○○フェチ
途中で視点変更あり。
青いローブが地面に広がっている。彼は地べたに這いつくばらされ、白服達に取り押さえられてるんだ。アンスラックスとかいう、ポポの羽根を奪った神経質そうな男が、クリアクリスタルさんーーーあたしの、兄の頭を踏んでいた。
あたしは白に導かれ、アンスラックスの上空数十センチの位置に出現。怒りに突き動かされるまま、渾身の蹴りをアンスラックスの顔面にぶち込んでいた!!
あまり、効いてないな……。
アンスラックスは派手に吹き飛んだように見えるけど、威力を相殺するために自ら後ろに跳んだに違いない。それに、あたしは見た。蹴りの瞬間、顔に巻いてる黒い包帯のようなものがたわんで、衝撃を吸収したのを。
とにかく、アンスラックスが立ち直る前に周囲の白服を出来るだけ撃退しなきゃ。松葉杖で容赦なく急所を狙い、クリアクリスタルさんを取り押さえていた奴らを重点的にぶちのめす。
キィン!!
やっぱり反撃がきたか。長槍のリーチを活かした神速の一撃!
あたしは松葉杖の石突きで刃の側面を打ち払う。まともに切り結んだら、松葉杖くらい簡単にスパっと行きそうだね……。
周囲を舞う月色砂子がセンサーとなり、敵の動向を教えてくれたから、防げたんだ。
奇襲に動じず、逆上もせず、冷静に仕留めにくるなんて。ポポが知将というだけあって、かなりの強敵だ。
クリアクリスタルさんは水彩達に任せ、あたしはアンスラックスに専念する。あれだけ長い槍だから、間合いに入ってしまえばこっちのものだ。周りには白服もいて、長槍は大立ち回りには向いていない。こっちのペースに持ち込めば……と、戦いの算段を立てつつ、睨み合っていた時だった。
ゾクッと、背筋に冷たいものが走る。これは……威圧なの?恐ろしいほどの寒気。全身の肌が粟立つようだった。あまりのプレッシャーに耐えきれず、あたしと対峙しているアンスラックス以外の白服が後退していく。戦いの場は凍りつくようなのに、何故か熱い眼差しを感じる。
「不意打ちとはいえ、アンスラックスとあれだけやり合えるなんて」
声の主は……神・ラトナラジュ。陶酔しているような、甘い声が続く。
「生き様も、その強さも……理想的!!」
少し離れた所で楽しそうに戦っていたはずの、ラトナラジュと目が合った。
幾多の刃を生やした全身凶器状態。異様なのに、美しい姿は荒ぶる武器の化身のよう。宝石みたいな瞳は、さっきまでは冷たく蔑む目付きだったのに……。なんでそんなに、輝いてるの?
なんで……蕩けるように熱い目で、あたしを見るの?
あたしが固まっていると、クリアクリスタルさんが立ち上がって、よろめきながらも、あたしとラトナラジュの間に立ち塞がった。こんなにボロボロになってまで……。胸が、熱くなる。
「えー★ラトナラジュ様の目的って-、その不気味テルテルボウズだったのー?」
同じタイミングで、ふわふわと黄色いドレスの淑女がパラソル片手にラトナラジュの下に舞い降りた。
クリアクリスタルさんは、彼女にも警戒してるみたい。透けてるけど、彼女は神?幽霊?
「そんなに警戒しないでよ-★ラトナラジュ様が欲しがってたの、本当にアレー?間違えてないー?」
うん、あたしもなんかの間違いであってほしい……。
「今度は間違えない。見ろ、あの嫋やかな姿を。純金や純銀、白金でも出し得ない、月光のように上品な輝きを。まるで花びらを模ったかのような、繊細さと華やかさ。……僕はこんな美しい金属を見たことがない」
うっとりと語ってるけど……それって、まさか月色砂子のこと? 月色砂子は確かに金属の箔の性質に近い。でも、えー……。
「ヒヒイロカネを自在に生成し、肉体もヒヒイロカネに変換出来る僕は、生きた金属、ヒヒイロカネの化身と言っても過言ではない。美しいが、荒荒しさと雄雄しさを兼ね備え、太陽のように輝く僕と、儚くも静謐、月光さながらの彼女。ーーーー僕らはまるで対の存在じゃないか。これほど僕にふさわしい女はいないだろう?」
…………………………………静寂の一時。誰も、何も言えなかった。
「……金属フェチ?」
沈黙を破ったのは、黄色いレディ。
的確な表現と言わざるをえないね……。でも、これで腑に落ちた。会った覚えもない神に、あたしが狙われた理由。それは……ラトナラジュが行き過ぎた貴金属コレクターだからなんだ!!
