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ミネルヴァの憂鬱  作者: 杉紙
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03話 社会科見学(メガフロート編)①

お久しぶりです。

突然飛ばされたとはいえ、好奇心というものはどこに居ても人間変わらないもので。今回は何だか職場見学とかそういう感じ。とりあえず主人公が現在している致命的な勘違いに気付くまで、あと少しです。

詰まった文とどちらが見やすいか、試しに台詞と他の文章の間を一行空けてみました。見辛いなどご意見ありましたらお願いします。







 かわいそうに。かわいそうに。


 顔を合わせる人々からは、何かにつけてそう言われた。

 まだ小さいのに、置いて行かれてかわいそうだと。


「かわいそうな子って何ですか?」


 そう初めて問うた相手の表情は、当時の俺にとって理解の出来ないものだった。









「…………ん」


 ふわり、意識が浮上する。少し懐かしい夢を見ていたようだ。

 柔らかな感覚に包まれている気がして、心地よさと同時に疑問が生まれた。


 ここは、どこだろう?

 

 眠気に重たい目蓋を、なんとか開く。

 ぼう…と見知らぬ天井を眺めながら昨日の事を思い出しつつ、そういえば、とても深刻な事態に陥っていたのだったな、と自分の境遇を反芻した。正直忘れてしまいたいし、夢オチであって欲しかったが、ふとした弾みで触れた柔らかな弾力が急激に意識を現実に引き戻してしまった。もう泣くしかない。


「……あれ、昨日は」


 床に寝袋で適当に寝た記憶があるのだが。

 この、なんとも豪勢かつ快適な寝心地は一体……?

 視界に映るのは、最初に目覚めた部屋の天井……よりも手前に、見慣れないカーテンレール。

 程よい弾力のマットレスに、サラサラとした肌触りのシーツ。

 レースをあしらったカーテンがベッドを囲んでいる。

 天蓋付きベッドというやつだろうか?

 ―――いやいやいや、おかしいだろ。


「何か、説明は無いのか」


 独り言のつもりでこぼした言葉に反応してなのか、カーテンが唐突に開かれた。


「!?」


 驚いて跳ね起きた。

 突然姿を現したのは、確か昨日ここで初めて会った人形!……なのか?


「えっと、ユダ、だっけ……?」


 俺の問いに、人形はサッと例のホワイトボードを取り出した。投影される文字を追う。


『ユダは上月博士のところです。私の識別名はトマ。博士たちから、約束した時間までの間、不自由ないように案内せよと言われています』


 なんと、別人(?)であった。確かに似ているがよく見れば髪型などが少し違う。


「博士たちの召使いみたいなものか」


『少し違います。ですが、そのように認識していただいても結構です』


 なるほど。あとトマの方が少し丁寧な文体だな。


「案内って……今俺が居るのは、端的に言ってどこなんだ。あとこのベッドはどうした」


『詳細は現在機密に該当しますので申し上げられませんが。あなたが居るこのメガフロートの(おおよ)その位置としては、日本国太平洋側・排他的経済水域内です。ベッドは、あの体勢での睡眠では体調等に支障を来す恐れがあると判断したため、昨夜の内に作成して神谷さんを移動させました』


 凡そってレベルじゃない大雑把加減である。あとベッド作ったのか。職人が居るのかここは。

 しかしその、あまりにも突拍子もない話のおかげで、少しぼうっとしていた頭も回転を始めてくれた。


「……ちょっと待て。昨日見た景色が夢や幻覚じゃないのなら、この規模の建造物を誰かが何もない洋上に建てたってことなのか?一体どこの誰が……」


『わたしたちです』


「……はい?」


『詳しいお話は博士にお願いします。今日はお時間まで、答えられる範囲での質問にお答えします。まずはこの施設内と、周辺の設備についてご案内します。着替えを預かってきました。どうぞ』


 たちって……ユダやトマみたいなのが、もっと他にも居るのだろうか。

 告げられて、手渡された服に現状を理解してため息をついた。


「俺はまだ不審者の扱いだったな……。こうして面倒見てもらえるだけでも感謝しないと」


『あなたは賢明な人なのですね』


「そんな事はないが……。でも服に関しては抗議しても良いだろうか」


 またフリル付きワンピースとか確信犯だろう!! 


