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ミネルヴァの憂鬱  作者: 杉紙
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04話 社会科見学(メガフロート編)②

大変遅くなりましてすみません。

平行して漫画も描いてて、次回もちょっとゆっくりの予定です。



 ピコピコと歩くトマに案内され、まず一般人が入ることが出来る限界の高さ、ゆくゆくは一般公開もされる予定だという展望階にやってきた。人は俺達の他にはいないようだ。


 中心部に大きく円筒形のスペース。ここがエレベーターホール。

 エレベーターホールから出ると、ガラス張りの回廊が始まる。ここの造りは、東京の某電波塔を思わせる。ただし規模が段違いに大きい。

 時々建物の中心寄りのスペースに現れるのは、おそらく本格営業が始まれば多くの人が寛ぐであろうカフェテラス。人魚のエンブレムのチェーン店……とも少し違うようだが、まぁそんな感じだろう。開けた景色に向かって、落ち着いた色合いのソファとテーブルがいくつも並んでいる。ここだけでも、俺がバイトしている喫茶店の何倍もの規模だ。


 高く広く、極限まで大きく取られた窓から外を眺める。そうすると、まるで自分が空中に浮かんでいるように錯覚する。視界いっぱいに遠く遠く広がる海原と、眼下には壮大な規模の人工物が浮かんでいる。巨大なブロック一つ一つが一辺2kmほどの六角形をしていて、それらが海上に均一に並べられているのだとトマが教えてくれた。


 昨夜エレベーターから見たのもこのくらいの高さだっただろうか?夜間とはいえ規模の大きさを感じはしたが、改めて見る昼間の景色は正に圧巻の一言である。

 というか、


『こちらの展望デッキからは、当社施設だけでなく高天原全方位を見渡す事が出来ます。この階の海面からの高さは約三百四十メートル。更に上には各種センサ類など施設がありますので、合わせて約三百五十五メートルになります』


 高い。

 表示されるトマの解説を読みながらも、交互に景色を眺める。

 海抜三百五十メートル……都心部にもそれほどの高さの建物は存在したかどうか。

 某空の木はあくまでただの電波塔としてカウントする。あくまで居住性を重視した場合だ。

 先ほどから話を聞くに、ここが自分の暮らしていた世界と地続き(海上だけど)だということは確証が持ててきたな。詳しくは博士らにも訊かなければ判らないが、恐らくは日本の領地なのだろうし。


「……ここは、海の上に浮かんでいるんだよな?こんなに高い建物があって大丈夫なのか?」


 海の上に浮かぶ人工島だ。バランスが悪くはならないのだろうかと、ふと疑問に思ったのだが。


『ご心配には及びません。高天原各ブロック最深部には、等間隔にスタビライザーとフロートチャンバーの特殊な複合装置が並べられ、どのような潮位変動にも即座に姿勢制御可能な体制となっています。加えて設計時より細かに重量配分は計算されており、建造物は各種軽量強化素材を使って建てられていますので』


 と、なんとも頼もしい答えが返ってきた。

 うん、とりあえず凄いのはよく解ったぞ。


 ここは、過去に試験的に建造された「半潜水型移動式海洋石油掘削装置」の後輩のようなものだとトマは言う。およそ四半世紀前の、沖縄国際海洋博でのシンボルとなっていた海洋都市構想――発電設備他一切の必要設備を持つ、独立した都市機能を包含する海洋構造物「アクアポリス」。

 75年に完成するも運用計画は頓挫してしまい、十年以上前に解体されたらしい。

 ただし、この高天原はそことは全く別系統の道筋を辿っていた。開発時期は更に近代だが。

 先ほどトマも言っていたが、95年に提携されたという協定に基づき、ある大きな財団からの出資で設立されたソフェルを代表として、募った数々の会社が協力して研究開発に着手したのだという。

