浅野白秋、春人を探す【視点:浅野白秋】
俺、浅野白秋はいま、ヘンテコな世界で戦いに巻き込まれている。
同じくヘンテコな世界で負傷してしまった友人の榎元春人は、夢遊病のような動きで帰っていった。それから連絡はとれていない。かなり心配だ。
朝。さむい。とにかくさむい。ワンルームのアパートは1月の空気は厳しい。俺は布団を身体に巻いて二度寝をむさぼる。壁のどこかに隙間があるのかもしれない。
俺は暖房のリモコンのスイッチを入れた。
ヘンテコな空間で出会った友人、春人。地図を春人に渡したその日から、会えていない。ヘンテコ世界へも行っていない。
スマホの着信を見る。着信0件。春人を気遣うメッセージにも既読がつかない。
春人に何かあったのだろう。
大学へ連絡先を聞こうとしても、個人情報保護の一点張りで教えてくれない。
春人の学科へ行っても、春人の連絡先を知る奴には出会えなかった。あいつ、どんだけ友達居ないんだよ。
今日は幸い、大学も休みだ。
鏡に向かい、身だしなみを整える。うん、今日の俺は昨日の俺よりイケてるぜ!
千夏チャンからのメッセージが入る。
『おはよう。春人から連絡あった?』
『おはよう。何も。さすがに心配だから今日春人の家探すわ』
『住所知ってるの?』
『知らない。千夏チャンも来る?』
『遠慮しとくわ。仕事だし。頑張ってね』
『了解。千夏チャンも仕事頑張ってね』
浅草駅へ向かう。
たしか春人は実家暮らしで最寄り駅は東部動物園駅と言っていたはず。いままで聞いた話を総合すると、徒歩10分圏内にある榎元っていう家を探せばいいかな。
俺、ストーカーかな?
でもさ、しょうがないよね。もし春人が家に帰ってなかったら、たぶんヘンテコ世界に置き去りにされた可能性もある。
つまり友達のピンチじゃん?
浅草駅で電車に乗った。
車窓からスカイツリーが見える。
東京タワーとスカイツリーを結ぶ線が、ヘンテコ世界との境界だった。
水色の荘厳な建築物。いつも賑わっているショッピングモールは元カノとのデートにもよく使った。
電車のアナウンスが、とうきょうスカイツリー駅に着いたことを告げる。
ヘンテコ世界の境界線のことを考えていたら、思わず降りてしまった。
スカイツリーに来るつもりはなかったが、自分が手ぶらだったことに気がついた。ショッピングモールで春人の家へのお土産でも買おう。
平日の営業開始直後だったので店内は空いている。俺はお土産を買って再び駅に向かった。
店外を出ると人は居なかった。水族館の入り口付近の広間にいた長い黒髪の女の子を除いては。
女の子の黒髪が1月の冷風を泳いでいる。
寒そうだ。彼女は薄手の黒いコートに白いタイツ、黒の靴。ピアノの発表会みたいな格好だ。
「桜山周子?」
ほぼほぼ無意識に言葉が出てしまった。サクラヤマシュウコ?誰だっけ。あ、そっか。春人が探していた女の子の名前だ。
なぜいま思い出したのだろう。
「ちーす!周子ちゃん。寒くない?風が冷たいよねん」
黒髪の少女がこちらを振り返りいぶかしげな視線を投げる。
そして、足早に去っていく。
ま、そりゃあそうだよね。ナンパ失敗。
「ねえねえ!あなた桜山周子サンだよね?春人から聞いてるよ!俺は浅野白秋!春人の友達!周子チャンとは友達の友達だから、友達!って、こんな理屈だめかな?よろしくねん」
少女が逃げるように走りだした。
ちょっと、いや、だいぶアプローチの方法間違えましたっ!ごめんね春人!
「ちょっとまって!ふざけてごめん!話を聞いてほしい。春人と連絡がとれないんだ!」
周子の足がピタリと止まる。
大きな黒い瞳と目が合う。
おお、オタサーの姫よ。可愛いではないか。千夏の色気とは程遠いが、可憐な雰囲気だ。
「春人が、どうかしたの?」
「先週、ヘンテコ世界で別れたきり、連絡が取れないんだ」
「そう」
桜山周子はまた足早に去ろうとした。
「待って!キミ、あのヘンテコ世界のこと何か知ってるんだろ?教えて欲しいんだ。連絡先!教えて」
「いやよ」
一刀両断だ。なかなかに厳しい女の子だ。
しかし、少女は何かを考えたあと、3歩ほど歩み寄ってきた。
「春人へはわたしから連絡する。あなたがわたしに春人の連絡先を教えなさい」
春人に直接連絡するってこと?
そうか。春人は俺の呼びかけには答えなくても、もしかしたら桜山周子の言葉なら何か反応するかもしれない。
野郎より女の子のほうがいいもんな。その点、今日の春人探しも本当は千夏チャンが適任だった。
俺はメモ帳に春人の携帯電話番号を書いて彼女に渡した。
彼女はそれを受け取ると、じゃあと言って去って言った。
彼女は桜山周子とは名乗らなかったし、もしかしたらヘンテコ世界からの罠かもしれない。それに、春人の個人情報を勝手に渡したりして、本来なら俺の中でのポリシー違反だ。だから、俺も少女をこれ以上引き止める気にもならなかった。
桜山周子はショッピングモールの奥に消えてしまった。
何かの罠だとしても、春人へのお土産話しができた。
俺は少しウキウキした気持ちで、とうきょうスカイツリー駅から電車に乗った。北千住駅で急行電車に乗り換える。平日昼間の下り電車はガラガラでついウトウトしてしまう。
うっかり夢の世界へ絡めとられた。
目を覚ますと、車窓から田園風景が広がる。もしかして寝過ごした?ここ栃木?鬼怒川温泉着いちゃう?温泉まんじゅう食べちゃう?