『……お伝えします』


 伝われば良いなぁ。

 昨夜、相対した博士たちの事を思い出す。何とも癖のある御仁たちだった。


『それではまず入浴ですね』


 そうだな、昨日はそのまま寝てしまったから、着替えるならまず風呂に……って、アレ?

 ……そうでした。朝っぱらからこんな難関にぶち当たるとは……いや、

 心頭滅却すれば火もまた涼し……―――心を無にすれば怖くない。





 そんな事を考えていた時期が、俺にもありました。


「いや、これは……結構な精神攻撃だな」


 疲れた。シャワーごときでここまで疲れたのは初めてだ。

 極力見ないように、濡れた体をタオルで拭いていく。

 いくら今は自分の体とはいえ、鏡に映る顔や体は均整の取れたもので、肌はくすみ無く透き通って美しく、そして何より―――大きかった。何がってむn……いや、何も考えまい。とにかく直視出来ない。

 更に艶やかな黒髪が背を擽って妙な気分になるし。

 髪を洗うのに、面倒だし石鹸で良いかと思ったところへ、どこからともなく上月博士の声で、


『私たちの管轄下にあるその体が傷みでもしたら許しません。特に、髪はね』


 などと言われて、恐々とシャンプーのボトルに手を伸ばしたり。

 まぁとにかく、疲れた。


 ちなみに案内されたシャワー室は、簡単に区切られた個室のようなスペースがいくつか並んでいる簡素なものだったが、特に狭いという事も無く、カビなども見当たらず、足裏に触れる床の感触はサラッとしていて清潔な感じがした。

 よく手入れされているというよりは、出来て間もないといった趣だ。

 

 体を拭いた後は急いで下着を履き、四苦八苦しながら(昨夜上月博士にみっちり教えられた)上の下着も着けた。長い髪をタオルドライしてからドライヤーで軽く乾かし、見た目が酷くない程度に梳いて、うっとおしかったのでトマに頼んで持ってきてもらった髪用輪ゴム(何故かひらひらした布が付いている。トマがシュシュとか言っていた)で一つに括る。

 何だか本格的に女の体なんだなと実感してしまった……。

 服は抗議が通じたのか、多少シンプルなものになっていた。ただしやはり所々にレースやフリルが使われているが……まぁパンツルックに落ち着いただけでも良かったと見るべきだろう。


 着替えが終わった丁度そのタイミングで、シャワー中どこかへ行っていたトマが来た。


『朝食はどうしますか』


 投影された言葉に、ぐぅぅ、と俺の腹が正直な反応をした。

 そういえば、ここに来てから何か食べた記憶は無い。


「何かあるなら助かる」


『社員食堂がありますから、そちらへご案内します』


 ありがたい。軽くで良いから何か食べたかったのだ。

 しかし同時に驚く。社員食堂とは……つまり。


「ここはやっぱり何かの会社なのか?」


 エレベーターを目指して歩を進めながら、そう質問を投げかけてみる。

 トマは淡々と、しかしどこか嬉し気に答えてくれた。


『はい。企業名は<海上都市開発機構>。新たな海上開拓地であるこのメガフロート<高天原(タカマガハラ)>に集った会社を総称してそう呼びます。その中枢である我が社<ソフェル>は、本土の技術研究組合――今は移管され造船技術センターになりますが、そちらと提携し、このメガフロートの基礎設計から建設運用に至るまでのトータルマネジメントを請け負っているのです』


「……?……技術センターと、提携?」


 慣れない言葉の連続に、俺は必死に頭を使う。


『我が社の現理事長が、1995年の組合発足当時に彼らと結んだ技術提携協定です』


「……聞いたことが無いな」


『我が社はあまりメディアなどに露出しない企業ですので、一般的に認知度は低いかと』


「そうか。でもそれなら、上月博士や望月博士みたいな研究者が居るのも頷ける」


 組合から派遣されたか、ソフェルとかいうこの会社がどこからかスカウトしてきたか……

 どちらにせよ、この会社の心臓部のような部署なのだろう。あの博士たちが所属するのは。


『その通りです。高天原(タカマガハラ)の基礎設計はあのお二人の協力無くして完成しませんでした。加えて言えば、私たちPSの存在も』


「ふぅん……」


 すごい人たちだったんだな、何気に。



 案内されたのは地上階1階にある食堂の裏側。厨房だった。

 このビルの地下は3階までは誰でも入れるらしいが、それより先には特別な許可が必要だという。

 明らかに俺は地下3階なんてすっ飛ばして、相当深い所に居た気がする。

 ……まぁ今は気にしないでおこう。


「あらあら、いらっしゃいトマちゃん」


 笑顔で厨房から顔を出したのは、調理服に身を包んだ妙齢の女性。背も高く、スラリとしたモデル体型というのだろうか。厨房に居るよりもパリコレ辺りに居た方が自然な気がする。

 彼女は親しげにトマへ声を掛け、俺の方を見て首を傾げた。


「どちらさま?」


「あ、あの……」


『むぁ』


「あら、そうなの?」


 ―――……おい?


