序章 「大雨の夜に」
バケツをひっくり返したような雨と言うような表現が存在するが、その日は間違いなくそう言える日だった。
耳を澄ますまでもなくいつ終わるともしれない強く激しく、長く続きそうな雨音が始終聞こえ、周囲には足音も聞こえず、時間も季節も曇った彩りの空と雲では正確には計ることもできない状態に相違なかった。
歩くと傘をさしていても十分と経過しない内に水たまりを踏むことは確実で、濡れなくても服も湿気をふくみ、靴は確実に濡れて靴下をぬらすと言うよりも浸食し不快感を味わうのは確定で、外出を控えるのが当然の空模様だ。
わたしはと言えばそんな日に外に出ていて、道にと言うか、正確には人生に迷っていると言う状況の中で、追い打ちをかけるかのように降った雨にやられ、嫌気がさしてどこかもわからない場所に半場自棄になって座ると言うか、倒れていた。
幸いと言うべきかわからないが背後には屋外で、正確には後で大型の公衆トイレだと解ったが壁が存在し、背を預けて足を崩している状態だが、日よけと言うか、雨よけは存在せず、世に言うぬれねずみとはこう言う状態なのかと言う状態になっていた。
後で気になり同じ場所を調べると日陰な上死角になっていて人の気配もなく、わたしはあの時人生の終焉を迎えるのではないかと思う時、わたし以外の人間が姿を不意にあらわしたのだ。
先に気付いたのはわたしで、相手の方はと言えばトイレを探していて、入り口はこっちだと思ったが間違えたかなと言う雰囲気でわたしの方に気付かずに歩いて来ていた。
奇妙なのは外見で、少し細身だが背が少し低く見える外見の2、30代ほどの男で、普通にも見えるが、奇妙なのは服装で、黒いスーツ姿だった。
スーツの色と対照的な色のために際立って見えるきれいな純白のシャツ以外、ネクタイまで黒く、中折れ帽を被り、上着の上には黒いトレンチコートを着て、黒い手袋をした手には黒くて大きいコウモリ傘をさしていた。
足元こと履いている靴も非常に質がいいものみたいで、落ち着いた黒い光を放っており、雨の水をはじいているようにみえ、ズボンは濡れ、靴下も濡れているが、靴だけは主を守ると言うようにきれいだった。
仮にわたしと同じ立場だったり、わたしと彼のあった光景を見たならばだれもが大きな声で言ったり聞いたりはしないが、男は本当に違うのかと言いたくなるほどの死神のような雰囲気だった。
死神とは言うが、生きた人間のように見え、肌の褐色はよく、一重で細く黒目が多く目つきが悪く見えるが、無表情には見えず、わたしに気付いた後、わたしを見ている表情は生気にあふれており、疑問だと言うようにわたしを見下ろし、首を少し傾けていた。
わたしはと言えばこの時彼が本当に死神だったらよかったと思っていたし、彼の疑問だと言う表情に余計に拍車をかけたとも言えた。
「―――失礼だ―――」
「5ヶ月、もうすぐ6ヶ月よ―――」
死神のようだと表現したが、現実に死神なんて存在するわけもないし、普通の人間で、わたしに対し、緊張から少し機械的にも感じたが、状況的に当然の質問をしてきて、わたしは言うまでもない答えを即座に返した。
体型不相応にふくらんだが腹部を見ればわかる話と言うか、当然の心理で、この時わたしは妊娠していて、もうすぐ6ヶ月と言う時だった。
「人生に絶望しているの、父親はろくでなし、仕事も失敗してリストラ、金も持ち逃げされた。―――この子もいっそ流れたら良いとか考えていた―――」
男がそれならばどうしてこんな場所にと言う表情の中で、わたしは答えは言うようにおなかを触りながら返し、本当それだと気が楽だと言うように言った。
「あと数日後、この子は法的に命として認められる。それまでは母親次第―――」
「―――」
「質問はおしまい? 見ず知らずの赤の他人を助けるほどお人良しじゃないでしょう?」
法律的な話になるが、胎児は中絶するには妊娠6カ月以内と決められており、後少しで法的に命として認められる存在がわたしのおなかの中で成長していた。