「我はさ、ラトナラジュ様の世話係として、幾人も女性を世話してきたよー★でも、美しいと評判の女神や巫女に満足しないはずだよねー」だって彼女ら金属製じゃなかったし★
「我々のスタンスは変わらない。ラトナラジュ様が望むなら、叶える……それだけだ。お前、大人しくラトナラジュ様のものになるがいい」
いやだ!と、あたしは反射的に首を振る。
当然だよね。金属扱いされて、誰が喜ぶの。絶対抗ってやる。あたしは、妖精の一人に治癒をかけられてる、クリアクリスタルさんを庇うように前に出た。
しかし、クリアクリスタルさんは譲らない。また、前に出る。そんな庇い合いを繰り返し、結局あたし達は背中合わせになった。
こんな状況だけどね、なんか笑えちゃったよ。
「一緒に戦おうね……お兄ちゃん」
まださ、ちゃんと名乗りあったわけじゃないから迷ってたんだけど、呼んじゃった。
クリアクリスタルさんじゃ他人行儀だし、あたし達は愛称どっちも“アリア”だから紛らわしいし、いいよね?
あたしの小さな呟きは、しっかり届いていたみたい。
「……ああ」
短い返答。だけど、嬉しいな。……力が湧いてくるよ。
※
戸惑い、恋情、盲信、侮蔑。たくさんのタグが付いた糸が張り巡らされている。なんて複雑なんだろう。これは、僕だけに見えている世界。そして僕は結論を出す。ーーーラトナラジュの恋は確実に叶わないな、と。
魔眼『繋がり読み取り装置』は、恋愛方面でも力を発揮する。良縁も悪縁も見抜くんだから、縁結びは僕の特技の一つだ。そういう目で見ると、アリアティスとラトナラジュの相性は最悪の一言に尽きる。
『噛み合わない歯車』
……あえて形容するなら、そんな関係だ。僕は、ラトナラジュがアリアティスに出会った状況も知ってるし、月色砂子だけに惹かれたわけじゃないのも、恋に落ちる決定打になったのがアリアティスの生きざま、内面なのもわかってる。
でもそれ、他の奴らには知りようがないだろ?
現にアリアティスはラトナラジュを異常性癖だと認識し、心の距離をガッツリ開けた。もうこの溝が埋まることは無いだろうね。僕、会えないように仕向けたり、散々恋路を邪魔した自覚はあるよ。だけどそんな必要なかったというか……見事に自滅したよね?
いい気味だな♪
はっきり言って、相性以前に僕はラトナラジュが嫌い。
夢を追いかけるアリアティスに惚れておきながら、その夢を絶とうとするって、意味わかんないし。こんな残念な男を信仰する奴らの気が知れない……。
「アン君ー★気を付けなよ-?不気味テルテル……彼女、高ランクのヒーローと渡り合えるだけの実力があるから。侮らないよーにね?」
サルファーが警告する。そうだ、アリアティスに言っとかないと。この黄色い婦人姿は仮の姿で、本来は男神だということと、こいつの厄介な能力を。透けてるからって油断は禁物だからね。
「ふふっ。戦う姿はさっき初めて見たけど、武人としても優れていて、ますます僕好みだ。……アンスラックス、彼女には傷一つつけるなよ!」
「はっ、仰せのままに!」
今のやり取りで、アリアティスのラトナラジュに対する好感度がまた下がったな。
「ラトナラジュ様、伴侶に戦闘能力まで求めるのー!?……これは、該当するの彼女ぐらいしかいないじゃーん★絶対貰っていかなきゃね」
「黙って聞いていれば……人の娘を物扱い……」
ゆらり、とラトナラジュの背後で、うち捨てられていた父上が立ち上がる。痛めつけられ、虎を模したヒーロースーツは体同様切り裂かれて無残な有様。素顔を隠すための、近未来的なワンレンズのサングラスはひび割れ、用を成さない。
……それでも、立ち上がるのは、守るため。
血に塗れた銀髪がざわめき、目は爛爛と輝いて、放たれる冷気が敵を貫く。
「巫山戯るなーーーーーーーーーーー!!」
バキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキャッ!!
……先ほどの戦闘と、今倒れている間に、父上の力は地面にしっかり根ざしていた。きっと、最後の力を振り絞ったのだと思う。これまでで特大、さらに鋭利に尖った塔のような氷柱の群れが足元から突き出し、ラトナラジュを始めとした、白猫教団全員に襲いかかる!!
