桜山周子との再会
「桜山、周子さん」
「久しぶり、春人」
ぼんやりとした世界が、だんだん立体的になる。夢から覚めた感じだ。黄色い龍の攻撃に当たってからはぼんやりと、ふわふわと時を過ごしていたように思う。
「確か自分は北の境界線で黄色い龍のビームに当たって。それでどうしたんだっけ?」
「しばらくずっと抜け殻みたいだったよ」
千夏が答える。
「そうだった。千夏さんと白秋が助けてくれた。ありがとう」
「どういたしまして」
「2人に言わなきゃいけないことがある!西の境界線と、北の境界線がわかったんだ。白秋、地図持ってる?」
「おまかせあれ。春人の部屋からパクってきてるよん」
「大学から真西の西の境界線が神楽坂、そこから真北の北の境界線が大塚。
ここの点をそれぞれ東京タワーとスカイツリーと繋げると」
点を地図に記していく。そして、直線を引く。
千夏がなにかに気づいたように答える。
「ここって、池袋のサンシャインじゃない?」
「つまりこのヘンテコ世界は東京タワー、スカイツリー、サンシャイン60を三角形の中の世界ってこと?」
「その通りよ」
桜山周子が語り出す。
「東京には幾重にも結界が敷かれている。その中で、この世界はその3つの建物の中で作用するみたい」
「なんで周子チャンはそんなに詳しいの?もしよければほかに知ってること教えてくれないかな」
「ここに居るからには、そのつもり」
周子が自分のほうを向く。
「春人、本当はわたしはあなたには、もうこの世界に来てほしくなかった。あなたは何が真実だったとしても絶望しない?」
「もちろん」
「いまの約束、忘れないでね。わたしの仮説との交換条件」
周子は14歳とは思えない仕草で髪をかきあげる。自分は周子の神秘的な雰囲気に飲まれそうになる。
「春人、最初に出会った日に買った本、持ってる?」
「え?あ、家、かな?」
「はい!春人のリュック。いつも大事そうにしてたからもってきたよ」
「ナイス千夏チャン!」
白秋が千夏とハイタッチをする。あれ?この2人こんなに仲良かった?
自分は千夏からリュックを受け取り、本を取り出して周子に渡した。
「この本、あなたどこまで読んだ?この世界は五行思想に基づいた世界なの。
木火土金水それぞれの竹簡を持った人間が結界内に集まると作動する。
そして、人間は木火土金水それぞれの能力を有する。
わたしの能力は土。この世界でわたしが何をできるのかわかる?」
『五事』木は貌。火は視。土は思。金は言。水は聴。
「思ってなんだ?人より深く考えるとか?人の考えがわかるとか?」
「さすが平凡な発想ね」
桜山周子がスカートの裾を掴みながらら身体をくるりと回して言った。
「この身体は意識体なの。わたしの本体はいまも家に居る」
「イシキタイって?」
「肉体に対する魂ってことかな?」
「そうね。幽体離脱っていったらわかりやすいかしら」
「神出鬼没なのはそのせいか」
「この能力のおかげでずいぶん、この世界について調べることができたわ」
「さて、あなたたちは何から知りたい?わたしの仮説を聞かせてあげる」
「聞きたいことはたくさんある」
「じゃあ今日は3つだけ」
「俺たちの力はどこからきているんだ?」
「あくまで仮説だけど。古代中国の思想。五行の力よ。陰陽師は聞いたことあるわね?東洋では、むかしから五行を用いて魔法のようなエネルギーを使っていた。西洋化が進むまではね。
五行のエネルギーの根源は、おそらく魂よ。魂の重さの実験って知ってる?人間が死ぬと20g前後軽くなる。星間エネルギーとも言われている。この先はちょっとオカルトじみてきて、妄想になってしまうかもしれないけど、聞く?」
「14歳の妄想でもいい。聞かせてほしい」
