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体動かずとも心は動く

「知ってるかい? 混血の魔法使いを捕まえるために、コング兄弟はまだしも、あの獅子王まで動いたって噂だよ。物騒なのは嫌だねえ」

「血気盛んなコングどもは分かるが、獅子王まで動くとは……。魔法使いってやつはそんな必要なもんなのか? 俺にゃよくわからんな」

「さぁねえ。魔王様は何にも教えてくれないからねえ……余計な詮索も無意味な気がするよ」

「確かになぁ。まっ、俺たちが気にすることじゃあねえな」

 魔法使いか。魔王の考えてやがることはよく分からねえが、あの人間嫌いの魔王のことだ。きっと争いのための何かなのは明白だな。まっ、そこは俺の気にするべきところじゃあねえな。

「……そういえば、獅子王とアルゴはまだ会えてねえのかな。あいつも珍しく人間嫌いじゃねえから紹介したが」

 獅子王か。魔族なのに剣を扱い、魔族なのに人間を殺すのを嫌がる珍しい魔族。アルゴも、人間なのに魔族を殺すのを嫌がる珍しい人間。こりゃ早く出会ってほしいぜ。きっとあいつらなら話が合うだろうよ。そうなりゃアルゴにとっても有益だ。

 なんせ獅子王は強いからなぁ……。あいつにゃ、アルゴとの再戦のために必死で鍛えた俺でも敵わねえだろうな。そんなやつを敵にすると、いくらアルゴでも殺されちまうぜ。でもまっ、性格的に敵になることはないな。うん、ないわ。

 しかしよぉ、時の流れとは早いもんだ。いつのまにか、アルゴにつけられた傷もふさがっちまってるってのに、そんな時間が経ってないように感じやがる。あいつは今ごろ何をしているんだろうか。俺と再戦するために修行か? 俺みたいな誇り高き魔族と触れ合ってるのか? 分かんねえけど、また俺たちはどっちかが意識せずとも自然と出会うよな。そんな気がするぜ。


              Episode18 剣士


 圧倒的だった。結論から言えば、アルゴの剣技は獅子王に傷ひとつつけることすらできなかった。攻撃、防御、キレ、すべてにおいて獅子王が上回っていた。

「もう終わりかな?」

「……黙れ」

 獅子王の言葉に反応するかのように、つかまれている首根っこを振りほどき、距離を取るアルゴ。普通、ボロボロの人間がつかまれた首根っこを振りほどくことは難しいだろう。しかし、アルゴは難なく振りほどくことができた。獅子王がわざと力を緩めたのだろう。

「まだ剣を振るうか。お主もなかなか諦めが悪い男だな」

 アルゴが剣を構えたことで、獅子王も剣を構えなおす。

「……」

 攻撃を仕掛けるアルゴ。しかし、アルゴの鋭い斬撃は柔らかな剣さばきにいなされる。そして、いなされて隙を作られたところに強烈な峰打ち。血反吐をまき散らしながらその場に崩れる。

「ぐっ……がはっ……」

「そんな風に地に沈んでいても敵は待ってくれないぞ」

 先ほどのように首根っこをつかまれて無理やり持ち上げられるアルゴ。

「待ってくれないならなぜ斬らない? 敵を持ち上げる習性でもあるのか?」

 こんなときでも皮肉は忘れない。心からの敗北は認めたくないのだ。

「自惚れはよしてくれ。斬るほどの敵ならばすでに斬っているさ。お主はまだ、それにも満たぬということだ」

「……くっ」

 その言葉は、アルゴにとって非常に無情な言葉だった。アルゴが学んできた武は、獅子王という魔にとって斬るにも満たないと宣言されたのだ。この言葉は、アルゴにとって師匠との日々を否定されたといっても過言ではない。そう思うと、悔しくて情けなくてたまらなかった。そして、それ以上に認めたくはなかった。

 先ほどのように、つかまれている首根っこを力任せに振りほどく。正直なところ、今のアルゴは冷静ではない。アルゴにとって師匠との修行の日々は特別。それを否定されて冷静でなどいられない。


