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英雄に憧れ明日を見る

毎週火曜日更新に変更します。

 この世界には英雄が必要なのだろうか。僕が狩ってきた魔の中には、強敵と呼ばれるような魔もたくさんいたのだろう。でも、それはこの世界にとっての強敵であって、僕にとっての強敵ではない。

 ねえ、本当に僕の行く先は叙事詩となるのかい? 今、僕が紡いでいる歴史は叙事詩になると信じている。僕は正義の『勇者』として活躍し、悪である『魔王』を倒して僕の叙事詩は完結する。でも、このままじゃ何を叙事詩に残せばいいんだ。もし、魔王が予想以上に弱かったら……僕は叙事詩に残ることができない。『正義』と『悪』。この運命に導かれたような関係は、力が拮抗してこそ成立する。なのに、もしも僕が強すぎたとしたら……僕は僕を恨むよ。

「ガルルル」

 弱すぎるんだ。君たちのような弱い魔じゃ意味がないんだよ。どれだけ斬っても僕にとっての糧にならない。どれだけ斬られても、君たちにとって意味のある死にはならない。なのに、なぜ立ち向かってくる。

『強い英雄に憧れるのは分かる。でも、強いだけじゃ英雄にはなれねえんだぜ?』

「……!?」

 ふざけるな。なぜこんなときにあの人の言葉が頭をよぎる。僕はあの人の言葉なんて信じるつもりはない。強いだけじゃ英雄になれない? 強くなくちゃ英雄にもなれないじゃないか。自分が弱いことをそんな風に言い訳して……ふざけるな。

『英雄ってのは迷いの果てよ。その迷いの果ては見限っていてはつかめねえ。迷う前に見限っていては迷いすら見ることができねえ。だからよ母ちゃん。時がくるまでヴィレイのこと頼んだわ』

「黙れえぇ!!」

 なぜだ。なぜあの人の言葉が頭をよぎる。意味の分からないことをペラペラとしゃべりやがって。結局は僕と母さんを捨てる口実じゃないか。結局お前は英雄になれずに死んだんだ。そこの弱い魔のように、何の意味もなく死んだんだよ。

 僕は絶対にそうはならない。僕はまだ死なない。叙事詩に残るような英雄になるまでは死なない。

 僕が強すぎたのだとしても、魔王がそれ以上に強いことに期待しよう。それに、僕にはライバルもいる。彼は……アルゴはきっと僕の叙事詩の最後を飾ってくれるだろう。


 ――魔王だけじゃない、僕にはライバルがいる。勇者の始まりを務めるはずだった。ただの踏み台のはずだった。でも今は、僕の歴史の最後を務める予定の、ライバルがいる――


             VirreyEpisode 英雄


 僕は英雄に憧れていた。だって、僕の父さんはすごくかっこいいんだ。とっても強くて頼りがいがあって……。僕にとって、一番身近な英雄だ。

「よっしゃ! 遠慮なくこい」

「うん!」

 父さんは、いつもこうやって僕に稽古をつけてくれる。僕はそんな時間が大好きだ。

 もっと父さんと一緒に居たいと思うよ。でも、父さんは事情があって、僕に稽古をつける時にしかここに居られないらしい。きっと、僕の見えないところで魔を裁いているんだな。いつか僕も父さんのように強くなって、父さんのようなかっこいい英雄になるんだ。

「やぁ!」

「甘いぜ」

「とぅ!」

「まだまだ」

 毎日のように続く稽古。そして、稽古の終わりには、絶対と言っていいほど父さんが僕に語りかけてくる。

「ヴィレイ。お前は剣を振るとき、いつも何を見てる」

「えっ、剣を振るときは相手を見てるでしょ。じゃなきゃやられちゃうよ」

「そうだな。確かにそれも大事だ。だが、もっと大事なことがあるんだ。分かるか?」

「……分からない」

 剣を振るときにいつも何を見ているか。そんなの相手を見ることに決まってるじゃないか。たまに父さんは意味の分からないことを僕に言ってくる。でも、父さんのことだから何か意味のあることなのだろう。僕がそれを理解していないだけなんだ。たまにそれが悲しく思える。

