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家族を想いて

一日遅れました(+_+)

「う、産まれたんだな!!」

「妻子ともども元気にね。まさかあたしたちが親なんてねえ……。人生は分からないもんだね」

「そうだな。こんな俺みたいなやつにも、天というやつは見捨てねえでくれやがる。気が長いこった」

 親か。争いしか知らねえこの俺だ。こんないい妻がいて、子どもまで授かって……。いったいどうしちまったんだろうな。

「なんだか気難しい表情だねえ。いろいろ考えることもあるかもしれないけど、うれしいときは素直にうれしい表情をしなよ」

「分かってる」

 当たり前だ。こんなうれしいことはねえよ。だけど、正直不安だ。俺の手は人間の返り血で染まっちまってる。人間どもは俺の、いや、俺たちの居場所を奪いにきやがった。何度も何度も、懲りずに奪いにきやがった。そんな人間どもと争って、たくさん殺して、俺たちの居場所を守った。

 こんなことを言うとお前は、「自分たちの居場所を守っただけじゃないか、気に留めることはないよ」なんて言ってくれるかもしれねえ。実際にそうかもしれねえな。でも、何かを殺めるってことはそんな簡単に出来るもんじゃねえ。もしも、居場所を守るために攻めてきた相手を殺していいなんてのが正当化されているとしても、俺はそれを認めたくねえ。

 ……でも、俺はそれを繰り返して生きてきた。こんなことを考えちゃいるが、結局は居場所を守るために争い続けてきたんだ。だけど、俺の目の前には命を授かった我が子がいる。命を生んだ妻がいる。どういうことだろうな。どうして俺が幸せになれる。血でまみれた俺が、どうして幸せを感じられる……。

 なぁ天よ。俺の手は数えきれねえくれえの命を奪った手だ。そんな手で、生まれた命をすくえるか?

「なぁ、ちょっと抱いてもいいか?」

「当たり前だろう。この子はあたしの子でもあり、あんたの子でもあるんだ。抱いちゃだめなんてだれにも言わせやしないよ」

 いや、すまねえな。天がどうであれすくわせてもらうわ。俺の手は汚れてるかもしんねえ。でも、それを押し殺してでも俺は……生まれてきた我が子を抱きてえんだ。

「本当、俺が言えたことじゃねえかもしれねえが……可愛いな、自分の子どもってのは」


 ――すまねえな。こんな汚れた手で抱いちまって。でもよっ、自分勝手な話だが、俺はおめえを心の底から抱きたかったんだ。ほんと……命ってのは温けえな――


              RaviEpisode 親と子


 オビィが生まれて、もう何年経っただろうか。いつの間にか言葉を話し、俺たちの手を借りずとも歩くことができるようになった。

「オビィ。元気に遊ぶのはいいが、あまり遠出はするなよ。いつ命を落とすか分からねえからな」

「うん。分かってる」

 本当に分かってんのかこいつは。目を離すといつもこうだ。なぜかオビィは外の世界に憧れを持っている。外の世界なんて、血と欲望にしかまみれちゃいねえっていうのにな。俺の小せえときとは大違いだなまったく。

 まっ、視野が広いってのはいいことかもしれねえけどな。しかし、だからといって行かせるわけにはいかねえ。いかんせんまだ幼すぎる。外に出たら人間どもに狩られてしまうだろう。そんなことは、この俺の目が黒いうちはさせねえ。

「そんで、今日はどこに行くんだ?」

「ちょっとね。いい岩場を見つけたんだ」

「ほぅ。そこで何を?」

「いろいろさ。大丈夫、夕飯までには戻るよ。あっ、ちょっとこの容器借りていい?」

「おう、いいぞ。気を付けて行って来い」

「うん。行ってきます」

 それにしても、最近は本当にいろいろなことに興味持ちだしやがったな。岩場なんて行って何が楽しいのやら……。って、俺も一時期はそうだったな。ちょっとしたことが大発見だった。見たことない風景が広がると、なんか未知の世界みたいでよぉ、ワクワクしたもんだ。結局は同じ山なんだけどな。

 いつからなんだろうな、どんなことにも興味が薄れていったのは。今じゃもう、なかなかワクワクなんてできねえ。時が過ぎれば過ぎるほど、体が、心が汚れていっちまう。でも、それが普通なんだろうな。今のオビィを見てたら心底そう思う。

 きっと生物とは例外なくそういうものなのだろう。どれだけ気難しかったとしても、小せえころにはきれいな体も心もあった。大きくなっても、ふとしたきっかけでワクワクできた。その思い出があれば、きっと十分すぎるくれえに贅沢なんだろう。