 そうして根幹技術の開発に努めた中核部門は、基盤作りを終えていくつかの部門に再編成され、更に各部門での得意分野に特化した研究を進めているのだとか。

 上月博士や望月博士は、再編成後の現在では第一種技術開発研究室――通称・第一技研の共同主任となっているとのこと。


 俺は、湧き上がる疑問をトマへ投げてみた。


高天原(ここ)が完成したのに、まだ他に必要な研究があるのか?」


『はい』


「……君たちPSや、この体とか、か?」


『確かに含まれていますが、私たちは研究の中途に発生した余剰、副産物に過ぎません』


「何なんだ、一体」


『申し訳ありませんが詳しい事は博士に』


「…………」


 またか。それほどに重要な話なのだろう。トマが言葉を濁す。

 直ぐに情報が手に入るとも思わないが、さすがに焦れてきた。落ち着けようと深く息を吐く。

 そもそも俺は現状について納得しているわけでは無い。他にやりようも無いから保留にしているだけだ。

 通常なら突然違う体に入れられて、それはよそ様の物だから言う事を聞きなさい、などと言われて簡単に納得出来ようか。

 使い慣れないシャンプーとコンディショナーだとか、布地面積の少ない柄入りのショーツだとか……

 通常なら男のロマンだというのに今はそれがストレスの元になっているとは。嘆かわしい。


 ―――と、そういえば桐崎さんへの連絡がまだだった。

 気を取り直してトマへ向き直る。


「トマ、どこかで電話は借りられないか?」


『どこかへ連絡の必要がおありでしたか』


「ああ、バイトの時間までに連絡したいから、早くしてもらえると助かる」


『バイト、ですか。神谷さんが本土でされていた喫茶店業務ですね。申し訳ありませんが本土への連絡には許可が必要です』


「そう言われても……無断欠勤になってしまうし」


『神谷さん』


「ん?」


『神谷さんは申告の中で、本土の地方高等学校に在籍していると伺いましたが、間違いはありませんか』


「ああ、それ以外に何かあるのか?」


 嘘を言ってどうなるというのだ。

 焦っているのか、語調が荒れてしまったような気がする。

 大恩のある桐崎マスター(雇い主)の信頼を裏切るような事になってしまうのが、恐ろしかったのかもしれない。

 けれど、続いたトマの言葉に、焦りも憤りも全て消し飛んだ。


『では、学生とは平日の日中、授業時間にも労働をしているものなのですか?』


「―――……え?」


 ―――ちょっと、待て。何の事だ。

 言葉通りに返すなら、平日昼間からアルバイトなぞ学生が出来よう筈も無い。

 含まれた意味を考えるなら…――――――


「今日は……」


『10月28日の木曜日です』


 更に思考が凍る。


「トマ……カレンダーは、出せるか?」


 先ほどまで見取り図やら風景画像やらも投影されていたホワイトボードを指して、そう尋ねる。

 トマはひとつ、頷いてホワイトボードを掲げた。

 瞬時に表示される、ピンクの模様のやや可愛らしいデザインをしたカレンダーに目を通す。

 今日の日付は……


<10月・28日・木曜日―――>


 カレンダーの日付、最後に記載された年号を見て、呼吸すらも止まる。

 背が冷える。心臓が跳ねる。

 これは……どういう事なんだ?


『どうかなさいましたか』


「いや……なんでもない。勘違いだったみたいだ」


『そうですか。…お加減は大丈夫ですか?脈拍・呼吸に変化が見られます』


「大丈夫。少し疲れただけで」


『何か体調等に異変があるようでしたらお申し付けください。博士と会う約束の時間までには猶予がありますが、戻って休まれますか?』


 トマが気遣わし気に見上げてくる。ユダとトマしか話したことはないが、この子たちPSは人の変化や機微に敏感で、対処も適確だ。そうプログラムされているだけかは分からないが、今は有り難く提案を受け入れることにしよう。


「ああ、そうする」


 今は、考えを少し整理したかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 凝った肩をほぐすために伸びをする。

 研究職についてから、肩こりはもう腐れ縁の友人みたいなものだ。

 しかも段々と態度が悪くなっていく悪友だ。

 学生時代はこの程度の徹夜ごとき、屁でも無いと思ったものだが、これも歳をとったという事なのか。

 

「ふぅ……ここまでの経過は概ね整理出来たか」


「信じがたい部分も多々あるにせよ……ね。少しは寝たら如何です望月博士」


「君も寝ていないじゃないか、上月。にしては元気そうだが……」


「疲れてはいますよ。お肌が荒れそうです。けれど現状の分析が最優先でしょう」


 通常業務を終え、改めて昨晩の珍客……神谷恭司についての分析をし終えた僕は、一息つけるためにユダの淹れてくれたコーヒーを飲んで寛いでいた。上月の部屋にはコーヒーは無いが、共同研究室には両方あるのだ。言うまでも無く上月は紅茶を飲んでいる。


 神谷恭司が発見された第四の間は、連なる第一から第三までの部屋の予備室と言っていい。

 少なくとも昨日の段階では、使用の予定は皆無だった上に何者の干渉も無かった。その筈だ。

 ポッドの中は正真正銘の無人であったし、またPS達による定期報告でも異常は見当たらなかった。

 つまり、システムが無人で勝手に動き出してあの素体を作り上げ、どこからかサルベージしてきた神谷恭司の精神(プログラム)をインストールした、ということになる。

 人が命令し動かす筈のものが勝手に動くという壮絶な矛盾にして疑問を残しながらも、現状の「彼」の状態を説明するにはこれ以上は無いと言えた。

 そして彼から得られた個人情報を元に身元を調べると、「彼」は確かに存在した。

 そして、これが一番の問題だった。


「まさか、普通に今日も登校している、とはね……」


 僕は深々と息を吐いた。手を打って納得できるような解決が得られずに、もやもやとしている。


「これ以上無いくらいの身分証明にはなったけれど。ここに彼が居て、本土の学校にも彼が居る……ゲーデルがここに居たらどう感じるのでしょうね」


 不完全性定理をここで挙げる上月に、僕も多少感じるものが無いでもないが……それは流石に突飛なのではないだろうか。確かに理論上では可能かもしれない。事実僕たちの研究にはそういったもの(・・・・・・・)があるのだし。

