二年の月日を振り返り
「……」
「……」
二年ほど前に旅に出てから、俺は驚かされてばっかりだ。だが、今回ほど驚いたことはない。
同じようなケースは過去に一度体験した。しかし、これは決定的に違う何かだ。もしかすると、俺と同じような考えで旅に出て、自分なりの答えを導き出した人間はたくさんいるのか……? そして、そんな人間と同じような考えを魔が持ち、そんな両者が出会った……。
いや、これはただの仮説でしかないな。だが、他に考えられることなど突然変異ぐらいしかない。いや、それでは考えが非効率すぎる。となるとやはり……世界は俺が思っていたよりもはるかに大きな歴史が刻まれているということなのか。
Episode8 アルゴの二年間
アルゴが旅に出てから、約二年の月日が流れた。これは、そんなアルゴが経験した二年間で、もっとも印象深かった出来事である。
『ラモール』を旅立ったアルゴは、一年ほどの間にいろいろな経験を積んだ。自分の知らない魔の種類なども把握し、それがどういう風な行動を取り、どういう風に生きているかなどの観察も欠かさなかった。
時には、人間と魔との醜い争いも目にした。このとき、アルゴは争いを止めることができなかった。種が命をかけて争い合う。そんな争いの中で、自分の力で両方の争いを止めることなどできはしない。だからこそ、自分はどちらの味方をすればよいのだろうと迷っていたのだ。しかし、アルゴにはどちらの味方もできない。アルゴは人間と魔族の見極めがついていない、まだ迷いのある優柔不断な存在である。だからこそ、アルゴは止めることができなかった。そんな自分の無力さを痛感したこともあった。
そんな一年を経て、アルゴは現在『ポルッカ』という村に滞在している。そんな村で、アルゴはある情報を手にした。
『ポルッカ山には強力な魔が住みついています。入るときは重装備で、そして命の保証はできないことを警告しておきます』
アルゴはこの一年で、まだ強力な魔を目にしたことがない。そんなときに手に入った情報、人間の所有地の山に住みつく魔。これは、魔がどういうものか確かめるのにとても適した状況。人間目線で考えると、人間の山を奪い取る悪い魔とも推測できる。だが、もともとは魔の山だったのを、人間が奪い取ったものなのかもしれない。大きく視野を広げるとそういう推測もできる。さらには、強力な魔というくらいなのだから、魔王のように言語を話すこともできたりするかもしれない。いろいろと考えていくと、アルゴにとってとても興味深いものとなる。
そうなると急ぐが勝ち。さっそく旅支度を整え、『ポルッカ山』へと足を向ける。しかし、『ポルッカ山』という名称の割には距離があり、長旅になるのは必須。いつもより多めに食料を買い、『ポルッカ』を後にする。
『ポルッカ山』へ向かう途中、アルゴはある光景を目にする。
「あれは……トロルか」
ごつい体と大きな棍棒が印象的なトロル族。だが、これは少し不思議な光景で、トロル族は基本的に広々とした場所には姿を現さない。見た目の割には、ほそぼそとした自然環境を好む変わった種族なのだ。しかし、ここはだだっ広い草原地帯。普段こんなところでトロルを見かけることなどないはずなのだが、現にトロルの姿を確認している。これは不思議だと感じたアルゴは、トロルへ近づくことを決めた。
見つかって襲われては大変なので、気配を消してゆっくりと近づくアルゴ。しかし、近づくにつれ、なぜトロルがこんなところに姿を現しているのかが判明した。
「岩に挟まれているのか。それはこんなところでトロルを見かけるはずだ!」
そこにいたのは二体のトロル。トロル族にしては身の小さな子どものトロルが大きな岩に挟まれている。親らしきトロルが必死に岩をどかそうとしているのだが、その岩の大きさと重さゆえに、トロルの怪力をもってしても持ち上げることはできない。