「……」

「いち! にぃ! さん!」

「ほらほら、アルゴもフーレンを見習って声を出して! 武の基本は心ですよ。心を集中させるためには発声練習は欠かせません。心と武を同化させてこその剣士です」

 そういえば師匠は言っていたな。武の基本は心。発声練習か。小さいときの俺はなんと言っていたのだったか……。

「なぜ剣を振るときに声など出さなくてはならん。相手に、剣を振りますと知らせてしまうだけだろう」

 そうだ。俺は子どもながらに師匠に反抗していたのだった。こんな問題児だった俺に、師匠はめんどくさそうな素振りも見せずに付き合ってくれていたな。

「習慣づけるのですよ。毎日こうやって声を出して練習することによって、いつかは自然と心で声を出せるようになります。そして、その心の声は自分の道しるべとなる。例えば、自分がだれかにボロボロにされて体が動かなくなったとき、ボロボロの体を動かすのは心。心が養われてなければそこで終わりです」

 そうだ。ここで俺は発声の意味を知った。

 …………。

「発声練習ができていれば初心に帰ることもできる。もしも、どこかでそういうピンチがあれば今日のことを思い出してください」


 ――すまない師匠。俺は、あなたに教わったすべてを出す前に折れるところだった。否定されるにしても、ぜんぶ出してからでないとあなたに失礼だ。実際に体験しなければ分からないものだな。心を磨いていればまだ動ける――


「構え!!」

 大きく声を出し、剣を構えるアルゴ。その声は心と共鳴し、剣に宿る。

「これはまた……」

 それに対し、少し威圧される獅子王。

「いち!」

 ボロボロの体を心で動かすアルゴ。

「にぃ!」

 剣の狙いを的確に定める。

「さん!」

 ただ剣を振り回すだけでは剣士とは呼べない。心を剣に乗せて初めて剣士となる。決してその気持ちがなかったわけではなかった。ただ、長らくの素晴らしき平凡な人生の中で、その気持ちが少し欠けてしまっていただけ。

 そして、獅子王という強敵を目にして、その欠けた気持ちを初心に帰ることで埋めることができた。これも、日々の鍛錬があってこそ。

「……」

 アルゴの斬撃を受け止め続ける獅子王。これでは、さっきまでと同じと思うかもしれないが、そうではない。獅子王は受け止めてはいるがいなせてはいない。間違いなくアルゴの心に押されている。

「まさか、まだこんな力が残っているとはな……。精神論というのもあながち捨てたものではないということか」

「きゅう! じゅう! じゅういち!」

 なおも、大きく発声しながら剣を振る。そんなアルゴを見ていると、敵だとしても、同じ剣士として自然と笑みがこぼれてしまう。

「お主はよい剣士だ。だが、現実は無情だな」

 獅子王は気付いていた。もう、アルゴの体力は限界。斬撃の回数を増すごとに威力もスピードも落ちてきているのだ。そんな限界の体力を、心で振り絞ってくるアルゴに対して、何か心地よさを感じていた。

