乾竜馬を確保せよ
『鄒子』の研究者、乾竜馬を探す。
「研究者なら、ググったらいいんじゃないの?大学勤務なら大学に問い合わせるとか。あとは昔の本だと、奥付を見るとか」
「……ぐぐる?なにそれ」
「周子さん、もしかしてインターネット見たことない?」
「パソコンのこと?学校で触ったことしかないわ」
「えっ?周子ちゃん家にパソコンないの?」
「家庭の事情。とにかく、調べられるならその『ぐぐる』を使って調べなさい」
「周子ちゃん、可愛い」
「はいはーい。ググりますよ、お姫様。ただ、この世界はネット繋がらないんだよね。結界外のネカフェでも行く?スマホで足りるならファミレス行く?」
「わたしは意識体だから、一緒には行けないわ。わかったら、あなたのテレパシーでまた呼んでちょうだい」
「ははあ、テレパシーね?1回も試してみたことも使ったこともない、俺のテレパシーね?」
自分はリュックサックから本を取り出して乾竜馬の本がないか調べた。
「ここにあるのは乾竜馬の著作は1冊。しかも、合同誌。奥付けはなし」
「うへ、あたし調べモノ苦手。結構厳しそうだね」
「よろしくね」
桜山周子とは神保町で別れた。いったんこの世界を出て3人でファミレスに入った。
「なんかあれだね。どんな条件でヘンテコ世界に行っちゃうのか仕組みがわかっちゃうと拍子抜けだね」
「いやいやいや、まだ全然わかってないから!いまは自分が埼玉住みだからいいけどさ、働くなら東京行きたいし、本当にどうにかしないと」
「どうにもならなかったら、春人は一生埼玉で暮らしなよ。あたし今日初めて埼玉行った気がするけど、スローライフできそうじゃん」
「千夏さんまで!勘弁して。東京に入れない呪い?埼玉の東は電車で埼玉の西へ行くにも東京通ったほうが早いんスよ?一生サイタマって何の罰ゲーム?」
注文していたハンバーグ定食が運ばれてきた。遅めの昼ごはんだ。そういえば、桜山周子はどこで食事を取っているのか。本体はどこで生活しているのだろう。
本題を忘れそうになっていたが、スマホの検索結果を表示する。
「乾竜馬。検索してるけどSNSはナシ。1974年生まれ。数年前に洋東大学の客員教授になってたみたい。非常勤っぽいけど。論文もチラホラ。確かに、古代中国思想についていろいろ書いてるみたい。最近の足跡はないな」
「それなら、洋東大学に問い合わせてみたらどうかな?」
「個人情報とか言って追い返されないかな。個人的にはいやだな」
「さすがに住所まではわかんないと思うけど、いまどこで何してるかくらいは教えてくれるかもよ。卒業生のフリして、自分が電話してみる」
「掲示板にスレ立てした方が早いんじゃない?」
「それはちょっとダメでしょ」
洋東大学に問い合わせてみた。
大学内の内線を何度も回されて得た情報は、数年前から乾竜馬とは契約していないということ。その後どこで働いているのか、どこにいるのかを誰も知らないということ。そして、やはり住所は教えてはくれなかった。
「だめでした。なんにもわからないことが分かった」
「やっぱり」
「教授同士の個人の繋がりならあるのかな?年賀状とか」
「交友関係も知らないのにどうやって探せと?」
「確か、合同誌を作ってたんでしょ?そっちの人に聞いてみたら?」
「確かに!千夏さんナイス!」
合同誌の論文を書いた人を探して、所属大学へ電話を掛ける。合同誌の著者の先生は講義で不在らしい。折り返しの電話をもらう約束をした。
悪いことをしているみたいで、結構不審者だ。ドキドキする。
折り返しの電話がくる。
「もしもし。わたくし、榎元と申します。折り返しのお電話、ありがとうございます。実は大学卒業後、乾竜馬先生に聞きたいことがあって、乾先生を探しているんですが、先生は乾先生がどちらの大学に勤務しているかご存知ですか?」
