ひーらちゃんVSしーらちゃん
途中で視点変更あり。
『ルールを確認するよ~。武器あり、急所狙いOK、要はなんでもありね~。時間制限はないから、どっちかが気絶するか、負けを認めるまで続くよ☆じゃあ、そういうことで!開始~!』
締まらない開始の合図は、実にリアムらしいや。
気合いを入れるために、あたしは武器を構えた。
しーらちゃんは武器を選ばなかったけど、あたしはこの部屋にあった、練習用の模擬剣を拝借させてもらったの。模擬剣とはいえ、さすがヒーローが使うだけあって、なかなか良いものが揃ってた。
ひーらちゃんの耳にもよく馴染むよ!
それにしても、ひーらちゃん姿でも剣を扱えるよう、特訓してた甲斐があったね!ひーらちゃんの耳は長いから、手よりもリーチが長くて、ぶっつけ本番だったら、多分戸惑ってただろうから。
もともと、あたしの戦闘スタイルは、剣と月色砂子の組み合わせなんだ。剣も、月色砂子も抜かりなしで、しーらちゃん、こっちの準備は万端だよ!
「先手は譲ってあげるわ、ひーらちゃん!かかってきなさい!」
しーらちゃんは両腕を組んで、泰然としている。
ふむ。こちらを誘うってことは、紺繰糸だけじゃなくて、きっと見えない罠が張ってあるんだね。
頭上の間接照明と、あたしの周囲に漂わせた、月色砂子の光だけじゃ視認はできないけど、間違いないと思う。
「お言葉に甘えさせてもらうね?」
家の流派には、こんな状況にぴったりの技があるんだ。
あたしは、うっかり糸を切ってしまわないよう、後退する。
後方に糸がないのは確認済みだから、下がる分は問題ない。
「あら、逃げるの!案外臆病なのねー?」
しーらちゃんの、わかりやすい挑発には乗らないよ。返事がわりに、あたしは剣を振るった。
一撃・二撃・三撃!
様子見なら、これくらいが妥当かな。
「がむしゃらに剣を振るっても、無駄って……はぁっ!?」
ブゥン、ブゥン、ブゥンッ!
剣そのものは届かないけどね、剣から発生する衝撃波なら、余裕でしーらちゃんの所まで到達するよ。ただ、あたしの技量では、肉をも断つ達人技の域には程遠い。せいぜい風を起こして糸を断つ程度だね。
こんなんじゃ、ゆるキャラスーツには傷一つつけられないよ。ほら、しーらちゃんが両足で踏ん張って耐えたから、長いスカートと両耳がはためいただけだ。
「隙あり、だよ」
あたしは切り開いた道を車輪で駆け抜け、しーらちゃんとの距離を詰める。しかし、敵もさるもの。しーらちゃんは指先から伸ばした糸の束を、天井の照明の一つに巻き付け、空中高く逃げ出した。
まるで、蜘蛛みたいだね、しーらちゃん!
そのまましーらちゃんは勢いをつけ、元のあたしが居た位置に降り立った。お互い、立ち位置を入れ替えた形だよ。
「なかなかやるわ、ねって、ちょっと!?」
ブゥンッ!
なんか言う前に衝撃波一閃。今度は対応出来ず、しーらちゃんはたたらを踏んだ。
油断大敵!追撃あるのみ!
あたしは、しーらちゃんの手の甲を強かに打ち据え、糸を手放させる。……いや、違う。わざと手放したんだ!
自由になった手で、しーらちゃんは右フックを仕掛けてきた。なかなかに、鋭い打撃。
模擬剣で受け止めたけど、結構な力だ。
ふかふかしたスーツの、腕部分がクッションになるから、しーらちゃんが拳を痛める事もない。
案外、ゆるキャラって肉弾戦に向いてるんだね!
感服していると、しーらちゃんは脅威の跳躍であたしから距離を取った。
……身体能力も抜群なんだね。今度は油断がない分、容易には近づけなさそう。手強い相手だけど、負けないよ!
※
ひーらちゃん、恐ろしい子……!この私が防戦一方なんてね。
剣から衝撃波なんて、どこの漫画よ!?
くーらちゃんに負けた苦い思い出があったから、逃げ道は確保してたけど、正解だったわ。
……相手にとって、不足なしよ!
折りしも、ヒラヒラとひーらちゃんの能力らしき、謎の発光体が花吹雪のように舞い散って、決闘の舞台を否が応にも盛り上げる。
面白いじゃない!やる気が増すわ。
私達はじりじりと距離を詰めて行く。些細なきっかけで、激しくぶつかり合うような、一触即発の空気が場を満たす。
くぅ!この緊張感が堪らないのよ!でも、紺繰糸はこの場にはそぐわないわね。
私は白色光線を放出すると、さっきよりも、よりしなやかに、より強靭に束ね、簡易の鞭を作り出した。これでリーチは私の方が上よ!
