか、羽鳥美冬?
羽鳥美冬の姿をした氷の人形は、宙を舞い、息をつかせない速さで氷の粒で攻撃する。美冬は氷を操るらしい。
千夏が防御壁をつくって氷を吸収させる。
自分は装甲もしていて変身後だ。自分は痛みには強いけど、千夏と冬樹は生身だ。氷の粒に当たったらタダではすまない。
「お前は美冬なのか?」
答えはない。青く凍てつくような顔で淡々と攻撃を繰り出してくる。
「どうしよう、春人?流れ的に美冬ちゃん攻撃していいの?」
「ゲームとかアニメだと、攻撃せざるを得ない状況と思うけど」
「ダメだ!美冬を攻撃なんて許さない。美冬は、俺の妹だ!」
冬樹が、千夏のつくる防御壁から飛び出した。
「あ!バカ!なにやってんの!」
「俺はいいんだ。美冬が望むなら、美冬の世界へ行きたいんだ!」
「千夏さんの防御壁に戻ってください!」
自分は、攻撃を受けそうになった冬樹を庇った。いてえ。氷の魔法が背中の装甲と装甲の間の弱い部分に刺さる。
「落ち着いてください!冬樹さんが美冬さんの世界に行くなら、自分も行きます」
「なんでお前なんかが」
「だって、自分にも責任があるんです。冬樹さんも言ってたじゃないですか!」
「俺だけでいい。俺が美冬と一緒に」
「ダメです!」
そうこうしているうちに、氷の美冬が氷の壁を仕切る。
冬樹、千夏、そして自分がそれぞれ分断されて氷の牢に閉じ込められた。
そして美冬の人形は脳裏に響く声で、ひとりひとりに呪詛をささやいた。
『お兄ちゃん、どうして復讐してくれないの? わたしは死にたくなかったよ?わたし、悔しいんだよ?』
『なんで助けてくれなかったの?どうして死んだのがあなたじゃなかったの?あなたも死んだのが自分じゃなくて安心してるんじゃないの?』
『なんで当事者意識ないの?わたしは死んであなたは戦ってる。生きている優越感にひたるのは楽しい?死んだわたしをバカにしてるんじゃないの?』
「やめろ……美冬……!やめてくれ!耳が……ちぎれそうだ!」
「冬樹さん!しっかりしてください!これは敵です!美冬さんじゃありません!」
「これって、冬樹の作り出した影でしょ?美冬さんなわけないじゃん!何が悲しくて肉親にこんなこと言えるの?冷静に考えて!」
美冬の人形は、呪詛を唱え続ける。
このままだと、冬樹が危ない。
「冬樹さん……、美冬さんってどんな方だったんですか?教えてください」
「美冬は優しくて、どこにでもいる平凡なヤツだった」
「冬樹さんは、美冬さんとどんな幼少期を送っていたんですか?」
「ごく一般的な普通の家庭だ。それほど貧乏でもなく、かと言って金持ちではない家のありふれた2人兄妹だ」
「事件に巻き込まれたのがもし冬樹さんだったら、美冬さんに復讐を願いますか」
「いや。願わない……。美冬には美冬の人生を歩んでほしいと思う」
「冬樹さん、それと同じ答えが美冬さんの答えです」
氷の牢に少しだけヒビが入った。
きっといまが、チャンスだ。
「いまです!千夏さん火の魔法を!」
「凍てつく心には熱い情熱で溶かすってことね!てりゃ!」
ガラスが割れたような音をたてながら氷の壁は崩れ去った。氷の牢屋から脱出した。
「千夏の言うとおりよ。これは冬樹の作った影」
いつの間にか、黄色の髪の女の子も参戦していた。桜山周子だ。
「これは冬樹の作った影だけれど、もしかしたら、羽鳥美冬を取り戻すチャンスかもしれない」
「チャンス?」
「あくまで仮説だけど、1グラムでも美冬の魂で構成されているのなら、美冬を取り戻せる。ねえ、春人。わたし思念体だからうまく守ってね」
「周子ちゃんの護衛は攻守両道のあたしにおまかせあれ。春人には負けないんだから」
「美冬をどうやって取り戻すんだ?」
「あくまで仮説だからうまくいくかはわからないけど、魂は約20グラムって話はしたわね?羽鳥美冬の魂を器にして、20グラム分のエネルギーを注ぐの」
「エネルギーのノルマは血縁者たる羽鳥冬樹。あなたは8グラム。残りの4人は3グラムずつ。やってみる価値はあると思わない?」
「まずは羽鳥美冬の影を拘束する。拘束した影を器として、全員でエネルギーを送る。今日は1人足りないわね。浅野白秋を呼んでくるから、拘束しといて」
