師匠の教えは永遠に
「ヴィレイ、どうにか勇者になれたようね。だけど、あんなふざけた連中に勇者になられずにすんで本当に良かった。それにしても、どうして負けてしまったの? 油断かしら」
油断? 自分の母さんとはいえ何を見当違いなことを。そりゃ、あの人と結婚するはずだね。僕が母さんに感謝してることは僕を生んでくれたことだけだよ。
「本当だね母さん……。僕は明日にはもう出発するよ。次に帰ってくるときは叙事詩のような英雄になって帰ってくる。絶対にあの人のような結末にはならない」
「ヴィレイ……あなたはまだ父のことをあの人と……」
当たり前だ。どうしてあの人を父さんなんて呼べるのか気がしれない。僕は恥ずかしくて言えないよ。英雄になり損ねた凡人なんて滑稽でしかない。英雄を夢見るのは悪いことじゃない。だけど、夢を追って敗れたら笑いものでしかない。
「それはもういいじゃないか……。すまないが僕は寝させてもらうよ」
僕は勇者だ。この時点であの人よりも英雄に近い位置にいる。実力もないくせに英雄を夢見て、僕たちを置いて……。ちっ、旅立ちの前にいらないことを思い出してしまった。ここで暮らす最後の日だけど、今日はもう寝よう。今はあの人のことなんて考えている場合じゃない。ようやく僕の叙事詩が始まるんだ。しかも、叙事詩には欠かせないライバルまでできた。
ねえアルゴ。僕はもちろん、君もきっと旅に出るだろう。そして、旅の中でいろいろな経験を積むだろう。そしたら、僕はいったい、君はいったい、どうなるんだろうね。何かの拍子に考えが変わってしまったりするのかな。でも、それじゃあつまらないよね。僕たちには目標は違えど揺るがない意志がある。きっと僕たちは交じわらないよ。人間と魔の英詩がぶつかり合うように、きっと僕たちも何度もぶつかり合う。だからアルゴ、そのときこそ僕が君を殺してあげる。一度目じゃだめなら二度目、二度目がだめなら三度目。いつか僕がアルゴを超える。僕はそれが楽しみで仕方ないんだ。
Episode7 旅立ちの時
「師匠。俺たちは第二の人生へ旅立つことにした。師匠の教えである善と悪の見極めを、今から長い時間をかけて見つけていこうと思う」
師匠の墓の前で手を合わせながら拝む二人。そして、二人は毎回のように、師匠が亡くなってからの自分たちの生い立ちを語る。これは毎回行っているもので、墓参りをするたびに語りは長くなる。これをやりだしたころは数分もすれば終わっていたが、今では数時間以上の時間を要する。しかし、二人はそれを一度もめんどくさそうにおこなったことはない。二人にとって、これほど素晴らしい平凡な時間はないと感じるほどである。
長い語りを終え、また師匠の墓に水をかけ、拝む。
「当分、師匠の墓参りができなくなるのは寂しいな」
悲しげな瞳でそう語るアルゴ。
「大丈夫だって、お前の分も精一杯やるよ」
なだめるフーレン。これはいつものことであるが、師匠の墓参りに来ると互いの口数が極端に少なくなる。師匠の墓に来ると、余計に師匠のことを思い出してしまうのだ。
「それにしてもあれからもう何年たったんだろうな。俺たちも大きくなったもんだよな」
ふと、思い出したかのようにフーレンがアルゴに話しかける。
「……。十二年と二十日だ」
重々しくアルゴが答える。これにはフーレンも失言したと気づきうつむく。
「すまん……」
「いや、謝ることではない」
また沈黙が続く。そして、またフーレンが口を開く。
「そういえばよ、成長したといえば本当に成長したよな。俺、まさかあの腐った王を前にして暗殺に動かないとは思わなかったよ。俺自身びっくりした」
「むやみな殺生は何も生まない。これも教えのたまものだろう」
「いや、だってよぉ。正直、むやみでもなんでもないぜ……だって……」
何気なく語ろうとしたフーレンだが、ハッと我に返り言葉を止めた。自分は一体何を掘り返そうとしているんだろう。悲しみと怒りが混ざり合う瞳のアルゴを見て、フーレンは大きく後悔した。
「……。正直に言うと俺も驚いたさ。フーレン、きっと俺たちにはまだ迷いがあるんだ。復讐に酔って殺してしまうのはきっと簡単だろう。だが、それでは俺たちもあの腐った王と何も変わらなくなる。もし、あの腐った王を殺すときがくるとすれば、俺たちが何かを見極めたときだ。おそらくまだ、そのときではないのだろう……」
「そのとき……か」
そうつぶやくと、遠い目をしながら空を見るフーレン。何かを思い出しているのであろうか。
「帰ってこいよ……。お前まで死んじまったなんてなったら、俺はもう耐えられねえ。だから帰ってこいよ。そんでまた、いつか一緒に報告しよう。俺も師匠も、お前の旅で見つけた見極めってやつを楽しみに待ってるよ。そりゃ、俺は俺で何か報告できることを見つけるけどな」
そう言うと、アルゴの方を向いて、アルゴに手を差し出すフーレン。これぞ、友情の握手というものなのだろう。この握手には、『勇者祭』の試合前に行う儀式的な握手では到底およばないほどの重みがつまっている。
「あぁ。お前を残して死ねるほど俺は薄情ではない。『約束』だ」
そんなフーレンに対し、きっとこれはフーレンにしか見せないのであろう。そんな勇ましい表情で手を握り返すアルゴ。この表情だけで、フーレンのことをどれだけ大事に思っているかがわかるというものだ。
そしてアルゴは旅立った。自らの考えを見極めるために魔を知る旅にでた。
――どうしてみんな魔を悪と決めつけるのだろう、俺たちは魔のことを何も知らないのに。どうして魔を裁けるのだろう、攻撃を仕掛けたのは人間なのに。ヴィレイははっきりと魔を悪だと断言した。だが、あいつにはあいつなりの考えがあり、ぶれずに動いている。きっとヴィレイは見極めているのだな。だからあれだけはっきりと動ける。俺も見極めなければならない、それでようやく対等に意見を言える。だが、見極めたとして、きっと俺とヴィレイは交わらない。そのときは……戦うしかないのか――
すべては叙事詩に残る英雄となるために。人間を代表し、魔を、いや、魔王を裁く勇者ヴィレイ。魔のことをもっと知るべき。そして、魔のことを知った上で、争いではなく共存できる道が生まれることを信じる。人間からすれば「道」から外れたはみだし者である反勇者アルゴ。そんな交わろうにも交わることのない二人の旅が、今始まった。