「あんた、オビィはどうしたんだい?」

「出かけた。いい岩場を見つけたんだとよ」

「あの子はあんたに似ずに好奇心旺盛だねえ。いや、あんたにもオビィみたいな時期あったねえ。オビィよりもずっと大きかったけど」

「うっせえ。それにしてもなんでおめえがそんなことを……って、そうか、俺たちゃ腐れ縁だもんな。俺のこともよく知ってるか」

「当たり前じゃないか。相変わらず変な人だね」

「うっせえ……。まっ、確かに昔の俺と比べると正に逆かもしれねえな。でもよっ、オビィには俺のように血にまみれて欲しくはないな。身を守るために戦闘は教えてるが、できれば使ってほしくねえ」

「確かにあたしたちは血にまみれて生きてきた。だけど、それはすべて生きるためじゃないか。あたしはちゃんと知ってるよ。あんたが好き好んで何かを殺めたことはない。相手が人間だとしても、あんたは命を奪うときにうれしそうな顔なんてしたことなかった。あたしは知ってる」

「……。そうかもしれねえ。確かにそうかもしれねえけど、命を奪ってきた事実は変わらねえ。どんな正当な理由があろうと、それに背いて生きていくなんて俺にはできねえんだよ」

「あんた……」

 確かにそうだ。俺は間違ったことなんてしてねえ。人間が俺たちの居場所を奪いに来るから、俺たちはそれに対して、居場所を守るために争っただけだ。だが、どうしてだか分からねえが受け入れることができねえ。俺はそんな器用じゃねえ。そんな簡単な理由で済む気持ちかは分からねえが、俺はそんな器用じゃねえんだ……。

「ちょっと頭疲れてるみてえだ。ちょっと休むわ」

 そうだ。休んじまおう。それがきっと一番の得策だ。


「起きなよあんた! 夕飯ができたよ!」

 なんだ、俺はそんなに寝てたのか。それにしても、いつも以上に豪快に起こしやがるじゃねえか。それに、なんだかうれしそうだ。

「すまねえな。今行くわ」

「早くしな。みんな! お目覚めだよ!!」

 なんだ。なぜ、夕飯に起こされたくらいでこんなに歓迎ムードになられなくちゃならねえんだ。なんか……あったのか?

「父さん。これ」

 どういうことだ。飯だと思ってきてみたら、いきなりオビィに水の入った容器を差し出されたぞ。どういう魂胆だ……。

「どうしたオビィ。またなんで水を俺に?」

「そう、水だよ。飲んでくれないかい?」

「いや、それはいいけどよ」

「……!」

 なんだこの水。いつもの水よりうめえ。

「おいしいかい父さん?」

「……。あぁ、目が覚めるくらいうめえよ」

「!?」

 なんだ。俺がうめえって言った途端、周りがバカ騒ぎを始めたぞ。どういうことだか状況をつかめねえ。

「よかったねえオビィ。これは腐れ縁のあたしが言うんだから間違いない。すごくおいしそうだよ」

「うん。よかった!」

 やっぱり状況が読めねえ。確かにおいしいが、腐れ縁なら、俺が困ってるってことにも気を配ってくれれば助かるんだがな。

 仕方ねえ。もう聞いてしまおう。それの方が手っ取り早いわ。

「こいつはいったいどういう状態だ?」

「それはあたしじゃなくてオビィに直接聞きな」

 冷てえな……なんか俺が空気読めないやつみてえじゃねえか。

「分かった。どういうことだオビィ?」

「うん。何か父さんに喜んでもらえることはないかなとか考えたんだ。いつも父さんは複雑そうな顔してるからさ、俺でもできることはないかなって。そしたら、岩場から流れる小さな滝を見つけてね。そこの水がとても美味しかったんだ。だからその水をくんで、父さんを笑顔にさせたいなぁ……なんてね。なんだか恥ずかしいなぁ……」

 ……ほんとによぉ、天ってのは何を考えてるんだか。俺はそんな、天にとって貢献してるとは思えねえ。なのに、こいつはいったいどういうことだ。こんな俺に対してこんな幸せをまたくれやがる。

 オビィ、おめえが生まれてきて、俺の心はまた揺れてきちまってる。長い争いの中、俺の心は荒んで荒んで荒んで……もうどうにでもなっちまえなんて思ってた。俺に幸せは似合わない。こんだけの血を浴びてきた俺だ。幸せなんて訪れちゃいけねえ。そんなことまで考えてた。でもよっ、おめえが生まれてきて、おめえを育てて……いつの間にか俺は幸せを感じてしまっている。幸せなんだ、おめえと過ごす日常は何よりも幸せだ。これほど似合わねえものはねえ。だけど、幸せなもんは仕方ねえよな。