周子はそう言って消えた。
「拘束って言っても、あたしの能力だとかなり難しいんだけど。美冬ちゃんの魂が焼け焦げちゃう。あたしは防御にまわるね!春人、まかせたよ!」
拘束といっても難しい。ゲームでモンスターを捕まえる時は相手を弱らせてからアイテムを投げるのが鉄板だ。
罠を仕掛けたいのだが、手元から出るのは武器ばかりで罠をうまく出現させられない。
かといって、攻撃もできない。
逃げる一方だ。
どうすれば。
そうだ、『木』だ。
たしかさっき、千夏との会話で自分の属性は木かもしれない、と。
空から地上に降りて、敢えて隙をつくる。
「春人、何をする気?」
美冬が空から一直線に攻撃を仕掛けようとしたとき、自分は地面に手をついた。植物のツタを出すイメージだ。
手をつけたコンクリート面からバキバキと音を立てて、幹の太いツタが出現する。
ツタは一瞬で美冬の全身に巻きついた。美冬は全力で抗う。
「ごめん、寝てた。おまたせ、春人!」
そのとき、バイクに乗った白秋が周子を乗せてやってきた。
「白秋!この子の動きを止めてくれ!」
「了解!『終始大聖』!動くな!止まれ!」
ツタに絡まった美冬が動きを止める。
「白秋、今の呪文、いつの間に」
「乾のおっさんのアドバイス。春人こそ植物操れる能力なんだこれすげえな」
「いまよ、みんな。羽鳥美冬を囲んで五角に並んで。できるかわからないけど、この器を使って、羽鳥美冬の魂を再構成するわよ」
「ひとり20グラムの魂、星間エネルギーを使うの。ノルマは1人、3グラム。血縁者たる冬樹は8グラム。あくまで仮説だけど20グラムのうち10グラムを切ると、気力を全て失い、抜け殻のようになるわ。この前の春人のように」
「あれって、魂が抜けてたってこと?」
「そう。詳しく話してる時間はないわ。そして、魂の欠損は器があれば補える。白秋。あなたのちからを使うの。この前使った恥ずかしい回復魔法と同じもの」
「おおお、俺は白魔道士枠だったのか。攻撃力ないけど結構便利なのねん」
「あなたしかできないことよ」
「かしこまり〜お姫様!ケアルーガハルトスペシャルね」
「冬樹は妹さんへの想いを込めて。あなたは何も悪くない。妹さんの魂の構成にはあなたと過ごした時間の記憶が必要だわ」
「わかった」
「千夏は、星間エネルギーを燃やすのが一番上手だわ。集まったエネルギーは性質もバラバラ。高温で溶かして混ぜるようにイメージして力を放出させて」
「オッケー。まかせて、周子ちゃん」
「春人は、肉体を形成するようにイメージして。春人の能力は変貌。美冬を救いたければ、集まったエネルギーと春人の能力を使う。春人の身体の一部で美冬さんを作るの。意味はわかる?よろしくね」
「身体の一部を使って作る」
「この器と冬樹の記憶をベースに作りたいから、肉体の再構成をイメージして」
肉体の再構成。むずかしい注文だ。
しかし、やるしかない。
「みんな。わたしに続いて言って。『終始大聖。羽鳥美冬を再構成せよ』」
『終始大聖』
『羽鳥美冬を再構成せよ』
羽鳥美冬の器が白く光り、バチバチという電気音を立てる。美冬の光を中心に、1人を頂点として光の線が五芒星で結ばれる。
「いい?みんな、魂を込めるのよ」
何かが始まっている。
中心に向けて強烈に引っ張られる感覚と跳ね返される感覚。両側から強いちからを受けることでやっとその場に立っていられるような感覚。
魂の錬成。
魂の錬成は、禁忌。確かそんな本をどこかで読んだ記憶がある。
自分たちは知らず知らずに禁を犯してはいないだろうか。
「雑念!思い切りやって!」
イメージ。肉体を構成して分離。
魂の3グラム。
熱い。寒い。ビリビリする。
5人で全力を出す。
自然と咆哮を上げていた。
目の前が真っ白になり静かに何かが弾けた。そしてキラキラとした物質があるのが見える。
まるで、赤色巨星から白色矮星が誕生するかのような幻想的な光景。
白いモヤが立ち込める中、五角の中央でダイヤモンドの原石のような塊がコロンと音を立てて転がった。