男はと言えばわたしが話す中でこれはと言うように聞いていて、わたしはと言えばもういいから行きなさいと言うように言い返した。
「それとも死神? 魂を奪いに来たの? わたし? それともこの子? 両方?」
本当に放っておいてほしかったし、赤の他人にどうにかできる話ではないし、最終的には自分の責任でどうにかしなければいけないのだしで、わたしはと言えば軽く笑っていたが、半場八つ当たり気味に続けた。
言葉を続けこそしたものの、眼が熱くと言うか涙があふれ出始めたことがわかり、どうしようもないんだと言うようにある意味矛盾もしているかもしれないが、お腹をと言うか、中の子を抱きしめた。
人生を生きている中で多少嫌なこともあるし、我慢する必要も存在し、この時のためにと待ち続けたと言うことは世の中に多く存在するが、わたしはと言えばこんなことが待っていて最悪だと思っていた。
「?」
「―――失礼する。」
無意識にと言うか、子を守りたかったのかこの場から逃げたかったのか、現実から眼を反らしたかったのか、わたしは背を向け、丸まっている中で男はわたしに近づいたかと思うと勢いよくと言うか、強引に隣に座った。
いす以前に乾いた地面でもないし、濡れたり土が服に付着したり汚れる可能性もあるが、男はと言えばそんなことは気にしないと言う座り方で、わたしは少しだけ身体を彼の方に向けた。
「―――いらぬお節介かもしれませんが―――」
「―――」
「―――小さな親切大きなお世話かもしれませんが―――」
わたしがどうしてこんなことをと言う表情をしていたかもしれない中で、男はと言えば問答不要でとにかく聞けと言うように言ってきた。
言ってきたが、物言いは少し強いが、悪いようにはしないからとにかく聞いてほしいと言うように言っていた。
「―――わたしは、母子家庭の生まれです。」
「―――――」
「―――姉が1人、幼少期は、祖母とも暮らしていたことがあり、女性に育てられ、囲まれた人生でした。」
わたしが一応と言うように耳を傾けかけている中で、男は口を開き、言った内容は、見ず知らずの女性こと、わたしに言うにしては親身な家族の話しで、世に言う説得と言うのが見て取れた。
「―――楽しい人生でしたが、男がろくでなしなのは、良くあることです。わたしもその血を受け継ぎ、ろくでなしだと思い、払拭するために人生をかけました。」
「―――――」
「―――結局は無理で、人に言えないような仕事を現在しているんですけどね。」
男は話しを続けるが、続けると男がろくでなしだと言い、自分も人のことが言えないと言うようなことを言い、わたしが聞き続けている中で、男はと言えば少し落ち込んでいると言うように返した。
「―――人に迷惑をかけるような仕事ではないんですが、母や姉と比べると、立派ではない人生で、人間です。」
顔を見るとだれが見ても落ち込んでいると言うのがわかる表情で、わたしが言った通りに、あなたをたすけられないですよと遠まわしに言うようにも聞こえた。
「―――だけど、後悔はしていないんです。」
少しだがダメな人間だなと言う表情を男はしていたが、これではダメだと言うように言うとわたしの方に眼を向け、その表情はこれではと言うか、このままではだめだとわたしに言い聞かせるような表情をしていた。
「―――自ら背負うと決めた業です。後悔がないと言えば本当はうそになりますが、誰にもこの業を知らずに幸せに生きていて欲しいんです。背負って生きて欲しくないんです。」
「―――――」
「―――悪役は、オレだけで十分なんです。」
言葉を続ける男の物言いは真剣で、自分と言う存在には嫌気がさしているが、それでも生き続けていると言うような意志の強さが見え、わたしはと言えば、それでもそこまで言うけどと言う心情だった。
心に届かないと言うか、心ここにあらずと言うか、心情的に彼の言葉よりも自分の落ち込んだ精神が勝っていた。
