プロローグ
草木も眠る丑三つ時。
人々が寝静まった夜の時間に、彼らは動き始める____
誰もが深い眠りにつき、沈黙の世界と化した江戸の街に、一つの人影が浮かび上がった。
「…………はあっ、はあっ……」
月の輝きと同様に煌めく小金色の長髪を一つ括った髪型。
翡翠色の澄んだ瞳と、狐のように釣り上がった目。
小柄で、10歳の少年くらいの背丈。桜が描かれた黒地の浴衣。赤い緒の下駄に足袋。
____手には、闇色の妖気を放ち続ける漆黒の刀。
この刀の名は、「紅華」。彼の持つ伝説の妖刀である。
妖怪や人間の生き血を好む。
彼の永遠の相棒だ。
「侮ってたぜ…あいつ、人間にも化けられるとはな。不覚だった、俺としたことが騙されちまうところだった…」
___俺は路地裏に逃げ込むと、紅華を構え「標的」に再び視線を向けた。相変わらず長くて無駄にでかい図体の身体を持ち上げながら、自分を探して移動しているのが見える。この俺がこんなに苦労する相手は初めてだ。
そりゃそうであろう。奴は、日本神話にも登場した伝説の悪神なのだから。
だが、俺は負けられない。いや。負けない。
神話の英雄神の名をもつ者として、この戦いには絶対に負けられない。
絶対に、こいつを捕らえてやる。
俺は紅華を再びしっかりと握り直し、標的の目の前に飛び込んだ。
「さあさあ、これで最後にしてやるよ!死ねえぇっ、八岐大蛇!!」