自在に動く鞭は、私の愛用の武器なの。
ゆるキャラが鞭で戦うのはアリかって?愚問ね!
今のご時世、ゆるキャラは個性的でなんぼでしょう!
ピシィッ!パンッ!
鞭で床を打ちつけ、威力を確認する。
ひーらちゃんは速いけど、鞭の先端の速度は音速を超えるのよ?ついてこれっこないわ!
私の鞭は、光が踊る大気を裂いて、ひーらちゃんに襲いかかった。
反撃の余地がないくらい、攻めて、攻めて、攻めまくるのよ!
変則的な鞭の動きに、しかし、ひーらちゃんは見事に対応して見せた。
毒蛇のように凶悪な鞭の嵐の中、踊るように回避を続けるひーらちゃん。
死角からの鞭は模擬剣で捌くし、うねるような動きでひーらちゃんの足を絡めようとしても、華麗にステップを踏んで避ける。掠める事もできずに、私は次第に苛々してきたわ。
「ならば、これならどう!」
私は、切り札を出す。ひーらちゃんにまっすぐ向かった鞭は、空中でほどけて、いくつもの房に別れる。
その形は異様に長いけど、紛れもなくキャットオブナインテイル……拷問用の鞭だ。
一房ごとの威力はさがるけど、手数は段違い。
さすがにこれなら届くでしょっ?
「ーーーそろそろ、こちらの番ね」
ひーらちゃんが動いた。一斉に向かった鞭を、凄まじい速度の斬撃で順番に切り落とす!
しまった、一つ一つが細くなった分、断ち切り安くなってしまったのね……。
悔しいけど、やるわねひーらちゃん。間抜けなゆるキャラ姿なのを差し引いても、格好良いわ!
……でもね、私にはまだ奥の手があるのよ。
ふふっ、私の糸は、切られてこそ真価を発揮するの。
ひーらちゃんの足元には、先ほど手放した糸の束と、今切られた糸が波のように広がっている。
一度手放した糸は紺繰糸にはできないけど、しばらくの間は消えずに、私の思い通りに動くの。
文字通り、足を掬われるのね、ひーらちゃん!
だけど、ひーらちゃんはその動きを察していたかのように、ノーモーションで空を飛んだ。
殺到していた糸が、虚しく空を切った……。
「きーらちゃんとの飛行訓練が役に立ったよ」
ひーらちゃんの耳の羽ばたきに合わせ、ふわりと発光体が揺れる。……そうか!
「読めたわよ!この光、ただ浮かぶだけじゃなくて、センサーの役割も持ってるのね!最初の衝撃波は、発光体をばら撒くためでもあったのよ!
こちらの手が見透かされてると思ったら、そういうこと……」
「ご名答。あたしの月色砂子は、一枚一枚には大した力はないけれど、そのぶん数が多く、集めれば色んなことができるの。車輪しかり、センサーしかり、飛行しかり。あなたの糸だって、似たようなものでしょう?」
「そうね!」
あなたが点なら、私は線。
目立った攻撃力はないけど、工夫次第でなんでもできるわ。汎用性・応用力なら、私達は他の追随を許さない。
なんだ、似た者同士ってわけ?……だからこそ、負けたくないのよね!!
ひーらちゃんは滑空しながら模擬剣を振りかざす。鞭を新たに造る時間は無いわ。私はせめてもの抵抗に、頭上に両手をかざし、真剣白刃取りの構えを取る。
落下の勢いも相まって、ひーらちゃんの一撃は相当な威力になってるはず。
いくら私でも、受け止められるかは五分五分ね!
……だけど、あとすこしでぶつかり合うって時に、ひーらちゃんの動きが止まる。ひーらちゃん自体が空中で固定されたみたいな止まり方。器用ね?
「ちっ、気付いたわね……!」
私の手の内では、一本の糸が紺色に煌めいていた。ひーらちゃんが気付かず剣を振り下ろしたら、紺繰糸は確実に切れ、ひーらちゃんを洗脳。負けを表明させる手筈だった。まあ、私もただではすまなかったでしょうけど?
『肉を切らせて骨を断つ』作戦は、失敗に終わってしまったわ。
私達は再度離れて睨み合いに入るがーーー
「もう、それまでにしなさい……」
乱入してきた影が、終わりを宣言したのよ。