トロル族といえど、岩に挟まれているのは子ども。すぐにでも助けないと命が危ないかもしれない。それを確認した途端、気配を消してゆっくり近づくのをやめ、急いで近づくアルゴ。しかし……。
「……! グァッ!?」
鈍いトロルも、さすがにアルゴの存在に気付く。近づいてくるのは人間。敵だと思ったのだろう。子どもを心配そうに見つめながらも、ここで自分がやられるわけにはいかないという一心で、棍棒を手に取りアルゴを迎え撃つ。だが、アルゴは止まらない。トロルの棍棒攻撃を器用にかわすと、迷いなく剣を手に取り、切った。
「グアアッ?」
アルゴは確かに何かを切った。そんなアルゴの取った行動にトロルは驚く。なんと、アルゴが切ったのはトロルではなく岩。大きな岩が音を立てて崩れ去る。
「なんとか間に合ったようだな」
そんな現状を理解できない。しかし、そんなことを理解している場合ではないと本能が動いているのであろう。敵かもしれないアルゴに背を向け、急いで子どもを助けるトロル。どうやら、なんとか軽症で助かったようで、ホッとしているのがわかる。そして、そんなトロルを見てアルゴもホッと一息つく。
だが、トロルは落ち着いている場合ではない。状況はどうであれ、敵であるはずの人間が近くにいるのだ。もともと知能がさほどないトロル族は、まだアルゴが子どもを助けたということを完全に理解していない。しかし、多少の理解はあるので、敵意剥き出しというよりかは、迷いながらも棍棒を手に取る。
「さて、先へ進むか。それにしても助かってよかった」
アルゴに戦意はない。子どもが助かったのを確認すると、自分は用済みだとでもいう風な感じでその場を去ろうとする。だが……。
「なっ!」
何かに引っ張られる感触とともに、前へ進むことを拒まれたアルゴ。何事かと思って感触のある場所を向くと、なんとトロルの子どもが腕をつかんでくるではないか。子どもといえど、人間からすれば屈強な大人よりもよっぽどの怪力。アルゴであっても引き離すことはできない。そして、それを利用して親のトロルが棍棒を振り上げようとしている。
さすがに棍棒の直撃はまずい。そう感じたアルゴは、空いた手で剣を手に取り、トロルに危害は加えないように、トロルの一撃を防御するのに徹することに決めた。しかし、そんなアルゴの剣は無意味に終わることとなる。
「グアァァ!!」
なんと、トロルの子どもが慌てて、親の攻撃を止めている。この行動には親のトロルも驚き、迷いながらも棍棒を下げる。
そして、トロルの子どもがトロルに何かを伝えると、途端に親のトロルが棍棒を投げ捨てた。それを見たアルゴは、不思議そうにしながらも剣を収める。
「グアッグアァッ!」
するとどうだろう。親のトロルがアルゴに頭を下げ始めた。子どものトロルも、笑顔で何かをアルゴに言っている。それはきっとお礼なんだろう。アルゴにはそう感じた。そして、そう感じると同時に、もの凄く暖かな気持ちに包まれた。
「気にするな。困ったときはお互いさまだ。もう、岩なんかに挟まれないようにしろよ」
微笑みながら親と子どものトロルの頭をなでたアルゴは、今度こそ先へ進もうとその場を去ろうとする。
「グアアァァァァ!」
すると、大きな声を上げたトロルたちはアルゴへ向けて笑顔で手を振る。アルゴは、この行為にもまた暖かみを感じる。
アルゴにはトロルの言語はわからない。しかし、こればっかりは「ありがとう」と言われたような気がしてならない。そんなアルゴは、微笑みながら「気にするな」と言葉を返し、同じくトロルたちに手を振りかえした。
――こういうことがあるから魔を悪いものと思うことができない。こちらから歩み寄れば魔もそれに応えてくれる。だれも歩み寄ろうとしなかっただけで……魔は理由なく殺していい生物ではない――
貴重で、そして暖かい体験をしたアルゴは、心を暖かくしながら先へと進む。




