頂点の先に
これは賭けだった。もしかすると暴動なんて起こっちまうかもしんねえ。でも、俺はアルゴに賭けてみたかった。
俺じゃあ賭けの盤上にも立つことはできねえ。それはアルゴとヴィレイの戦いを見て、よりいっそう感じた。だけどよアルゴ。お前は頂点に立ってもまだ戦わなくちゃならねえんだよな。よく考えたら結構むちゃな話をしちまったよ。でも、なんかお前ならって気になっちまうんだよな。でも大丈夫。やばくなったらどんなことになろうとも俺はお前を助けに行くから。
とりあえずお疲れさまだぜアルゴ。これが終わったらとりあえず師匠に報告だな。きっと怒られちまうぜ俺たち。まぁ、それも慣れっこだよな。
「さすがアルゴ、相変わらず底なしの強さだ。そりゃそうだよな、だってお前の強さは師匠のお墨付きだったもんな……。いや、それは関係ねえや。俺はお前なら大丈夫だと思ってたよ」
Episode5 反勇者
『勇者祭』に優勝し、勇者の称号を手にしたアルゴ。いや、今から手にしようとする、まさにその瞬間である。出場者と観客、さらには世界の偉い者も集まり、盛大に授与するようだ。
さらに驚くことに、その称号の言葉は王が自ら言い渡すようで、ヤジも歓声もあげられる雰囲気ではなかった。いろいろと偉い者の賛辞の言葉などが響く会場。そんな言葉をアルゴは黙って聞いている。だが、いよいよ王がアルゴに『勇者』の称号を言い渡さんとするとき。そんなときに異変は起こった。
「では偉大なる実力者であるアルゴよ。貴殿は『勇者』となり、人間のために魔を滅ぼす英雄となることを、この王に誓うか?」
王がアルゴに告げる最後の言葉。この言葉に対し、アルゴはいつものニヤッとした表情を浮かべる。
「誓わない。こんな馬鹿げた称号は俺には必要ないのでな」
これにはさすがに会場も大きくざわつく。偉い者たちも動揺を隠せない様子だ。
「……。もう一度聞くぞアルゴよ。貴殿は『勇者』となり、人間のために魔を滅ぼす英雄となることを、この王に誓うか……?」
さすがは人間を束ねる王といったところであろうか。同じ偉い者でも器の大きさが違うのか、冷静に現状を把握し、それを踏まえたうえでアルゴに聞きなおす。
「ならば俺ももう一度言おう。こんなふざけた称号のために誓う気など俺にはない」
おうむ返しのように王に対し返答するアルゴ。これには王も怒りを隠せない。
「これはいったいどういうことかな? 貴殿はこの王を馬鹿にしたいということか?」
「別に俺はあんたを馬鹿にする気などはないさ。ただ『勇者』という称号がいらないと言っているだけだ」
「ほぅ……。どうして貴殿は『勇者』が不服と申すのかな?」
王は怒る気持ちを抑える。まずは、なぜ『勇者』が不服なのかを聞き、様子見をすることにした。これで変な理屈だったら喝を入れ、アルゴを更生させることで、王としての威厳をさらに高めようと考えているのだ。
そんな王の考えに対し、アルゴはその言葉を待っていましたと言わんばかりに語り始める。
「なら存分に意見を言わせてもらおう。そもそもだ。なぜ魔が悪で人間が正義だといえる? 歴史上、まず攻撃を仕掛けたのは人間だ。その復讐をされ、人間と魔は争っている」
淡々とそう語るアルゴ。だが、いきなり雰囲気が変わる。アルゴに似つかわしくない、熱のこもった声色で語り始めたのだ。
「お前らは、なぜだれも魔に歩み寄ろうとしなかった? お前らは力におびえ、愚かな行動をしたんだ。なのに、なぜそのような愚かな行為を正義にしたがる。勇者なんてその骨頂だろう。お前らはただ、正義の罪を『勇者』という形で神格化したいにすぎん。今の俺たちに正義だの悪だの能書きを垂れることなどできない。俺たちは魔のことを知らな過ぎるんだ」
