屋根裏のお宝
人気の無いバス停にマサルは降り立った。溜め息を必死に堪えて、祖母に手を振った。祖母は気配を消している。忍者というよりも幽霊みたいだ。
マサルは今年、お盆の三日間だけ祖母の家に一人でいる。これは毎年恒例のことだ。何故他の家族は来ないか。それは、それぞれ色々な親戚のところへ行っているからだ。
父は父方の祖父母が住む北海道へ。母は母方の伯母夫婦が住む静岡県へ。兄は父方の叔父と従弟が住む新潟県へ。妹は母方の成人した従姉が住む調布へ。そしてマサルは母方の祖母の住む神奈川県の横須賀へ来た。
何故、母が祖母の家へ来ないのか。それは二人が犬猿の仲だからだ。何故だか二人は、何時もソリが合わない。と、母はいつも言っている。
つまり、マサルは祖母を押し付けられたのだ。マサルだって、築五十年は超えていて、相当ガタがきている薄気味悪い家には行きたくない。だが、祖母のことは薄気味悪くは思っていなかった。マサルが薄気味悪く思っているのは、あくまでも祖母の住む家だ。
祖母は文化を大切にする人であった。そのため、お盆の迎え火と送り火はきちんとやっている。今年もそうだった。
去年までは興味がなく、祖母が火を焚いているのを片目で見ていた。
だが、今年は違う。宿題で日本の文化について調べなければいけなかった。他に種類はあったが、一番手っ取り早いのは祖母が毎年やっている迎え火と送り火、つまりお盆についてだっただから、今年は迎え火と送り火についてネットで調べて、実際に見ることにした。これは、母の助言だ。しかし、マサルは特に注意して見たって勉強になるはずがないと思っていた。
迎え火は、祖母の一軒家に着いたときに行った。ただ火を燃えているだけにしか見えなかった。
火が消えかかる頃、祖母が腰を重そうに支えながら無言で家の中に入った。
マサルも家に引き上げようとしたそのときだった。
迎え火の煙が段々と人の形になった。その人の形はよく見ると侍の形をしていた。マサルは教科書でチラ見しただけだったので最初はよく分からなかった。だが、腰に刀を二本つけているので、分かった。
侍はいきなり喋り始めた。お喋りなのかなとマサルはふと思った。
「私の名は歯村伝衛門。わしが何故、遥々あの世からこの世まで、約二時間かかるのに来たか、分かるか。いやもう本当に疲れたのに、こんな遠出は久しぶりなのじゃよ。三十年前、つまり其方の母君に其方と同じ歳ぐらいのときに会って以来じゃからな。」
伝衛門と名乗る人物は、どうやらマサルに何かを教えたいらしい。それは母も知っていることみたいだ。
「実はだな・・・。」
マサルは何も答えていないのに、伝衛門は自ら話し出した。
「私が、この世に三十年ぶりに戻ったのは、其方に歯村家のまあ、其方は佐川家だがね・・・。それは気にするな。あ、とにかく歯村家の秘宝の在り処を教えるためじゃ。」
マサルは秘宝など興味無かった。こんなふざけた口調の侍がいる家にしかもこんな薄気味悪い家に大した宝などあるはずがない。そうマサルは考えていた。しかし、そのふざけた口調の侍がいる家は、マサルの家でもあるのだが。
とにかくマサルは、あまり期待していなかった。だが、伝衛門はとにかく話を進める。
「其方には兄と妹がいるのに其方に秘宝の在り処を教えようとしたのには、理由がある。それは、其方が家族の中で一番暗いということじゃ。」
マサルは素直に納得してしまった。何故、暗いから自分なのかということは分からなかったが、自分が家族の中で一番暗いということには何故か自信があった。
伝衛門は少し気まずい顔をして、また話始めた。マサル自身は、ただ納得していただけだったが。
「その秘宝は、家族の中で一番暗い者を明るい者に変える力を持っている。何故明るい者にする必要があるか。それは、特に意味はない。しかし、明るい者が多い家の方がよく栄える。そのおかげで我が歯村家は五十六代も続いている。だからこそ、秘宝と呼ばれるのだ。」
