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夢笛

作者: 文愚堂 直純

私はいつかこんな夢をみたことがあった。

 気が付けば私は広野の中に一人佇んでいるのである。緑の海原は無限に続き、その先で巨大な地平線を描き出している。風もなくただ静かに、朝陽をうけて葉先の露がきらきらと光りかがやいていた。私はその宇宙のように美しい緑の草原を何度も何度も見回しながら、その美しい世界の中に吸い込まれそうな感情になった。しかし、次の瞬間何かが私の鼓膜を突き破っていった。雷鳴である。一瞬にして目の前からは先ほどまでの美しい宇宙が遠い闇へと消え去っていった。朝陽もまた巨大な闇の中へと姿を隠した。

 そのときからである。私の眼から光りは失われてしまった。その日の朝も夢に見たような激しい雷鳴によって目覚めたのである。降り頻り雨音がより一層にその雷鳴を地獄いる悪魔の高笑いであるかのように感じさせた。不気味な遠吠えであった。

 私は絶望と恐怖の際限にいた。そして、この現実が今もなお夢の続きであるということを必死に自分自身に言い聞かせることで生への望みをつなぎとめている。布団を頭までかぶり喧騒の止むまで諤々と震えていた。厚く湿った布団の中で、僅かな希望にかりたてられてゆっくりと目を開けた。そこには、あの夢で見たのと同じ闇の世界が広がっていた。

ばさっ。母の大きな怒鳴り声とともに、目の前には眩いばかりの光りの世界が広がったのである。布団をめくり上げ、仁王立ちする母の姿は私には何にもまして貴い光りであるとその時確かに悟った。

 だが、そう思ったのも束の間であった。その母のような貴い光りの正体は私を極楽浄土へと導く観音菩薩であったのだ。菩薩に手を引かれ布団から這い出た私の目の前には、五色の光りを放つ蓮の華が咲き乱れ、飛天がさまざまな心地よい楽を奏していた。

 私は、死んだのである。雲間からのぞき見た我が家の窓には、私のベッドの前で泣き崩れる母の姿がうつし出されていた。   −という様な夢である。


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