会場が凍りつく。会場のだれもがアルゴの言ったことを理解することはできなかった。それもそのはず。この世界の人間は、魔は悪として徹底的に教育されてきている。それを否定されても理解を示すはずがない。
この反応に対し、王はまた余裕を取り戻したように笑みを浮かべる。
「どうだねアルゴよ。これが人間総意の意見だよ。貴殿の意見は、ひねくれた反抗にすぎないということが……」
「どけ雑魚ども!!」
王が話している言葉にかぶせて、会場側から大きな声が聞こえる。せっかく気持ちよく論そうと思っていたところを邪魔された王は、不機嫌そうな顔をしながら声を上げた場所を向く。すると、会場の人間をかきわけてこちらに向かってくる一人の男の姿があった。
「アルゴ。君がそんな馬鹿げた夢物語を語る人間だとは思わなかったよ。俺たちは魔のことを知らな過ぎる? 当たり前だろう、俺たちは人間なんだ。人間なんて人間のことすらよく知らない。魔だって俺たちのことなんかよく知りはしないさ。だから争うんだよ。人間は人間の英詩を掲げることしかできない。魔だって魔の英詩を掲げることしかできない。英詩をぶつけ合い争いが起こる。そんな人間の英詩の代表が『勇者』だ。魔の英詩の代表が『魔王』だ。勇者の英詩は人間の英詩。人間が魔を滅ぼすことを正義としたならば、人間にとって魔は悪。そんな当たり前の話を、堂々と馬鹿げた夢物語で返してくるなんてがっかりだ。アルゴ、君に勇者は不十分だ。さぁ、第二ラウンドといこう。今度は躊躇なくお前を殺す!」
長々と大声を上げて叫びながら、人々をかきわけ進むヴィレイ。峰打ちで打たれた打撲は痛むが、そんなことを気にしていられるほどヴィレイの心は冷静ではなかった。自分を倒した男は、こんな夢物語を語る馬鹿な男だったのか。そんな残念な心境がヴィレイの体を突き動かす。
そして、アルゴの間合いへ入ると同時に、素早くアルゴに斬りかかった。しかし……。
「お前の言いたいことはよーく分かるがよ。いつ俺たちがそれを確かめたんだよ? 確かめもしてねえうちに夢物語だと決めつけるお前の方が、俺には夢物語に聞こえるぜ」
ヴィレイが放った怒りの剣は、残念ながらアルゴに届くことはなかった。その剣を止めたのは……。
「やっぱこうなっちまうよな。アルゴ、助太刀に来たぜ」
ヴィレイの剣を止めたのはフーレン。この状況にヴィレイが驚く。
「アルゴ以外が僕の剣を止めた? それも小剣だと……。それに、いくら周りが見えていなかったといえ、この僕が気配を感じなかった。お前はいったい何者だ?」
何者だ? と聞いたヴィレイであるが、片隅の記憶の中に一滴の見覚えを感じた。その一滴をすくってよく考えてみる。そうすると自ずと答えが導かれた。
「何者? いや、見覚えがある。確かお前は、アルゴの付添いの猿顔!」
「猿顔は余計だぞ青髪色男。まず、気配に関してはお前の気配りミスだ。俺がすげえわけじゃねえ。だがよ、小剣を馬鹿にすんじゃねえ。小剣は小せえけど使い方によっては剣にも負けねえ強度を持つ。それに、小剣は存分に小回りが利くんだ」
ヴィレイをにらみ付けながらそう言うフーレン。いつもの穏やかな表情はそこにはない。
「くっ……。まぁいい、そこをどけば見逃してやるぞ猿顔。邪魔をするなら斬るまでさ」
「やめとけ色男。打撲を負った傷持ちのお前となら、俺だって遅れを取る気はねえよ。それに、別にこんな争いがしたくて起こした騒ぎじゃねえ。ただ、気付いてほしかったんだ。『勇者』なんて都合のいい十字架背負って魔を裁くなんて、心の底からくだらねえじゃねえかってな」