「―――本来、わたしの役目ではないと思いますが、ある意味適役とも言える役割でしょうし、男がろくでなしでないことや、悪いことばかりではないと証明しないといけませんからね―――?」
「―――」
「―――見も知らずの男ですが、人間としてのたすけが必要だと思います。」
少し考えてみると先ほど少し一人称が変化していたが彼はと言えば、まだ続くと言うように言葉を続ける中で、立ち上がり、わたしが何かと思う中で男は手に持っていた大きい蝙蝠傘をわたしに対して中腰になって差し出してきた。
表情は少し優しげだが、厳しくも強く見え、握れと言うように手を動かしていた。
「―――差し上げます。」
わたしはと言えば見ているだけだったが、男は手に取れと言うように言うが、言い終える中で少し表情を変えた。
「しかし―――」
「?」
「あなたには、差し上げません。」
表情を変えると男は傘を少し上にあげ、手に取るなと言うように合図し、わたしは最初から手に取ってなかったが、彼は言うとおりにわたしには渡さないと言うように冷たく言った。
「―――お腹の中の、その子に差し上げます。」
「―――!」
意味が少しわからないと考えている中で、彼はこれを言わないといけないと言うように返し、わたしはと言えばそう言えばと言うように少しおどろいた。
「―――貴女は聖母マリアではないから選ばれた子を生む必要もないし、その子もイエス・キリストではありません。」
「―――」
「―――親の業を子に背負わせてはいけません。その子は神の子ではなく人の子で、十字架を生まれながらに背負う必要もありません。」
わたしはおなかの中の子に人間としてのたすけをすると言う中で少し反応した中で、男が次にした言葉も不思議な話だった。
常識的に考えると意味不明な話で、彼はわたしに対し、宗教を悪い見本だと言って説得して、わたしはと言えば、意味が解らず、口を動かしていた。
「―――わたしは神を信じる気はありません。実在するならば自らをこの世にいなかったことにしてくれと願います。存在しても面倒だと言ってそんなことしないとも思っています。」
「―――あ、あ―――」
「―――あと数日で6ヶ月で、中絶可能期が過ぎるんでしたね? その子が生きるのはまだ貴女次第です。無駄な努力かもしれませんが、法を言いわけにして子を殺そうとするようなあなたのような酷い人間に手助けも何もする気はありません。」
口調を男は強め始めわたしはと言えば、言われて見れば言い返せることもなく、声が出る中で男はと言えばまだいうことがありますよと言うように続けた。
「―――あなたの業を、父親の業も背負わせてわたしのような酷い大人に育てますか? この世の業を背負わせない内に殺す方が幸せだと言う可能性も存在しますよ? 反面、わたしが傘を差しだすように、その子に幸せに生きて欲しいと願い育てられますか?」
「―――ちが、ちが、う―――」
「―――何を背負うか決めるのはその子です。だけどその子はまだ決められません。あなたの裁量に委ねられ、その上あなたに業を与えられています。」
言葉を続けられる中でわたしはと言えば、否定し言葉を絞り出そうとするが、これ以上言葉が出ないと言う状況で、男はと言えば話を続けわたしはと言えば再び涙があふれ出し、お腹は守っていたが地面に顔を突っ伏してしまった。
大声で泣き叫ぶことこそなかったが、ふくろこうじと言う状態で、どうしていいからわからないし、彼も説得こそしているが、彼自身もどうすればいいのかもわからないとも思うし、わたしはと言えば、泣き崩れるしかなかった。
「―――」
泣き崩れている中で、男の足音が聞こえ、何とかと言うように顔を上げると言うか、前に向けると彼の足が見え、彼はと言えば泥がついたり、汚れたり、濡れることも気にせず、わたしの前で膝をついていた。
頭の上にふりかかる雨がなくなり、雨音が変化し、地面に跳ねた雨が遠く見えることからの判断だが、男がわたしに傘をさしてくれているようだった。
