野生の勘は予兆となりて
また火曜日になってしまった……。
「ちょっと遠くまで来すぎたかな……」
どうしよう、ちょっと暗くなってきちゃったな。そろそろ帰ろうかな。
「あ、あれは!」
なんだ。どこから奇妙な声がしたぞ。でも、なんて言ってるのか分からなかったな。他の種族の魔族に見つかったかな。
「こんな大きな魔は初めてだよ。これはもしかすると僕の名を上げるチャンスかもしれないね」
魔族……じゃない。人間だ、父さんの言ってた人間だ。父さんは言っていた。人間が僕らの居場所を奪いに来て、それを父さんたちが争って守っていたと。人間……人間のせいで父さんはあんなにいつも悲しんで……。許さない!
「シャアァァァ!」
「いきなり襲いかかってくるか。いいね。血気盛んな方が裁きがいがある!」
……。どうして生物は争うのだろう。どうして父さんは争いを嫌うのだろう。なのに、どうして父さんは争いを止められなかったのだろう。僕の頭の中はいつも謎でいっぱいだった。その謎を少しでも埋めるために、外の世界を知りたかった。だけど、分かるときは一瞬で分かるものなんだな。
「はぁ……はぁ……。強かった。僕が今まで戦った魔の中で一番だ。でも、僕はここに立っている。僕の英雄への道は、また閉ざされることはなかった」
生物にはみんな欲があり、その欲を満たすために争う。人間のように居場所を奪うという欲。僕たちのように居場所を守らなければならないという欲。そして、ここでもそれは同じ。彼は、僕みたいな大きな魔族を倒すことで得られる、『名声』が欲しいという欲。僕は、父さんを悲しませた人間が許せないという欲。そして僕のように敗れた方は、最後に伝えたいことを想うんだ……。
――父さん、母さん。あなた方よりも早く最後を迎えることになってしまったよ。同時に、僕の独りよがりな欲で、父さんと母さんを悲しませてしまうことになってしまった。最後の最後まで手のかかる息子で『ごめんね』――
Episode21 予兆
「どうしたのあんた。そんな悲しい顔は久しぶりだね」
ヴァニーが心配するほどの悲しい表情を浮かべていたラヴィ。
「すまねえ。ちょっとオビィのことを思い出していてな」
「そうかい……。忘れられるわけがないもんねえ。それも、オビィをだれよりもかわいがっていたあんただ。あたしも思い出して悲しくなる時があるけど、やっぱり吹っ切ることなんてできるわけがないね」
オビィのことを思い浮かべて、悲しい表情を浮かべるラヴィとヴァニー。オビィが亡くなって数年経った。それに、この思いに共感してくれるアルゴという人間にも出会った。だが、それであってもオビィの死が薄れることなどはない。ただ、罪悪感や憎しみ、後悔が増幅していくだけ。
それから数日の時が流れたある日、ラビット族を揺るがす出来事が起こる。それは、まずラヴィが感じた違和感から始まる。
(おかしい。なんだこの胸のざわつきは。俺の中の野生の勘が、ものすげえ何かを予兆してやがるのか?)
なんだか、一日中そわそわした感覚に襲われる。そんなラヴィに対し、ラビット族が心配そうに声をかけるも、ラヴィは「なんでもねえ」と追っ払う。これはそっとしておいた方がいいと判断し、少し距離を置く。
その日の夜。もう、ラビット族も寝静まったころだ。ラヴィの野生の勘が、脳に予兆を伝達する。
(とてつもねえのが来る……か)
ラヴィの予兆はとてつもない何かを予兆した。これは、何かが攻め入ってくるときに毎回起こることであり、アルゴの時も予兆はあった。
しかし、アルゴは魔族に敵意があるわけではない。なので、それほど危険視はしていなかったのだが、今回は違う。明らかに敵は戦意むき出しの予感。また、争いが起こる予感。
「起きろ! 起きろおめえら!」
予兆を感じたラヴィがラビット族を起こす。ラヴィが血相を変えて起こすということは予兆を感じたという証。もう慣れたことなので、いずれくるであろう争いへ向けて神経を研ぎ澄ます準備をする。
しかし、ラビット族の予想とは違う言葉がラヴィから発せられる。
「おめえら、山の脇にいい住処があるのは知ってるな? 今日からおめえらはあっちに住め」
まさかのラヴィの言葉。これにはラビット族を代表して、ヴァニーが反論する。
「何を言ってるんだい。争いが起こるんだろ? 今まで通りラビット族総出で力を合わせて争えばいいじゃないか。なんであたしたちが隠れなきゃならないんだい」
「これはなぁ、いつもの争いとは違うんだ。近いうちに恐ろしく強ええやつがここにくる。アルゴ。いや、それ以上のやつだろう。それも、血を好むやつだ。争いを好みやがるようなやつがきやがる」
いつものように熱い口調ではなく、淡々と状況を説明する。
事情はよくわかる。ラヴィは、ラビット族を傷つけたくないから自分だけで立ち向かおうというのだろう。それと同時に、この争いではラヴィ以外のラビット族は足手まといだという宣言でもある。
しかし、だからといって納得できる話ではない。
「あんたの言いたいことは分かるよ。でも、あたしたちは家族だ。それも、家族の長のあんたを置いて、のんびりと別の場所で住むなんてできないよ。いつものようにみんなで守ろうじゃないか。もし、それで命を落としても、家族のためだ。覚悟はできてる」
家族として、ラヴィを家族の長として見ているからこその覚悟。しかし、それでもラヴィは首を横に振る。
「簡単に覚悟だとか言ってくれるな。もしも覚悟を決めたというなら、覚悟を決めて俺の言うことを聞いてくれ。正直に言うと、この争いにおめえらは足手まといだ」
「あんた……どうして」
「相手は甘いやつじゃねえ。数で押し切れるような相手じゃあねえんだ。そいつはおめえらに殺意を向けて脅すだろう。人質でもなんでも、使えるものなら何でも使ってくるだろう。規格外に強えくせに非道。そんなやつが相手なんだ」
そう言うと、ひとつ深呼吸をしてまた言葉を発する。
「おめえらがそいつの手によって危機にさらされたとなりゃあ、俺はそいつを攻撃できる気がしねえよ。そいつからおめえらを助ける自信のねえ不甲斐ねえ俺は、きっと家族のために拳を下ろす」
「……」
ラヴィの言葉に、返す言葉がないラビット族。
「並の相手ならおめえらでも戦えた。でも、今回は別だ。大丈夫、俺がそう簡単にくたばるはずねえことを知ってるのは他でもねえおめえらだろうが」
もう、ラヴィに反対できるラビット族はいない。完璧に納得したとは言えない。しかし、反対はできない。そこに自分よがりの判断はないからだ。
ラヴィは、何よりもまず、自分たちラビット族のことを考えて決断したのだから。
次の日。ラビット族の大移動は始まった。だれもうれしそうな顔はしていない、悲しみと不安を帯びた大移動だ。争いの前はいつもこう。だれも喜びなどしない。そして、それは予兆を基に争いを待つラヴィも同じ。争いなどしたくない。しかし、争いを仕掛けてくる者がいる限り止めることはできない。
争わなければならないという運命は、何よりも冷たい。