「そりゃそうか。俺は、いつも明日を見て剣を振ってる」

「明日を見る?」

「そうだ。明日を見るんだ。無意味に剣なんて振っちゃいけねえ。英雄にまず必要なのは、武を振りかざすときは明日を生かすためと知ることからだ。じゃないと心が迷走してしまう。って、ちょっと難しかったか」

「うん……」

 本当に、たまに意味の分からないことを父さんは言う。子どもの僕にはまだ理解できないことなのだろう。でも、僕はもっと簡単なことだと思うな。英雄に必要なのは人から憧れられる強さだ。それがないと何も意味がない。こんなことを言うと父さんに怒られるから言わないけど、僕はそう思う。


「強くなったなぁヴィレイは。この調子だと俺を超えるんじゃないか」

「そんな、父さんにはまだまだおよばないよ」

 父さんのおかげで、どんどん強くなっているのを感じる。このまま僕が父さんを超えられたら、僕はきっと英雄に近づく。そのときは、ものすごい喜びを感じることができるんだろうな。

「さて、ヴィレイ。お前にとって英雄とはなんだ」

 またいつもの語りが始まった。いったい父さんはどれだけネタがあるんだ。小さいころから毎日のように語りかけられている。でも、それだけ僕を気にかけてくれているということなのだろう。そう考えればちょっとうれしいかな。

「英雄とは叙事詩に残ることだよ。そしてそのためには何が必要か。強さだね」

「お前は相変わらず叙事詩が好きだな。俺はそんなものは読まないから分からないが、叙事詩に出る英雄はみんな強いのか?」

「当たり前だよ。強くなくちゃ勝てない相手と戦ってるんだ」

「そうか……。でもよ」

「強い英雄に憧れるのは分かる。でも、強いだけじゃ英雄にはなれねえんだぜ?」

「……。それは、さすがの父さんの意見でも賛成できないな」

「そうか。まぁ、お前がそう言うなら仕方ねえな」

 父さんには、なんというか英雄になろうという心意気みたいなものが感じられないな。強さがなくちゃ英雄になれない。そんなこと当たり前のはずなのに、父さんは当たり前な要素を全部取っ払っている。果たしてこれで英雄になれるのかな。でも、父さんの強さは本物だ。もしかすると、強いから言える言葉なのかもしれないな。強いのは当たり前で、さらにその先の何かを見据えている……考えすぎかな。


「……そろそろか」

「何か言った父さん?」

「いや、なんでもねえ。そうだ。今日は大事な話がある」

「どうしたの?」

「いや、ここでは言えねえ。後で言うさ」

「後で言う? ということは、今日は家に帰ってくるのかい!?」

「あっ……あぁ。大事な話があるからな」

 父さんが家に帰ってくるなんて久しぶりのことだ。たまに家に帰ってきては母さんと話をしているけど、今回はそういう目的ではなさそうだね。

 なんだろう。父さんがここまで改まるなんて珍しい。きっと、とても大事な話なんだろうな。もしくは、考えすぎの肩透かしとかもありえるね。とりあえず、今日は早めに稽古を切り上げて家に帰ろう。気になって稽古に集中できないや。

「ヴィレイ」

「なんだい父さん?」

 なんだろう。いつになく父さんが真剣な顔をしている。

「英雄ってのは一握りの隙間もない。真に道を切り開いた者がなれるものだ。そして、その道は逃げだしたくなるほどつらい道だ。そんなつらい道を何度も何度も経験して、それでも英雄になれないなんてこともある。お前はそれでも英雄に憧れるか?」

 なんだろう。なんだか重みのある言葉だというのは分かる。けど、父さんは英雄の何を知っているというんだ。まるで英雄を経験したかのような言い草だなぁ。まぁ、それほど自信があるんだろうけど……。といっても、これほど真剣に問われたら下手な言葉は返せないな。だけど、言いたいこと言わないのも僕の理念に反する。ちょっと強気に出てみよう。

「僕はね、道を切り開くとかつらい道というのは正直分からない。というか、そういうのは好かないんだ。でもね、ひとつ言えることがある。僕は英雄になるよ。ただ憧れるだけじゃない、英雄になるんだ。僕は、そのためなら何が起こっても折れない自信がある」