「―――最終的に幸福になるか不幸になるかはあなた次第です。その子に差し上げる傘は、どのようにその子を救うかは解りません。わたしにはこれ以上もこれ以下のこともあなたにはできません。」
「―――」
言われて見たら確かにそうだが、わたしにもわからないし、心の奥底から湧き上がってきている感情は否定しきれず、わたしは心の奥底では彼こと、夫を信じたいし、子供も生みたいが逃げられない現実が待っている。
「―――これが幸か不幸かわかりませんが、その子を救いたいならば、この傘を手に取ってください。」
「―――」
「―――その子のために。」
わたしが顔を下を向けている中で、彼はと言えば本当に言うとおりに以上も以下もしないと言う物言いで、子供にとは言うが、わたしをたすけたいと言う意志が感じられた。
あなた次第だとも言うし、彼にとっては解釈が違うかもしれないが、自分が大切だとも言えるし、厳しいことを言って生きる気力を与えようとしているとも考えられる。
「―――どうしま―――」
わたしは自分でもどうしていいか本気でわからないが、もうどうにでもなれと言うか、本当にしたいことをしたいと思ったし、こんな場所でいつまでもいるのは嫌だし、意味も解らずわたしは彼の傘を勢いよく両方の手に取り、握りしめた。
眼の前に存在した何かに、心の奥底から湧き上がる感情か何かと言うか、衝動と言うべきか、力を何かを出して、わたしはもう一度何でもいいから生きてみたいし、戦いたいと思った。
「―――すか―――?」
握った場所は持ち手の場所ではなく筒の部分で、金属の冷たい感触が手の中に伝わり、冷たいとも思ったが、わたしは手を離さなかった中で、男は途中で止めた言葉を言い終えた。
「―――では、手を放します。」
「―――絶対に―――」
「―――?」
手を離すと言う通り男は手を離したが、わたしはと言えば、無意識と言うか、本音と言うか、自分のことは自分で決めると言うか、最初は呼吸が整っておらずでなかったが、本音が言いたいと思い、叫びかけていた。
絶対にと言ったが、最初の絶の部分が小声になっていた気がするし、男には聞こえていないのか、何か言いましたと言うような反応の声が聞こえた。
「―――何か―――」
「絶対幸せにする! 絶対この子を幸せにしてやる! 誰にも負けない一番幸せな子にしてやる! わたしだって幸せになる!」
何か言った気がするし大丈夫かと言うように聞きかける中で、わたしは涙を流し、声は少し震えている気もしたが本音を勢いよく大声で言った。
地面に向かって叫んだために対して響きはしなかったし、常識的に考えると勢いがあったからこそ言えたと言うもので、後で自分でも何を言ったんだとも思ったが、言って少し落ち着いた。
「―――両方の可能性、か、それはなかったな?」
わたしの言葉を聞いた男はと言えばその発想はなかったと言う物言いをしていたが、わたしはと言えば、絶対に言ったことを実現してやると思った。
「―――いや、忘れていた、かなえられなかったと言うべきか、オレが―――」
「―――?」
わたしはと言えば顔を起こそうと思っている中で男が何かを言う中で、周囲が暗闇で覆われ、身体の上に何かあたたかい布のようなものが覆いかぶさる感触を覚えた。
「―――」
「―――両方選ぶなら、あなたを守る物も必要だと思いましてね?」
布だが人間のにおいが感じ取れ、消臭スプレーや香水、香料の類のような臭いする中で頭を上げ、何かと確認すると男が、自分のコートを脱いでわたしに羽織る状態にしていて、わたしに先ほどとは違う優しげな表情で見ていた。
考えてみるとと言うか、わたしはと言えば薄着で、顔色も少し悪いし、半場死体と見間違われてもおかしくなかった。
「―――少し古いが、英国製の一級品です。何処か暖かい場所に行くまでは、その濡れた服よりももってくれるでしょう―――」
「―――」
「―――弁償も、返却も服の心配も不要です。差し上げます。それに買い替え時だったので、良い切っ掛けになりました。」