オレオレ詐欺まがいなことをしてすみません。
「ああ。乾先生?懐かしい名前だな。残念ながら、もう引退して隠居生活送ってるみたいだよ?え?住所?ごめん、住所まではわからないんだ。確か、埼玉のミヤシロに住んでるみたいだけど」
その単語に、一瞬、どきりとした。
「ミヤシロのどこですか?」
「実家が神主さんだから、家業を継いだとか言ってたかな。ごめんね、俺にわかるのはここまで。講義があるから切るね。乾先生に会えるといいね」
乾竜馬を知る教授との電話が切れた。白秋が待ち切れないとばかりに身を乗り出して問う。
「それで、なんだって?」
「埼玉のミヤシロに住んでて、実家が神社の神主だって。……ミヤシロは自分が住んでる町だ」
「本当?今日行ったとこじゃん!あの動物園があるところ?案外近くに住んでたってこと?すごい偶然!春人の親戚とか?」
「いやいや、神主やってる親戚なんていないよ。とりあえず、うちの町ならなんとなくわかる。神社もそんなに数がなかった気がするから、比較的すぐ探せるかも」
「御社町……神社で、検索と。確かにそんなに数ないな。ヨシ!まだ昼過ぎだし行ってみますか!」
「そうだね。今日中に、片付けちゃお!」
白秋と千夏が盛り上がっているところで、自分だけまだハンバーグ定食を食べきっていないことに気がついた。
自分はそれを無心で流しこんだ。
ぼんやりと、予想を立てていた。
竹簡の所持者が5人揃うと開く世界。
竹簡に浮かんだ五芒星のマーク。
おそらく近所にある五社神社ではないか。
電車で移動する。
今日はずいぶんと長い。
五社神社へ行きたい、と言って東部動物園駅より1つ手前の駅で降りた。
この時点で、すでに夕方になっていた。あの世界では時は止まっているので錯覚してしまいそうになるが、現実世界の時の流れは早い。
五社神社まで徒歩10分。
「田んぼばっかり。のどかな町ね。あ、コンビニ寄ってもいい?」
「あ、俺も。飲み物買おうかな」
白秋がコンビニでジャスミン茶を買った。3人で新宿にある小龍包を食べたのが一週間前。遠い昔に感じる。
田んぼの道から一転、鬱蒼とした木々の中に五社神社はある。
お賽銭を投げて参拝した。
乾竜馬と会えますように。
「誰もいない。なんか寂れた神社だね、すみませーん。誰か居ませんか」
その時、神社の奥からぬらりと現れた人物に驚愕した。
見覚えのある顔。
自分の変身後の顔だ。
男は30代から40代くらいだろうか。くたびれた紺の作務衣に半纏を羽織っている。冬だというのに素足に草履。髪はボサボサ、無精髭があり清潔感が皆無だ。
そして、その顔は、自分のあの世界での変身後の姿によく似ている。ただ、目の前にいる人物は自分の姿よりも老けて見える。
ほぼ直感的に、この人物こそ周子の言う乾竜馬だと認識した。
「すみません。あなたは乾竜馬さんですか?」
「あ?そうだけど、なに?なんかのおつかい?回覧板なら受け取るけど」
ビンゴだ。乾はあくびをしながら頭をボリボリと掻く。濃い色の作務衣にフケが落ちる。千夏さんは背後にいて顔は見えないが、ドン引きしていそうだ。
「これに見覚えはありませんか」
自分は竹簡をゆっくりと取り出してみせた。我ながら水戸黄門のカクサンのようだ。
乾の目が大きく膨らんだあとに、刺すような視線を投げかけてくる。
ビンゴ。どうやら心当たりがあるようだ。
「小僧。それをどこで手に入れた?」
「気がついたら持ってました。これには不思議な魔力が宿っているようです。何か知っていたら教えてください」
「それ、ちょっと貸してもらえるか」
自分は竹簡を乾に渡す。