 ただしこの研究は現状最高機密にあたるもので、もし彼の存在がその情報の漏えいを意味するのであれば社内裁判沙汰だろう。


「しかし彼が嘘を言っている可能性もある」


「否定は出来ません。けれど、あの状態で嘘を吐く理由もまた見当たりませんよ」


「それは……そうだが」


 温くなってきたコーヒーを一気に飲み干す。多少冷めても風味を損なわない、美味く淹れたものだ。

 農場ユニットで栽培されたこのコーヒー豆は、ハワイの子会社から苗木を譲り受けたコナ・コーヒーの最高級品だ。もちろん手摘み収穫の完熟豆を丁寧に焙煎して作られている。その工程は殆どがPSの手によるが。


 ……思考が逸れたな。閑話休題。


「しかし、情報が足りないのも事実だ……そろそろ、彼が来る時間だろう?」


「あと小一時間はありますけど……尋問は感心しませんよ、望月博士」


 普段、あまり表情を動かさない彼女だが、どうにも嗜虐性癖があるのか、この手の話題には悪ノリしてくることが多い。今も微かにイイ笑顔をしているのが何よりの証拠だ。


「そんな事はしない。必要に迫られれば打つ手はあった方が良いだろうがな……上にはどう説明する」


「社長へは報告済みです。彼女――もとい彼についての扱いは、第一技研に一任すると」


「相変わらずフットワークが軽いな君は……ハッキングを受けた痕跡が無いとはいえ、それは確実だとは言い切れない。無論、君やPS達の能力を低く見ているわけではないよ。僕達が想定するべき相手が、それくらい強大だというだけで」


「心得ています。いつでも最悪の事態を想定し、最良の一手を模索する。それが私たちの仕事ですから」


 言葉とは裏腹に、上月は楽し気だ。


「僕達には責任がある……後れを取るわけにはいかない」


 僕はまた一つため息を吐いて、コーヒーのお代わりをするべく席を立った。 



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



『それではお部屋に戻りましょう神谷さん。慣れない情報に疲れたのだと思いますよ』


「あ、ちょっと待ってくれ」


 PS謹製の天蓋付ベッドがある部屋に戻ろうと、エレベーターを操作しようとしていたトマを呼び止めた。

 

「トマ、あの部屋には戻らなくて良い。外で少し風にあたって来たい。

 君も他に仕事があるんじゃないか?」


『私の今日の仕事はあなたの付き添いと身辺警護です』


 監視、とは言わない辺りを優しさと捉えるべきが、迷うところだが。


「近場を散策する程度だから、平気だ。近くで見ている必要は無いよ。少し……1人になりたい」


『……そうですか。わかりました。

 でしたら近くに公園があります。宜しければそちらでゆっくりされては』


 なるほど、公園か。落ち着くには良いかもしれない。


「ありがとう、そうさせてもらう」



 案内された公園は、街中にそっとあるような小ぢんまりした子供たちの遊び場ではなく、広々とした景観に程よく緑が配置された、大人が寛げる癒しスポット、とでも言えそうなところだった。

 人工の水場が均等に並べられており、水路で繋がれたその水場の数か所から定期的に噴水が上がる。

 時刻も昼を過ぎておやつ時といった頃合いか。

 人も居らず、心地よい風が頬を撫でる昼下がり。

 この場所に流れるのは小鳥の囀りと、ゆったりとした時間。実に長閑だ。

 一人になった俺は、木陰に配されたベンチに腰掛けて、雲一つない空を見上げた。

 そして考える。


 今日は俺の知る今日ではなく、1年前の今日(・・・・・・)だということ。


 冗談のような話だ。本当に何なんだ。俺が一体何をした。

 出来るなら瞬きした次の瞬間に目が覚めてほしい。

 あまりの現実離れっぷりに、最早考えが逃げに入っている。


「……現実なのか、これ」


 口にすると、すっと体温が下がった。

 ずっと平気だったのに、今更になって少し震えている。手が、足が、首筋が。

 身を包む暗闇に初めて気付いたように、身が竦んだ。

 これは、以前にも感じたことのある感情だ。


 恐怖。


 ここからどこへ行けばいい。

 どうしたら家に帰れる。

 この体から、元の、1年後の自分に戻るには?

 まるでわからない。

 最悪の場合、戻れないかもしれない……。

 

 また、俺は失くすのか―――


 その暗闇に全て飲まれてしまうような錯覚を抱きそうになった瞬間、

 知らぬ声が響き、視界が本当に暗闇になった。





「だーれだ!!」


 ……………………いや、それはこっちのセリフ。


 あまりに突然だった為、視界を奪う物体が何者かの手である事に気付くまで―――それがたおやかな女性の手であり、声がその手の主である事に気付くのに、少し時間を要したのだった。



新しい登場人物をどう入れるかで迷った挙句に次話へ続くとなりました・・・

前提として、あんまり勉強が出来る人間じゃない作者なので、間違ってる部分や常識外れがあったら申し訳ないです。少しずつ勉強しています。

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