男が着ていた影響もあるのか体温が暖められた感触が残っており、わたしがそれを感じている中で、男は立ち上がると言うか、わたしもたたせながらいいものだと言うように言い、本当に遠慮しなくてもいいと言うように言った。
「―――それにしても、酷い天気だ。まるで神仏の嘆きや怒り、悲しみ、いや、あなたもその1人かもしれないが、どこかのだれかの心の声の叫びと言うべきなのか?」
男は数歩後ろに下がる中で、帽子を脱ぎ、少し長い時間つきあわせてもらって申し訳ないし、わたしはもう帰ると言うような素振り見せる中で空に眼を向け口を開いた。
帽子を抜いだ顔は髪を少し長く伸ばした標準的な顔だった。
独り言にしては大きいし聞こえているが、わたしと以外のだれかにも聞いてほしいと言うかのような物言いだった。
「―――しかし、空の彼方は、晴れ渡っている。」
「―――?」
言う中で、男は自分の言っていたことは事実だが、不意にそれは違うと言うように自分で言い返すように言った。
「―――暗雲の向こうには晴天が広がっています。反面晴天は大地に渇きを与え、この雨も乾いた大地を潤します。」
「―――」
「―――単純に事柄を一方的に悪く言うことは不可能なのです。」
わたしが何を言っているかと言うような反応の中で、男は事実を否定すると言うように言い、わたしはと言えば、彼の言うことを聞いているしかできなかった。
彼の言うことは常識的な話で、どんな暗雲でも雲を超えてしまえば満点の太陽が見えているが、晴れてばかりもダメだし、雨ばかりもダメだと言うように言いたいようだった。
男の表情には人間も同じだと言う意志も感じ取れる中で、不意に男の腰元だと思うが、ロックだと思われる音楽が響き渡った。
アーティスト名と曲名もがわからないが英語の歌で、日本人とも思えない歌で、彼はその声に電話かと言うように反応した。
「―――失礼、わたしの携帯です。」
わたしはと言えば、不意に聞こえた音が彼の言った言葉通りに、携帯だと理解したのは彼が携帯だと言った後で、彼はと言えば、落ち着いた様子で、腰元のケースから電話を取出し始めていた。
「―――こんな時にアニソンとは、雰囲気台無しですね。」
「―――?」
「―――ハロー? リー?」
男はと言えば少し苦笑いしていて、あやまる中で電話に出たが、わたしは彼が曲をアニソンだと言い、少しおどろいた。
どこのだれがどう聞いてもアニメソングには聞こえなかったし、持ち主がそう言うからには間違いないと言えるが、わたしはと言えば本当かと思う中で彼はと言えば電話の相手を話し始めていた。
『―――ああ、わかった。すぐ行く―――』
話初めこそしたが、彼はわたしと話す時と違い、別の国の言語こと、英語で話し始め、急いでくれとか言うような反応をしていた。
話していた時間は十数秒ほどだったが、男は電話を切ると少し不味いことになったと言う反応をして急がないと行けないと言う表情をしていた。
「―――仲間から呼び出しを貰いました。」
「―――?」
相手が気になるが聞くほど親密な人間でもないし、彼はと言えばもう行きますと言う物言いで、わたしはと言えばそんな急にと言う反応をするしかなかった。
「―――その子が、幸せになれることを祈っています。」
「―――?」
本当にこれが最後の言葉だと言うように男は言うと手に持っていた帽子を胸に当てるとさようならと言うように頭を下げ、上げると帽子を被りなおしたが、わたしは少し彼が奇妙だと思った。
話している中で少しだけだが雨量が減っていたのだが、そのためだとも言ったらそこまでだが、彼の頭や服、足元が、それほど水で濡れていなかった気がした。
「―――人にも言えない仕事に就いているので、このような天気でも、気分転換で外に出られるとわたしには天国に感じます。」
「あ、あの―――?」
「―――その子に生まれたら教えて欲しいものです。雨は時として大地だけでなく、人の心にも潤いを与えると―――」
