7-別れ
「じゃぁ……わたしと一緒に住んで」
「え?」
「わたしを家族にして。美術室での責任をとって」
責任なんて。いったいなんの責任なのか。未成年を拐わかした責任。女子高生を弄んだ責任。いや、ほんとうはそうではない。美咲も望んでそうなった。それにほんとうはそんなことどうでもいい。とにかく、柳原の世話になって漫画を描きたい。躊躇の間も置かずに答えがあった。
「わかった。責任をとろう」
少年が振ったバットに球が当たって小気味よい音が空に響く。だが打球は雲の中に消えて見えなくなった。責任を取ってくれるという人の意識も雲の中を追いかけている。
将生が不意に口をはさんだ。
「本気で言ってるのか?」
柳原が驚いて上体を起こす。
「このマヌケ野郎、本心で言ってるのか?」
美咲は既に起き上がって柳原を睨みつけている。
「なんだ? どうした、美咲」
「どうしたとはなんだ。おれは将生だ」
将生……ひとつ違いの美咲の兄。たしか、あの災害で死んだという。いつだったか美咲は言った。将生が部屋にいると。変だなと思って知り合いに頼んで調べてみたが、やはり美咲の兄は行方不明になっていた。
「美咲、どうした!」
「俺は許さないぞ、今度また美咲を不幸になんてしたら。いつだって出てきてやる」
解離性障害。心療内科の医師はそう言った。
「辛いできごとを忘れるために防衛反応として起きることがあります。記憶が抜けていたり、現実感を失ってしまったり。真野美咲さんの場合は、おそらくご家族を亡くしたことに原因があるのでしょうね」
美咲にはそれが自分の話だとは思えなかった。柳原が恐い顔をして医師の言葉に頷きながら訊ねた。
「それってなにか性的な体験も関係したりしますか?」
「うーん、内容によるでしょうが……ないとはいえませんね」
あの日、あの土手の上で急に将生が怒りだしたから、わたしはやめてと叫んだ。
「もう二度と出てこないで。わたしはもう将生がいなくても大丈夫だから」
柳原は隣で茫然と美咲を見ていた。美咲の口からはまるでひとり芝居のような言葉が繰り出された。
「ほんとうに大丈夫なんだな、美咲。なら、わかった。俺はもう消える。俺にはギターがあるからな。お前は好きな人と一緒にいろ。好きな漫画と一緒に暮せ」
将生の台詞を言い放った美咲が今度は両手で顔を覆う。
「じゃぁな」
将生が消えて、美咲は気を失った。土の上に倒れる前に柳原が慌てて美咲の身体を支えて抱きしめたところまでは覚えている。
あれからほんとうに将生はいなくなった。さみしいと思うことはある。でもそれはたぶん気のせいだ。だって将生はいまでもずっとわたしの心にいるんだもの。
会社には辞表を出した。今日、アパートを引き払って柳原の部屋に移る。わたしはもうひとりじゃない。
了