友情から生まれる苦渋の選択
「これはまた好都合なものだ。あなたの傷を見ればよく分かる。どれほど壮絶な死闘だったかね」
本当に運がいい。これほど私たちが思い描くように戦局が進んでいるとは。それほど期待はしていなかったが、お供を連れてきていてよかった。まぁ、お供といってもここでお別れですけど。
「勇者様を丁重に城へ運びなさい。あなたは何も知る必要はない。ただ、グラン王に勇者様を差し出せばそれでいい」
「はっ!」
これで人間の成長は大きく近づいた。勇者様は本当によくやってくれました。われわれ人間のために血を流して瀕死になって、そしてまた血を流す。ご苦労なことだ。私たちが到底やりたくない汚れ役を喜んで引き受けてくれたあなたは紛れもない勇者ですよ。心から感服します。アハッ。汚れ役か、本当に勇者にピッタリな言葉だ。そして、これほどまでに汚れ役を演じてくれた。でも……私は自分に不都合なことが許せない。さて、どうしたものか。
「気付いてますよ。私はバカじゃない。しかし、不思議だ。なぜあなたがここにいる?」
「……」
「そんな眼をしても何もさせませんよ。それに、あなたはもう終わっているはず。どういう原理かは知りませんが、お引き取り願いましょうか」
「……」
引いた……。まさかこんなにあっさり引いてくれるとは。これは何の幸運なんでしょうか。あそこで戦闘になっていれば私も焦っていましたよ。戦って負けるつもりはないが、私はここで力を使うわけにはいかない。
気になりますが今はいいでしょう。今回の私の仕事はただひとつ。残り者の排除。これほど簡単な仕事はない。
Episode25 決断
ヴィレイとの戦いが終わったことにより、『ポルッカ山』の頂上に静寂が流れる。アルゴもミクスも、ラヴィに対して何も言うことができなかった。対して、ラヴィも二人に何を言うこともなかった。ただ、静かな空間が広がる。
そんな静寂の中、それぞれが物思いにふける。アルゴもミクスもラヴィも、みんな大切な家族を失ったことがある。だからこそ物思いにふけることができることもある。それはすべて、自分の不注意だったり力がなかったり……だれかが君のせいじゃないよと言ってくれたとしても、三人はその言葉に体を委ねることはできないだろう。
そんな思いが交差する中、小さな声が場を埋め尽くす。
「よかったんよ。きっと、殺さんでよかったんよ。偽善かもしれんけど、きっとよかったんよ……」
「……」
その言葉に返事をする者はいなかった。しかし、ミクスは言葉を続ける。
「うちやって、家族を奪った獅子王を許せん。うちに獅子王を殺せる力があれば殺してまうやろな。けど、あんたは踏みとどまった。それはあんたが強く家族を思うとるからできたんや」
ミクスの言葉はラヴィに強く響いた。まだまだ少女と呼べる年齢の女性が、必死に考えて考え抜いた励ましというだけで少しは楽になれた。ただ、それ以上に気になることがラヴィの中で生まれた。
「獅子王が、嬢ちゃんの家族を奪ったってのかい……?」
ラヴィが驚くのも無理はない。ラヴィにとって、獅子王はアルゴ以上に優しい男だと認識しているからだ。
「そうやで。うちの家族はあいつに奪われたんや。あんたと獅子王の関係は分からんけど、うちはあいつを許さへん。アルゴだってあいつにやられたんやで」
「……本当かアルゴ?」
「あぁ。俺の力及ばずな」
その事実にラヴィは驚きを隠せない様子。今は、ヴィレイの問題よりも、この獅子王の問題に意識が傾きかけている。
ラヴィにとって獅子王は親友のようなものだった。魔族の中でも変わり者と呼ばれていたラヴィと獅子王。魔族なのに人間との争いを、いや、争いを嫌い、他の魔族にはない信念というものを抱いていた。当然、獅子王のすべてを知っているわけではない。だが、無意味に人間を、生物を襲うような魔族ではないことをラヴィは知っていた。
獅子王が魔王の側近となり、離ればなれとなった。でも、それでも連絡は取り合っていたし、アルゴのことを話したときも、獅子王はうれしそうだった。そんな獅子王が、自らの意思で家族を奪い、アルゴを襲うなんて、ラヴィには信じることができなかった……。
「そう……か。あいつがなぁ。すまねえ。一緒になって怒ってやりてえとこだが、俺はあいつを信用しちまってる。何か理由がねえのかと考えちまう」
「理由か。不自然な点といえば、俺を殺さなかったことだな。いつでも俺を殺すチャンスがあったというのに……」
考え込む二人。しかし、そこに怒りと悲しみを帯びた顔で、ミクスが言葉をつぶやく。
「理由なんて分からへんよ。けど、獅子王は家族を奪った。理由があるにせよないにせよ、うちにとっては獅子王は許せん存在や」
その言葉に、また二人の言葉は止まる。