帽子をかぶり終えた彼はと言えば、本当に急いでいるからもう行きたいと言うのが丸見えで、わたしはと言えば、考えてみればこのままで終わっていい気もしないと言う状態で、呼び止めるように口を開いていた。
開いていたが、うまく言えない状態がまだ少し続いていて、男はと言えばさようならとは言わなかったが、手を振るとわたしに背を向け歩き出した。
「―――冷えるな。リー、マフラー返せよ―――」
少し急ぎ足と言うのが見て取れる中で男はと言えば、わたしにではなく、先ほどの電話の相手かもしれないが、寒いようで、マフラーが欲しいとか、返せなどと言うことを言っていた。
「あなたは一体?!」
「―――?」
「―――何者ですか―――?」
先ほどの幸せになるとか言うときほどではないが、わたしは歩き去ろうとする男に対して呼び止めるように大声で言い、男は呼び止められて少しならと言うものなのか、立ち止まる中でわたしは何者かと聞いた。
「―――わたし、聖歌、空野聖歌―――」
「―――」
「―――あなたは―――?」
聞いてもこんな状況だし名のるわけもないが、わたしはと言えば正直にと言うか、場の勢いとか言うものもあるかもしれないが、名乗り、男が立ち止まっている中でわたしは教えて欲しいと言うように聞いた。
「―――敵でも味方でもない。」
「―――?」
質問されたならば答えようと言うように男は口を開いたが、聞こえる言葉は名前を意味することがではなかった。
『正義でも悪でもない―――』
「―――?」
意味不明だと思う中で言葉は続き、何か意味があるのかと思う中で、異常が起きた。
異常が何かと言えば彼の声で、無線機越しと言うか、機械で加工されたと言うか、狭い場所で反響したと言うか重なったと言うか、不自然な声に聞こえ出した。
「たとえて言うと―――」
「―――!?」
わたしの耳の調子が悪いのかと半場思っている中で男の言葉は続き、この次で最後だと言うように男は言うと首と上半身だけだが振り返り、わたしの方に眼を向けた。
奇妙な声が彼の口から発せられているかわからないが、振り返りわたしを見た瞬間、わたしは一瞬彼の眼が青く光っている気がした。
「調節者だ。」
「―――――」
「―――その子と、あなたに、暖かい未来が訪れることを、祈っています。」
光っている気がしたとわたしは表現したが、彼が自らを調節者だと名のった後で、彼の眼は光ると言うよりも本格的な発光を始めた。
自分の眼で見ても信じられないが、きれいに青白く、LEDライトのように光っており、彼はと言えば気づいていないのか、これが普通だとか、原理は秘密だと言うような表情をしていた。
「―――」
「―――さようなら。」
わたしが見ている中で、彼はと言えば言うことは何もないと言うようわかれのあいさつをすると再び前と言うか、わたしたちから見えて背を向けて歩き出した。
声も先ほどと言った時の同様の声で、声の方は服の中に機械を忍ばせていたと説明できるかもしれないが、眼の方は常識的にそんな装置あるように思えないし、現実的に説明できるものでもなかった。
前を歩いている彼の眼が発光を続けているかいないかわからないが、どこのだれが見ても普通の人間ではないように見えたが、幽霊ではないようで、地面を見ると足跡が残っていることが確認できた。
少し先では彼だと思われる足音も聞こえ、わたしは気がつけばと言う状況で、雨が彼と会うより前よりも少し収まっていることを感じ空を見上げた。
時計も見ていないし、朝か昼か、それとも夜かもしれないが、正確な時間はわからないが、朝か昼のようで、雲の隙間から太陽光のような物が希望の光と言うかのように差し込んでいる光景が少し先で見えた。
少し思い直して彼の歩いて行った先を見るが、周囲もだが、彼の気配も人気もなく、わたしだけがそこに立っていた。
バケツをひっくり返したような雨だったことがうそかのように晴れ、どこかで虹でも出るのではないかともこの時少し考えた。