「このまま撃たせていてはお主の命が危ないかもしれぬ。もう眠らせてやろう」

「じゅう……ご!?」

 アルゴの斬撃を力任せに弾く獅子王。

「もうよい。今日のところは安らかに眠れ」

 弾いてできた隙をついて峰打ちを入れようとする獅子王。しかし……。

「サンダー!!」

 突如、横やりを入れるように飛んでくる黄色の球体。その球体は獅子王をターゲットとしているようで、獅子王へ向かって真っすぐに飛んでくる。

「魔法か!」

 なんということだろう。獅子王は、その球体を回避することも受け止めることもなく、剣を振った風圧で消し飛ばしてしまった。

「なんとか間におうた思うたけど、魔法を風圧で消しよった……。さすがやなぁ……うちはあんたの顔を忘れたことはないで」

 ミクスは驚いた。初めは、なんとかアルゴが殺される前に間に合ったことに安堵した。しかし、相手の姿を見た途端にそんな気持ちは吹き飛び、憎悪が生まれた。

「まさかそちらから来てくれるとは……。久しぶりだな。おとなしく来てもらうぞ」

 力を出し切ったアルゴはもう動けないと判断し、剣の狙いをミクスに変える。

「上等や! 家族を奪ったあんたをうちの手で葬れるなんて……願ってもない話やわ」

 ミクスは今までにないほどの鋭い目線を獅子王に向ける。しかし、コング兄弟との戦いにより、もう戦える状態ではないだろう。だが、獅子王を前にすると自然と体術の構えを取ることができた。

「待て……」

 獅子王の後ろから聞こえる苦しそうな声。そして、それと同時に聞こえる心からあふれだす声。

「じゅう……ろく!!」

「しまっ……!」

 剣で受けるのは無理と考えた獅子王は、身を反らして対処する。

「まさかここまでとはな……お主のような剣士は久しぶりだぞ!」

 身を反らしたことで、かすり傷ですんだ獅子王。

 この一振りで、アルゴは崩れるように地に倒れる。しかし、不意打ちだとしても傷を負わせた一撃目となった。

「うちを忘れたらあかんで!」

 そして、それに呼応するように繰り出されるミクスの拳。しかし、これはしっかりと受け流す。

「……。混血。コング兄弟はどうした?」

 次々に繰り出されるミクスの攻撃を受け流しながらも、器用にミクスに話しかける。

「混血言うなや。うちにはちゃんとミクスっていう名前があるんや」

 獅子王をしっかりとにらみ付け、攻撃しながらも言葉を返す。

「これは失礼した。もう一度聞き直そう。ミクス。コング兄弟はどうした?」

「それを教える思うんか?」

「取引きだ。もし、それを教えてくれたら、私はこの場を引こう」

「信じられへんな。というか、別に引かんでええよ。あんたはうちが殺さな気が済まへん」

 正直、ミクスは獅子王との実力差を分かっていた。今の自分ではどうにもできないことも分かっていた。しかし、弱音は吐けなかった。自分の家族を奪った敵を目にして、取引きなどに応じられるほどミクスは強くない。

 そして、そんなミクスの感情を見透かしてか、獅子王はミクスにとって残酷な選択を強いる。

「ならば、そこの剣士が死ぬことになるな。それでいいのだな?」

 この言葉にミクスの拳が止まる。ここで答えを言ってしまって、獅子王が引く保証はない。しかし、言っても言わなくてもどちらにしても助かる保証はない。なら……。

「ここからちょっと行ったところにある草原地帯や……。場所くらいは自分で見つけ。うちは殺しとらんから、なにかに食われたりしとらん限り気絶しとるわ」

 ミクスは本当のことを話した。どちらにしても助かる保証がないのなら、少しでも助かる保証がある方に賭けたのだ。

 そして何よりも、これ以上大切な人を失くすことは耐えられないから……。

「魔族が魔族を殺す習慣はないし、ただの人間じゃあ、あの頑丈なコング兄弟は殺せまい……心配ないな。ありがとうミクス。また狙うかもしれないが、そのときはおとなしく捕まってくれよ」

「捕まるかいな。あんたなんかに……家族を奪ったあんたなんかに絶対捕まってなんかやらへんからな!! むしろあんたが覚悟しときや。いつか……いつか絶対に家族の仇を打ったる。それだけは覚えとき」

「ふっ。じゃあな」

 妙な捨てセリフを残して二人の場から去った獅子王。

 そして、コング兄弟の回収に向かう中、獅子王は物思いにふける。

「アルゴとミクスか。もしかするとこの先、この世をまとめるのは彼らなのかもしれないな」

 正直、捕まえようと思えばミクスを捕まえられたし、アルゴだって殺そうと思えば何度も殺せただろう。いったい、この獅子王という魔族の真意はなんなのだろうか。

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