『むぁ』


「ふむふむ……わかりました」


 俺がわからん。


「それじゃあ、神谷さん?食堂も空いてきたところだし好きな席へどうぞ」


「えっ、俺の名前―――」


「え?今、トマちゃんに……あ、そうか、ごめんなさい、何だか内緒話みたいになっちゃって。私はこの食堂の管理責任者をしている(キョウ)小鈴(シャオリン)。ここに来る皆さんにはシャオって呼ばれています。よろしくね」


 なんだか分からないが名乗られた以上は俺も名乗らねばなるまい。


「俺は、神谷恭司です。お世話になります」


「はい。それにしても、男の子みたいな名前と喋り方ね」


 何故かクスクスと笑われてしまった。


「あの、男なんです……」


「え?」


「中身」


 場の空気が、何とも微妙な温度になっていくのが分かった。

 耐え切れずに目を逸らす。


「……いえ、冗談です」


「やだ、今の冗談だったの?あんまり真剣だからビックリしちゃった」


 あはは、と笑って流されてしまった。もうここは仕方ない。開き直ろう。


「この喋り方がもう癖になってるので」


「せっかく綺麗なのに、俺、なんて何だか合わないわ。でもあまり口を出すのは失礼ね。さ、朝ごはんまだなんですよね?用意しますから、席へどうぞ」


 てきぱきと動く彼女に圧倒され、俺は恐縮しつつスタッフ通用口から出て食堂の空いている席を探す。


 瞬間、周囲がざわめいた気がした。



「え、誰あの美人」


「シャオさん、もしかして新しい従業員雇ったのか?」


「まじ?うぉぉお!食堂の癒しが増えるって事だな!!」



 顔面が引きつっている気がする。多分気のせいでもなく引きつっている。

 聞こえないふりをして、制服っぽいものを着ている彼らから一番離れた席を選んだ。

 一息遅れて、トマも俺の隣の席に腰掛けた。

 食堂は、落ち着いた色彩の内装で、天井も高く窓も広く大きめだ。

 席の間隔も広いので、リラックスして過ごせる喫茶店のような雰囲気だ。

 喫茶店……そういえば今日はバイトの日だった筈だ。後で電話を借りて、、マスターの桐崎(きりざき)さんに謝りの連絡をしなくては。

 そんな事を考えつつ、他に誰か近寄ってくるような気配も無いのを確認して、俺は小さく息を吐いた。

 


「…………」


「おいお前、なんだよさっきから彼女の方ジッと見つめて……一目惚れか?」


「なっ、別に何も無いぞっ!」



 ―――聞こえない、何も聞こえないぞ俺は。

 しばらくそんな喧噪に耐えていると、シャオさんがトレイを持ってやってきた。


「お待たせしました。本当はセルフ方式なんだけど、今回だけ特別ね」


 湯気が立ち昇るオニオンスープ、トーストは分厚いが柔らかそう、サラダには刻んだパプリカとゆで卵のスライスが添えられて彩りよく食欲を刺激してくる。


「ありがとうございます。いただきます」


 冷めては勿体ない。手を合わせ、そそくさとスープに手を出す。熱いスープを吹いて少し冷まして、

 ―――うまい。これはレシピを伺いたいな……でも企業秘密だったりするんだろうな……


「……シャオさん、あの……」


「はい、なんですか?」


 声を掛けると、シャオさんは厨房から出てわざわざ席まで来てくれた。


「……いえ、この食材は、本土から運んで来ているんですか?」


 恐縮して躊躇ってしまった。少し悔しい。しかし疑問も本当だ。

 相当、陸地から離れているだろうから、食糧の調達は大変だと思うのだが。


「ふっふ~ん。なるほど気になるわよね」


 ?……何故そこで嬉しそうなのだろう?