もともとは、ただ単に腐った王のもくろみをぶっつぶそうという計画だったのだが、こんな状況になってそんなことは言えないフーレン。なので、とっさに場の流れと話の流れをくみとり、もっともらしい理由をつけた。猿顔という欠点を除けば、空気が読めて器用と、けっこうできる男である。
これに対し、ヴィレイはひとつため息をつき、剣をおさめる。
「もういい。君たちにはあきれたよ。それはしょせん十字架を背負うことをくだらないと考える人間の勝手なエゴだ。それを好んで背負う人もいるということを忘れてはいけない。でも、君たちのおかげでひとつ……」
ヴィレイが言葉を言い終える前に、我慢の限界に達した男が一人。声を荒げて叫んだ。
「貴様らはだれの前で、だれを無視して話を進めておる! わしは人間を統べる王、グラン王であるぞ!!」
自分の存在をアピールするために大きく声を上げるグラン。そんなグランに対して、真っ先に対応したのはヴィレイ。グランは王。つまり、人間の頂点にいるはず。しかし、そんなグランを汚物を見るような眼で見つめながら言葉を返す。
「今から王であるあなたに話しかけようと思っていたところなんですよ。それでその内容なんですがね。どうやらアルゴは『勇者』を辞退する意向のようです。だから、その『勇者』の称号を僕にください。というより、勝手に名乗ります。今思えばバカバカしい話でした。どうして他人からもらう称号で満足しようと思ってたんだろうって。僕は『勇者』なんて称号をもらわなくても実力で勇者になる。勇者が称号である必要なんてないんです。実力で魔を裁き、自らの力で勇者になる。まぁ、ネーミングだけは気に入ったんでいただいておきますよ」
これには、グランもアルゴもフーレンも、だれも言い返すことはできなかった。そんな状況が気に入ったのか、ヴィレイはさらに話し続ける。
「アルゴ、ついでに猿顔。今日から僕と君たちはライバルだ。僕は勇者として魔を裁く。魔が実はいい種族だったなんて関係ない。無慈悲に裁くよ。君たちはそれが間違っていると言うんだろ? でも、君たちはまだはっきりとした答えを手にしていない。だから、はっきりとした答えを手に入れたのちに僕を止めてみろ。反勇者として、勇者である僕をね」
自信満々にそう言ったヴィレイ。クルッと体の向きを変え、三人に背を向ける。
「そうと決まれば時間がもったいない、僕はもう行くよ」
そう言い、その場から立ち去ろうとするヴィレイ。しかし、何か言い忘れたことがあったかのように、また三人の方を向き、グランに目を合わせる。
「おっと、言い忘れていました。王よ、必ずやこの勇者ヴィレイが魔王を裁いてきます。その日まで、のどかなパラダイスライフを過ごしながらお待ちください」
そう言うと、ヴィレイは本当にその場から去ってしまった。こうなってしまっては『勇者祭』はむちゃくちゃ。アルゴとフーレンも、これ以上居座ってもどうにもならない。そう判断して、ヴィレイの後に続くようにその場を去った。『勇者祭』に残ったのは会場のあぜんとした顔と、グランの怒りに満ちた表情のみ。
『勇者祭』はむちゃくちゃに終わった。だが、とうの目標である、魔を裁く代表の勇者はちゃんと生まれた。だからこそグランは言い返さなかった。そう、目的は達成されたのだから。
訂正。Episode2にて、ヴィレイは過去に倍ほどの大きさのある魔を斬り殺したと書きましたが、倍はよく考えたら言い過ぎました。ですので、人間よりも大きなという表現に訂正させていただきます。