「……。その言葉信じるぜ」

 その後、家へ帰るまで父さんは何もしゃべらなかった。いや、家へ帰っても言葉がない。なぜか、母さんも神妙な顔つきをしていた。

 こんな静かな食事は久しぶりだ。もしかして、父さんと母さんが喧嘩したのか? しかし、それを大事な話とするには軽すぎる。いよいよ分からなくなってきたな。

「いきなりですまねえが……俺は今日、完璧に家を出る。もう、お前に稽古もつけられねえ」

「……はっ? いきなりどうしたんだい?」

 いきなり何を言い出すかと思えばなんだこの人は……。意味が分からない。

「言葉の通りだ。俺は英雄になるために家を出る」

「いきなり何を言っていると言っているんだ!!」

「やめなさいヴィレイ!」

「母さんは黙ってろ。こいつが何を言っているのかあなたには分からないのか?」

 ふざけるな。そんな勝手が許されていいのか。確かに英雄は留まっていてはなれないだろう。だけど、父さんは母さんと結婚した。そして、僕を産んだんだ。その時点で、僕と母さんを捨てて旅に出るなんて許されるはずがない。いや、ゆくゆくはそうなるだろう。きっと僕もそのときがくる。しかし、なぜそんなことをいきなり言い出すんだ。普通はもっと、前もってとかしばらくしてとかあるだろう。なぜ、いきなり言い出すんだこの人は。

「ひとつ聞くよ父さん。今出ていくの? 今は告げるだけで、時間をかけて出ていくの?」

「今に決まってるだろうよ。じゃなきゃ今言わねえ」

「……。くそ野郎が!!」

「ヴィレイ!」

 ふざけるな。これは不器用なんかじゃない。ただの馬鹿の台詞だ。

「初めてお前に殴られたな。いてえもんだ」

「黙れ。こんなときに減らず口をたたくのはよせよ」

「減らず口ねえ。俺だって英雄に憧れているんだ。ここまで育ててやって感謝されてもいいくらいなんだぜ?」

「……表へ出ろ」

「はっ?」

「表へ出ろと言っているんだ。僕と戦え。その腐った心を斬ってやる」

 嘘だ。僕の父さんはこんな人じゃない。決して、「育ててやって」なんて言葉を使う人じゃあない。頭がどうかしてしまってるんだ。僕が元に戻してあげなきゃ。

「腐った心ねえ。いいぜ、最後の稽古をつけてやる」

「これは稽古じゃない。試合だよ」

「けっ、お前にはまだ早い」


 僕は止められなかった。まさか父さんがこれほど強いなんて……。僕はいったい父さんの何を見てきたのだろう。いや、父さんはいったい僕たちに何を見せてきたのだろうか。今となっては分からない。ただ、僕を倒したのは僕の中では父さんではないのかもしれない。気持ちというのはこんなに簡単に変わるのだろうか。思い出というのはこれほど簡単に崩れ去るものなのだろうか。もう、僕の中では父さんを父さんとは思えなくなってきている。

「気が済んだか? じゃあ、俺はもう行くわ」

 ちっ、ふざけるな。まだ行かせたくないな。最後に一言でいい。あの人を困らせてやる。

「父さ……いや、お前。ちょっと待て」

「あっ? どうした」

「そういえば昔、お前に聞かれたことがある言葉をそのまま返すよ。お前にとって英雄とはなんだ」

「……。英雄ってのは迷いの果てよ。その迷いの果ては見限っていてはつかめねえ。迷う前に見限っていては迷いすら見ることができねえ」

「……」

「だからよ母ちゃん。時がくるまでヴィレイのこと頼んだわ」

 ……。なんだ。なんだよこいつは。俺はこんなやつに憧れてたのか? いや、違うね。僕はこんなやつに憧れてなどいない。きっとこいつは英雄になんてなれない。どこかで野垂れ死ぬのが関の山だ。見てろよ。今はたしかにお前の方が強いのかもしれない。だけど、僕はもっと強くなる。そして、お前じゃない。僕が英雄になるんだ。それを、人生を賭けて証明してやるさ。


 それから少しして、僕はあの人が死んだということを耳にした。やっぱりね。僕の読みは当たっていた。あんな人が英雄になんてなれるはずがない。英雄になるのは僕だ。このヴィレイが英雄に相応しいんだ。

 見せてあげるよ。英雄に必要なのはまず強さだ。それを僕が証明して見せる。

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