氷柱の範囲から、僕らは当然外されているけど、朦々と立ち込める冷気、土煙、水蒸気が酷い。蜜柑が結界を張ったけど、視界は全て塞がれてしまった。父上の力と、ラトナラジュの力がぶつかって生じた爆発的な魔力が、糸を霞ませる。
…………魔眼の封じられた僕なんて、ただの雑魚なんだぞ!!
多分白服の呻き声とか、雑音は聞こえるが……どうなったんだ?
様子を視ようと魔眼を凝らす僕。悔しいけど、何もわからない……。
「……危ない!」
いち早く気付いたのは、アリアティスだった。背中合わせの僕と、入れ替わるように位置を替える。
パリンと結界が割られ、伸びて来た腕が、ゆるキャラスーツの松葉杖を握った方の耳を掴まえ、引き寄せた。
……姿を現したのは、当然ながらラトナラジュだ。父上の全力に、さすがに無傷ではないらしく、突き刺さった氷片が蒸発する音が耳朶を打つ。
「やっと、掴まえたぁ」
ラトナラジュは満面の笑みを浮かべ、桜の花を模した髪飾りをアリアティスに差し伸べる。
「花を、模った宝飾。まるで君のために誂えたようだ。きっと、よく似合う。受け取って」
抜け抜けと盗品を捧げるな!アリアティスもドン引いてるぞ!?
僕と、水彩を始めとした妖精達は反抗しようとしたが飛んできた礫にあえなく敗れ去る。特に、転移能力を見られていた白が一番の深傷を負ってしまった。……この野郎!!
アリアティスは僕らに駆け寄ろうとするも、しっかり耳を掴まれて動けない。
「おにい……」
「ずっと言いたかったんだ……愛してる。僕の手をとって。さぁ、一緒に行こう?」
「嫌っ!!あたしには、結婚を前提に付き合ってる人がいるんだ!」
即答で断るアリアティス。
「それに、家族に危害を加える奴は、敵だっ!!」
……アリアティスは断固拒否だ。全身で拒絶してるだろ、諦めろよ!しかし、どれほど嫌がられようが、ラトナラジュの笑みは揺らがない。
「自分から来てほしかったけど、仕方ないか。神界に来れば気も変わるよ!」
こいつ……本当に腹立つ!!なんでこんな自信満々なんだよ!?
大体、アリアティスをさっき散々いたぶったのを忘れてないか?告白の前にまず謝罪だろーが!!
怒りを力に変えて、僕は二人の間に割って入る。
「その手を離せ!!」
ラトナラジュは、鼻で嗤う。
「ふん。口ばかり達者な下郎が。お前が彼女の恋人か?釣り合わないだろ、身を引け」
すでに僕には関心が無いらしい……。まずい、このままじゃアリアティスが連れ去られてしまう。
「はっ。恋人?そんな浅い関係なんかじゃないさ。……いいか、僕は生まれる前、母上のお腹の中から彼女と共に合った。すなわち双子の兄だ!!僕こそが、アリアティスと対を為す存在だ!!」
何を言ってるんだと思われるかも知れないが、効果は抜群だ。
僕の発言に、ラトナラジュは顔色を変える。
自慢じゃないが、僕は人の弱点やツボの見極めが上手いんだ。
アリアティスを隠している間に、ラトナラジュの好みそうなものをそれとなく手配して、アリアティスから興味を逸らしていたぐらいだからな!
なぜかこいつは、アリアティスの対でありたいと願っている。純粋で、歪んだ好意を知ってるから、そこを突いた。
「一々、癪に触る奴だ!!」
アリアティスから手が離れる。
狙いは当たり。ラトナラジュの怒りを一身に受けながら、僕は笑う。
消し炭にする気なのかな?刃の一つが炎を噴き出しながら、僕に迫ってくる。
ラトナラジュと、アリアティスの接触を許してしまった時から、僕の役割は時間稼ぎになったんだ。これくらい、覚悟の内さ。
「お兄ちゃん!」「若君!?」
アリアティス達の悲痛な声。
……………僕は、アリアティスを守るためとはいえ、彼女の意思を無視してきた。プライバシーも同様。嫌な役目も押し付けた。嫌われる覚悟でやったのに、アリアティスは僕のことを家族と……『お兄ちゃん』と呼んでくれたんだ。嬉しかったよ。
……例え死んでも、悔いはないね。