「な……なんだよ父さん! 恥ずかしいよ!」

「うっせえ。たまにはいいだろうが」

 気付いたら俺はオビィに抱擁してた。俺の本能の中で最大限の、幸せを現す表現なんだろう。柄でもねえ。こんな汚え体の全身をぶつけちまうなんて柄でもねえ。でも、どうしてだろうな。おめえを抱いてると、なんだか俺の汚え体が浄化されていくような気がするんだ。

 きっと、そいつはまやかしだ。だけど、俺はいつまでもこうしていられたら……なんて、そんな柄でもねえことを考えちまう。ほんと、命ってのは温けえや……。


 ――だが、やはり俺という生物には幸せは似合わなかったらしい。そのときは突然訪れた……いや、俺の責任だ。俺はもらった幸せを自分で投げ捨てたんだ……。こんな俺にはお似合いだよな――


 これは、オビィもそこそこ大きくなり、戦闘の実力も俺に次ぐほどになったときの話だ。俺はあの時、無責任な発言をオビィに宣告してしまった。

「ねえ父さん」

「なんだオビィ」

「俺、一度山の外へ出てもいいかな?」

「なぜだ?」

「もう、この山で見られる新しいものがなくなってしまったんだ。当然、そんな遠くには行かないよ。約束する」

 俺はなぜここで駄目だと言えなかったのだろう。駄目とは言わずとも一緒に行こうとは言えたはずだ。なのに、俺は親として甘ちゃんだった。

「そうか。おめえはいつまでも探究心が尽きねえんだな……。分かった。このまま頭ごなしに駄目だと言ってもおめえには毒なんだろう。行ってきな。ただし、夕飯までには帰ってこいよ」

「分かってる。ありがとう父さん」

「俺も、おめえの気持ちが分からねえでもねえからな」

「うん。じゃあ、行ってくる!」

 これが、俺の見たオビィの最後の姿となった。そりゃそうだ。こんな争いが絶えない、血生臭い世界よ。まだ何も知らねえ子どもが、一人でなんとかできる世界じゃあねえんだ。どうしたことか、俺はそんな最愛の息子をひとりにしちまった。それでこれがその末路だ。

 オビィは夕飯の時間になっても帰ってくることはなかった。そりゃラビット族全員が大きく心配したさ。当然、俺と妻は特にな。探した。久々に山を下りてよ、総出で探した。そんな遠くへは行ってねえという言葉を信じて、俺は近くの森を探してたんだ。そしたら居たよ。俺と同じ薄紫色の血を大量に流してな……。

 俺はすぐに駆け寄った。よくあるだろ? 駆けよったら死にかけなんだ。そんで最後に一言告げてこの世を去る……。そんなことすらなかったさ。俺が発見して駆け寄った時には、すでにオビィは……息子は……息絶えていた。

「オビィ! オビィ!!」

 あのとき俺は、久々に涙を流した。一生分の涙を流しつくしたような感覚にも襲われた。そして、それと同時に分かっちまったんだ。俺はあの時感じた衝動をずっと忘れることはねえだろうな。


 ――ほらな。だから命を奪うのは許せねえんだ。この瞬間まではモヤモヤしてたが、今はっきりと分かった。命を奪うのにも理由があることは分かる。命を奪われるのにも理由があることは分かる。当然、俺は好き好んで命を奪ったことなんてねえ。相手も奪われる覚悟があって争いを仕掛けているんだろう。でもよっ、残された者にとって、そんなことは関係ねえんだ。俺は、俺たちの居場所を守るために争いを続けて、人間の命を奪い続けた。人間も、俺たちの居場所欲しさに争い続けた。だけど、残された者にとってはそんな事情は関係ねえんだ。残された者は、奪われた命に対して悲しみで心が震えるだろう。憎しみに心が侵食されるだろう。そしてまた……新しい争いが始まるんだ。俺にはそれが分かった。俺の息子を殺めたやつを殺してえ。好き好んで命を奪ってやりてえ。初めてそう思っちまったから――


 当然、今でもこの思いは消えてねえ。けど、時の流れとはすごいもんだ。時が流れるにつれ、あれは俺の不注意のせいだってことが明確に分かってきやがる。だけど、やっぱり許せそうにねえ。一度残された者は、二度とこの思いが消えることはねえんだ。

 だからこそ、この汚え手で残された者を生み続けてきた俺は……生み続けてきた報いのように残された者になっちまった俺は、幸せに死ぬことなんてあっちゃならねえんだ。

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