マサルには全く意味が分からなかったが、とにかく頷いておいた。
そして伝衛門はずんずんと進む。ただただ歩く。まあ、足は見えないのだが。
着いたところは屋根裏だった。マサルは、今まで上っていた階段で疲れていてどこに向かっているのか分かっていなかったので、少し驚いた。こんな煙たい屋根裏に秘宝などあるのか、と。まず、周りには何も無かったのだ。マサルは騙されたのか、と疑った目で伝衛門を見た。その苦々しい視線に気付いた伝衛門は笑顔で言った。
「ハハハハハハ。心配するな。ここに秘宝はある。其方の目の前にあるぞ。」
マサルの目の前には、屋根裏の窓があるだけだった。ここを開けてしまったら、外だ。しかも三階分の。伝衛門の話をもう殆ど信じない事にしたマサルは、溜め息を付いた後、窓を開けた。
心地よい風がマサルの頬を撫でた。
秘宝とは、屋根裏から見える景色だった。とても美しく、言葉で表せず、見る方が速いだろうと思う程の美しさだった。
伝衛門はニコニコしながら言った。
マサルは全く伝衛門の話を聞いていなかった。それに気付いた伝衛門はフッと笑うと、また勝手に喋り出した。
「この秘宝を見ると、明るい奴は私の話をよく聞く。そして納得したように大きく頷き、大切にするように目を細める。だが、暗い者は必ず私の話を聞いていない。お主もそうじゃ。全く、悪い所ばかり遺伝するのだから。呆れてものも言えぬわいな。」
マサルは伝衛門の話を少し聞いたら、秘宝をもう一度見た。もう二度と、ここに来てはいけないような気がした。二度目に来ることは、ないのだろう。
伝衛門は他愛も無い話を延々と語った。最後の二時間は、マサルは眠っていた。それでも、伝衛門が語り続けたのは、マサルが本当に暗い子であったからであろう。
「私も、暗い奴ではなく明るい奴を連れて来てしまう事もしばしばあるものじゃよ。十回に一回は明るい奴を連れて来てしまう。でもまあ、明るい奴が見ても良いのじゃよ。それでもやはり、暗い奴に見せた方がのう。そのあのぉ~、やっぱりいいのじゃ。うん、そうじゃ、そうじゃ。」
この話は伝衛門の話の中で十回は軽く越した話である。よっぽど、明るい奴を連れて来てしまった時のショックが忘れられないのであろう。
マサルが目を覚ますと、伝衛門は立ち上がり、マサルに言った。
「また会おう、とは言えない身だという事は分かっておるだろう。私は幽霊じゃぁからなぁ~。この秘宝を見ると、何故か昔の方言が入ってしまう。ハハハハハハ。マサル、お主の子はきっと、きっと、明るい子に育つだろう。孫もその先ずっと。何故なら、お主がこの五十六代で一番暗い奴だからじゃ。お主を超す暗い奴が現れたら、今度はお主が幽霊となってこの秘宝を教えるのじゃ。もう分かっていると思うが、五十六代暗い奴第二位は、私じゃ。一位のままずっと変わらぬと思っていたのになあ。いや、しかし、其方のおかげで私は、成仏出来る。其方も大変じゃのう。幽霊になってまで暗い奴を明るい奴にせねばならぬだから。ハハハハハハ。これにて、私は、いやわしは、お役御免じゃ。」
マサルの目には、不思議に涙が溜まっていた。だが、涙を流さないようにしたが、流れてしまった。涙を見ていると、伝衛門の気配が不意に消えた。伝衛門は、成仏したのだ。
「伝衛門さん、ありがとうございました。僕は、貴方のおかげで、明るく暮らせます。幽霊になってでも、暗い奴を明るい奴に変えてみせます。見ていて下さいね。伝衛門さん。何て言ったって僕は、歯村家一の暗い奴なのですから。」
ーもう其方は暗くないではないか。言葉に気をつけえよ。
心地よい風と共に、そんな声が聞こえた気がしたのは、きっと世界でマサルだけだっただろう。