「なんと~この食堂で使われている食材は、一部の調味料や飼育の特殊な家畜などを除いて、ほぼ全てこのメガフロート上の農場で生産されたものなのです!住人の食糧自給率は一部の嗜好品を除いておよそ90%くらいかしら」


 小麦も~、玉ねぎも~、牛舎も豚舎も鶏舎もあるし~と指折り数えだすシャオさん。

 なんと。ほとんど自給自足出来ているって事なのか。

 それはどれほどの規模なのだろう……もしかしたら、昨日見た景色はこのメガフロートのほんの一部に過ぎなかったのかもしれない。

 すごいでしょ!とばかりに胸を張るシャオさんに、二つ目の疑問を投げかける。


「農場で働いている人も含めて、住民全員の食糧を賄えているという事……ですか。すごいですね」


「……神谷さん、観光で来たんじゃないのね?トマからは博士のお客様としか聞いていないけれど」


「ああ、その、はい。後学の為にと……博士に呼ばれて」


「へぇ~研究熱心な学生さんというわけね!偉いわ~。ちなみに農場で働いている人は何人だと思う?」


 唐突に質問されて、首を傾げた。


「え。この島に何人暮らしているのかわかりませんが、規模を考えると……三千人くらいは軽く必要なんじゃないかと……」


 少なかったか?農業に関する各種専門知識や労働力が必要だろうと、概算でなんとなく出した数値だ。

 間違っているだろうが、まぁ良い。


「答えは200人くらい」


 ……すくなっ!!!


「え!?どういう事ですか!?」


 まさか、バイオ技術使いまくり薬品関連使いまくりで危険な農作・飼育法をやってるとかでは……


「危ない事はないですよ?ちゃんとした技術だし、従来の農法より少し効率が良くなっただけ」


 ――よかった。安心して匙を動かす。


「あと人間はそれだけですけど、優秀なお手伝いさんたちがたくさんいるので」


 びたっ。


「――……それって」

 

 恐る恐る、食器から視線を上げてシャオさんを見る。

 ふと、それまで沈黙を保っていたトマがホワイトボードをサッと掲げた。


『私の姉妹たちが頑張っているのです』


 ユダやトマによく似た人形たちが、ぞろぞろと鍬や鋤を手に農場へ向かう様子を想像してしまった。

 いけない。震えが。


「な……なるほど……」


『そこはかとなく、面白がってはいませんか?』





 さて、空腹も満たされたことだし、次の予定を消化しよう。


「と言っても、どこから見ようか……」


『そうですね。差し障り無ければ、まずはこのソフェル本社ビルからご案内しようかと思います。現状この海上都市は正式発表を控えた機密ですので、一般公開が可能なエリアがとても少ないのです。公開出来る状態になったのは多くが産業区ですので、見学が出来るのは先ほど姜小鈴(シャオリン)さんが仰った農場や日用品の生産工場が主になります。水質管理や冶金など、原料を加工してラインへ供給している部門もありますが、多くは密閉型完全独立プラントによる―――』


「ちょ、ちょっと待ってくれ。追い付けない」


 どんどん現れては消えていく文字列に慌てて待ったをかける。

 板書の写しが終わらない内に黒板を消されている気分だ。


『……失礼しました』


「いや、すまない。シャオさんみたいに、君と同じ通信方法が使えれば良いのにな……」


『それも希望するのでしたら博士にご相談してみては。スペックだけであれば、あなたは本来、私たちPSが束になっても敵わない性能をお持ちです』


 それは本当なのだろうか……というかどういう事なんだろうか。一体何なんだ、この体。

 高性能で高効率の凄まじいものだろう、という予測はつくが、使いこなせないようでは無意味だ。


「ああでも、働いている人が居るってことは、人が住んでるところがあるんだよな。工場だけでなく」


『はい。居住区は各ユニット毎に規定の規模で設けられています。人が生活する上で必要となる基本的なライフラインを備え、現在この海上都市で操業している全企業の技術力を結集し、快適且つ安全な暮らしを可能にしています』


「そうなのか……」


 こんな絶海の孤島のような場所で、人々はどんな暮らしをしているのだろう。興味は尽きない。

 ここの案内が終わって、博士たちの都合のつく時間までに余裕があるなら見て回れるだろう。

 ひとまず俺はトマに案内してもらい、ビル見学をすることにした。

 




お読みくださり、ありがとうございます。もうちょっと見学ツアーが続きます。

更新速度を上げたいところですが……精進。

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