乾は竹簡を手に取りながら、なにかをブツブツつぶやいた。
乾の腕に白秋が飛びつく。
「乾竜馬確保!ミッションクリアみたいだねん!さあさあ、我らがお姫様のもとに連行しましょ!やっぱり周子チャンの連絡先聞いておくべきだったよね。すぐに喜びを分かち合えないんだもーん。しかもこんなにうまく見つかるとは思ってなくて、周子チャンの用件もさ、全然聞いてないよね俺ら」
「乾さん。乾さんはあの世界のこと、知ってますか」
「タンマタンマ春人!俺たちは調査隊!任務完了よ。本題は我らが将軍、周子ちゃんの前で白状させましょ!」
「え?この人、ハンテンだよ?え?この姿で電車乗るの?ちょっと面白すぎない?」
「しょうがないじゃん!着替えさせたら時間かかるし逃げるかもしれない。確保確保!」
「一体オマエラなんなんだ。初対面のおれを犯人扱いか。弁護士を呼べ。話はそれからだ」
「乾さんは、あの世界のこと、知ってますよね?これから一緒に行ってもらいます」
「なんのこと?」
「あ、この人を結界内に連れて行ってもこの人あの世界には入れないかもよ。どうする?」
「その時は結界の外に周子に来てもらう」
「とにかく行ってみよう」
今日は一体、東部線を何往復すればいいのだろうか。
乾竜馬が車窓からスカイツリーを見てため息をつく。
「はぁーーーー……、いつのまにやらこんな建物ができてたんだなあ」
「なに?おじさん、スカイツリー見たことないの?」
「いやテレビ観ないし新聞では知ってるけど。いやはや、オレも歳をとるもんだ」
とうきょうスカイツリー駅を降り立つ。
あの世界の境界に足を踏み入れた。
その瞬間、乾竜馬は消えた。
やはり、竹簡を持っていないとダメか。
「白秋、テレパシー使ってくれ」
「ヨシ!おーーーーい!しゅうこちゃーん!いぬいりょーまをつれてきたよーー!」
「私ならここに居るわ」
建物の影から白いタイツの足がのぞいたと思った瞬間、桜山周子がふわりと軽くでてきた。
「そんなに大きい声を出さなくても。テレパシーってそういうものじゃないでしょ?羽鳥冬樹の耳は無事かしら」
「周子ちゃん!乾のオジさん連れてきたんだけど、こっちの世界には来られないみたいなんだ。周子ちゃんいま意識体?こっちに来られないかな」
「わかったわ。いまは意識体だから、結界の外で待ち合わせましょう。場所はいいところ知らない?」
「北千住駅の地下のスタバ知ってる?東部線北千住駅改札内で本屋の隣の。あそこなら周子チャンでもわかりやすいかも」
「北千住駅の地下のすたば?東部線北千住駅。改札を出ないところね。探してみるわ」
この子、スタバを知ってるだろうか。圧倒的な知識を持ちながら、女子中学生としての常識はいささか不安がある。自分は補足した。
「改札から出ないでね。迷子になったら探すから。それから正式名称は、スターバックスカフェだよ」
「過保護か」
「スターバックスカフェ。わかったわ」
「じゃあ、またあとでね」
現実世界に帰る、ふたたび乾竜馬を捕まえて、北千住駅のスタバに連行した。
「え?オレ、半纏のままスタバ行くの?所持金もそんなにないよ?帰りの切符代も必要なんでしょ?え?なんで?」
「おじさん、どうせ暇なんでしょ?
春人が奢ってくれるから付き合ってよ」
「ええ?!支払いは自分ですか??」
「ウンウン。女の子2人にならともかく、オッサンに奢るのはいい気持ちがしないよな」
「何言ってんの。白秋も出すの。私は社会人だから、周子ちゃんの分を出すわ」
「えええ?周子チャンの分奢らせてよ」
「それなら自分も立候補」
「じゃあ、3人で全員分割り勘しましょ」
年末年始の郵便局のバイト代はまだある。
千夏、白秋、そして乾竜馬とともに北千住駅のスターバックスで桜山周子の到着を待った。