「そうだな。すまねえ」
そんなミクスに対し、ラヴィはそんな言葉しか言ってあげることが出来なかった。
その後、しばらく静かになり時間が流れる。こんな状態に、このままではいけないと感じたアルゴは言葉を発する。
「ラヴィ。ここに居てもいいのか? ここに来るまでにラビット族に一体も会わなかった。どこかに避難しているんじゃないのか?」
「そうだ。あいつらは危険が去るまで別の場所に居るように言ってある。そろそろか……ちょっと待ってろ」
そう言うと、ラヴィは重い腰を上げ、どこに置いてあったのか、ペンと紙を持ち何かを書く。そして、その紙をアルゴに手渡した。
「これは?」
急に何かを書いた紙を渡され、不思議そうにするアルゴ。どうやら魔族の文字らしく、アルゴには読めないので状況も把握できないのだ。
そんなアルゴに対し、ラヴィは重苦しく口を開く。
「そいつは魔王のとこへの招待状だ。俺は誇り高きラビット族。魔族でも顔がきく方だから大丈夫だ。そしてこいつだ」
何か言葉を発しようとしたアルゴを無視して、ラヴィは何やら目的地を示す地図を二枚ミクスに手渡す。
「嬢ちゃんなら読み方が分かるんじゃねえか?」
ラヴィには確信があった。ミクスは混血。つまり、魔族の文化も多少は知っていてもおかしくない。そして、その読みは当たる。
ミクスにとって懐かしい地図であった。魔族である母が、よくこういう地図を使っていたのを覚えている。物分かりの悪い父は最後まで使い方が分からなかったようだが、要領の良いミクスは、自然と地図の見方が分かっていた。
「うん。分かるよ。でも、急にどないしたん?」
何かを勘付いたかのようにラヴィに質問するミクス。
それに対し、ラヴィは苦笑いで言葉を返す。
「嬢ちゃんには敵わねえなぁ。アルゴと嬢ちゃん。着いてきな」
ラヴィが向かった先は、頂上のさらに先。落ちれば死亡確定であろう崖であった。
こんなところに連れてきてどうするのかと二人は尋ねる。それに対し、ラヴィは悲しそうな顔で答える。
「この崖のちょっと下を見てみろ」
ラヴィが指をさした先、それは頂上から見える広大な風景の真下、広大な地面にひっそりとたたずむ坂であった。
「アルゴ。おめえの身体能力ならあの坂に降りられるはずだ。おめえらは今すぐあそこから逃げろ」
意図の読めないラヴィの言葉。
「どういうことだラヴィ?」
思わず疑問を抱き、尋ねてしまうアルゴ。
「まだ、終わってねえ。争いは、まだ終わってねえんだ」
「……まだ敵がいるのか?」
「そういうことだ。だから逃げろ」
その言葉に、アルゴは首を横に振る。
「逃げられるはずがないだろう。次の敵は俺が戦おう。ボロボロのラヴィを置いて行けるほど俺は賢くないのでな」
「そうや。そんな悲しいこと言わんどいてえな。ラヴィはアルゴの友達なんやろ? せやったらもっと頼ってええと思うんよ」
逃げられないという二人の言葉。そんな二人の言葉はラヴィにとってうれしかった。しかし、それ以上に悲しい言葉でもあった。
「駄目だ。俺の野生の勘をなめてもらっちゃ困る。俺だっておめえらと一緒に戦いてえ。だけど、それ以上に俺はおめえらを危険な目に合わせたくはねえんだ」
そんなラヴィの悲しみを帯びた言葉。しかし、それでもアルゴとミクスは納得ができない。
しかし、次のラヴィの言葉。心の底からの叫びであろうその言葉に、アルゴもミクスも揺るがざるを得なかった。
――逃げてくれ、頼むわ。俺はもう……俺はもうこれ以上、大切なもんを失いたくねえんだ――
その言葉は、アルゴとミクスの心を揺るがすのに十分であった。きっと、これから先に来る敵は恐ろしいほどに強大なのだろう。それも伝わった。
ラヴィと一緒に逃げようとも考えた。しかし、心が揺らいでいる今、思考はとても働く。一緒に逃げれば家族が危険にさらされる。それも分かった上での選択なのだろう。そして、もしも自分が動けなくなったときに、残った家族を頼む。そう、託された気がした。
「……。ラヴィ。お前の気持ちは俺も同じだ。生きて……生きてお前が家族を守ってやれ」
「少しの間。その間、家族を頼むわ」
「あぁ。お前の家族とともに、俺は待とう」
「……。早く行け。おめえらが居ることが見つかっちまえばえれえことだ」
その会話には、口数以上の思いが交差していた。両者、涙は流さない。希望ある限り、涙は流してはいけない。
アルゴはミクスを抱え、崖から飛び降り、坂へ着地した。さすがの身体能力といったところだろう。どうやら、この坂はラビット族の緊急避難通路みたいなものなのだろう。その坂は長い長い坂で、山のどこかへつながっているらしい。アルゴとミクスはそこを進むしかない。進むしかないのだ……。