車内のアナウンスが東部動物園駅の到着を告げる。良かった。ちょうど目的駅に着く前に起きた。俺天才!
駅を降りると、のどかな街並みが広がった。駅は綺麗なのに人が居ない。高い建物もない。閑散としていて空気が綺麗だ。
想像していたよりずっと田舎だ。
西口を降りて、徒歩10分にありそうな家を探す。いやいや、無理ゲーでしょ。ソレ。企画した俺はアホですか。バイクで来れば良かった?
通りすがりのタクシーに聞く?
徒歩10分で行ける範囲の榎元さんち知ってますか?
ソレ怪しいでしょ!通報モノでしょ!
誰も居ないことを確認して、駅前ロータリーで叫ぶ。
「榎元春人に俺は会う!」
ヨシ!気合い入った!
探そう!春人を!
それからは結構あてずっぽうに歩いていた。
2時間くらいは歩いただろうか。
榎元さんち見つかんない……。
当たり前か。
でも、あきらめたらダメだ。
いまのところ、すれ違った人全てに聞いている。
「あの、道に迷っちゃって。榎元さんのお宅知りませんか?」
今のところ誰もが知らないと言って過ぎ去る。俺、かなり不審者だ。自覚はある。お願いだから誰も通報しないでくれよ。
標札を確認しながらウロウロしていると、反対側から女子小学生が歩いてくる。そろそろ小学生の下校時刻か。
「あの。榎元さんのお宅知りませんか?」
「榎元ならうちですけど」
「え?あ!春人くん!家にいらっしゃいますか?俺、春人くんの友達で!全然見かけないから心配で遊びにきましたっ!」
「お兄ちゃんの友達?初めて聞いた」
まさかのイモウト!?
こんな可愛い妹いるなんて聞いてねえぞオイ春人!
「おにいちゃーん!おともだち!あそびにきたよ!」
着いたのは閑静な住宅街の一軒家。春人妹が階段下で二階へ向かって叫んだ。
二階から春人の声が聞こえる。
居た。生きてた。よかった。
「居ないって言って」
はあ?!居留守かよ!
しかも堂々たる居留守!
清々しいにもほどがある!
「居ないそうです」
妹が笑いを堪えて言う。
ここまで来て引き下がる俺ではない。
「ねえねえ妹ちゃん。おにーちゃんの様子教えてくれない?」
「お兄ちゃん?なんかちょっと前から引きこもりになっちゃった。もともと暗かったし。このままだとニートかな?」
「そっかぁ。ちょっとお兄さんに会ってもいいかな。これ、お兄さんにお土産」
「いいんじゃない?二階の正面の部屋だよ」
「お邪魔します」
2階に上がって、正面の部屋に突入する。雑然としてる部屋。まあ、オトコの部屋なんてこんなもんだろ。
カーテンを閉め切った暗い部屋にパソコンの明かりと布団にくるまった春人がぼんやりと浮かぶ。
「春人ちーす!おじゃましてます!」
「帰れよ」
おおっと、いきなりの帰れ宣言?
傷つくなぁ。
拒否されても鉄のようなこころを持つのがリア充の心得よ?
相手はなにか心に傷を負って、引きこもってしまったようにみえる。心の病なら全肯定して自己回復を待つのが一番だけど、まだ相手の状況がわからない。
さてどんな作戦でいこう?
「心配したよ、春人。いきなり連絡取れなくなるんだもん。死んじゃったかと思った」
返事はない。俺は続けた。
「なんかあったなら話してよ。一緒に考えれば、解決できるかもしれない。千夏チャンもすごく心配してたぞ?」
「もう、いいんだ」
春人の声が弱々しく響いた。
「自分はもう、東京へは行かないから」
なにがあったんだよ。
言えよ。
世界を閉じるって言って、俺を無能扱いしたヤツは一体どこに行ったんだ。
俺は言いたいことをぐっと堪えて、吐き捨てるように言った。
「桜山周子に会った」
春人があからさまに反応する。
お。こいつ、そんなに周子が好きか。
わかりやすい。
「お前に連絡したいっていうから、お前の携帯電話教えておいた。彼女の連絡先は教えてくれなかった。知らない番号からかかってきたら絶対に取れよ。今日はお前の安否確認と、それだけを伝えにきた」
布団の中の春人がモゾモゾと動いた。
帰るか。
「その気になったらさ、あの世界、閉じようぜ。お前が居ないとダメなんだ。俺も弱っちくてさ。待ってるから」
あー、恥ずい。
少年漫画のヒーローみたいなこんな台詞、吐き気がする。
言わせんじゃねえよ。ばかやろう。
「お邪魔しました。妹さんもありがとね!もしおにーちゃんがずっと引きこもってたらまた来るから!」
もう夕方だ。
友人の実家に遊びに行くなんて中学生のとき以来だ。なんてノスタルジックな夕陽。
俺は春人が生きていたことに安心して、その日は帰路についた。