「妄想に近い仮説だけど、おそらく魂は存在する。死んで肉体が滅びると、約20gの魂は離散して宇宙エネルギーとなり、宇宙を旅する。太陽系の重力で土星以降に行けるのはおそらく稀で、水星、金星、地球、火星、木星、土星を廻る。惑星のガスそのものが、魂の素。人は産まれたときに約20gの宇宙エネルギーを集結させる。魂が宿るとは、宇宙エネルギーを体内に秘めているということ。五行思想は、もともと魂に宿る宇宙エネルギーを解放するため方法論なの」
「なんだか壮大な話ね。面白い」
「もし周子チャンが大学のオカルト研究部に入ったら神になれそう」
「コラ、白秋。自分はその仮説を信じるよ」
「ありがとう。この仮説を他人に言うのは初めてだわ。普通なら頭がおかしいと思われても仕方ないわね。
でも、わたしは宇宙の真理を知ることができたなら死んでもいいと思っている。むしろ真理をひとつもわからないで死ぬのが怖い」
「襲ってくる敵はなんだ?」
「あくまで仮説をだけど。人影が近くにいる人間の心の中の恐れに反映されて実体化して襲ってくる。恐れなければ襲ってこない。そして、恐れが大きいほど影は強くなる」
周子が一息ついて、覚悟を決めた面持ちをして言った。
「このことで、春人に言わなくちゃいけないことがある。動揺しないで、聞いてくれる?」
「約束する」
「わたしと出会った日、駿河台下交差点で黒い鬼から逃げたのは覚えてる?」
確かあの日は、全く歯が立たなくて、黒い鬼から逃げて大学に行った。
「ああ、覚えてる」
「あの黒い鬼は、わたしと春人以外に存在し迷い込んでいた人間の強いオソレが生み出したものだったの」
「え、てことは……つまり?」
「あの日、山之内書房で殺人事件があったのは知ってる?」
「知ってる」
「あの日、山之内書房に隠れてた人物がいたの。店員の羽鳥美冬。24歳。羽鳥美冬は、自ら生み出したオソレに負けた」
「負けた……」
「つまり、亡くなったってこと?」
白秋の質問に、周子がうなずく。
亡くなった人がいた?
あの日、あの時?
あの黒い敵によって?
足元がグラグラする。それって、つまり、もしかしたら。あの時、逃げないで黒鬼に立ち向かっていれば。
その人は死ななかったということ?
「あのとき、彼女が亡くなった瞬間、世界は戻ったの。
彼女が亡くなったのは春人のせいじゃない。彼女が、猿渡さんみたいに強い心の持ち主だったら死ぬことはなかった。だから、春人は自分を責めないで」
「周子さんはそのことを教えたくなくて、自分に電話でこの世界に来るなって言ったってこと?」
周子は沈黙し、返答はなかった。
しかしそれが答えだと思う。
知っていたなら、もっとはやく打ち明けて欲しかった。知らなかったことが悔しい。打ち明けてもらっても、死んだ人は戻らないけど。
「ねえねえ周子チャン。その人も、竹簡もってたの?」
「おそらく。『水』の竹簡を持っていたはずよ。そして、今は別の人が持っていることもわかってる。亡くなった羽鳥美冬の兄。羽鳥冬樹。今まさにこの世界にいて、神保町で妹の仇を討ちつづけている」
「そうなんだ……。ほんとにやばい世界なんだね。ここ。あたし、ゲームかなんかだとずっと勘違いしてたかも」
「それで周子チャンはこの世界を閉じる方法を知ってるの?」
「それはわたしも調べているわ。私はある人物を探している。乾竜馬。『鄒子』唯一の研究者で、その本の著作者よ」
滝のように押しよせる告白に、頭が追いついてこない。
アタマを真横から殴られたような感じだ。
あの日、黒い鬼と戦っていたら。人が死ななかったかもしれない?
亡くなった女性。その兄。
復讐心の矛先を向けられても受け入れるしかない。無知とはいえ、無関係ではない。救えなかった命は重い。
「それで次はどうするの?春人、ダイジョウブ?」
千夏が自分の顔を両手で挟んで目を覗いてくる。
ウン。ダイジョウブじゃないかもしれない。何が真実でも動揺しないって周子と約束したはずなのに。
「この世界には、あと1人迷い込んでいる。『水』の羽鳥冬樹。この人と接触する。
そして、著作者の乾竜馬。この人を探す」