平凡は遥か彼方へと
「サンダー!」
「甘い」
「それはこっちのセリフや!」
「ぬっ!」
「どうや、様になってきたやろ!」
「あぁ、驚くほどにな」
この三か月余りで、ミクスは本当に強くなった。初めは魔法しか使えず、実戦なんてとてもじゃないができたものではなかった。だが、こんなところで体術が役に立つとはな。
もともとセンスがあったのだろう。接近戦もできるように体術を教えてみたら、みるみるうちに成長していった。初めは子どものお遊戯のようでかわいかったが、最近では実戦で使っても遜色ないほどに仕上がっているな。あんな小さな体で、よくあそこまで磨かれた体術を使えるものだ。そういえば、フーレンも小剣は存分に小回りが利くと言っていたか。正にその通りだな。小さいからこそ生きる体術もある。
師匠。俺は旅に出ると決めた時点で、俺の素晴らしき平凡な人生は終わったと悟った。だが、ふたを開けてみればどうだ。俺は、またあのときのような気持ちを感じてしまっている。それも、今は俺が育てている側なんだ。
本当に時の流れとは面白いものだな。まさか、俺がだれかに武を教える時が来るとは思いもしなかった。だが、その時の流れにより、この素晴らしき平凡な人生も長くは続かないだろう。平凡の終わりとは、いつも悲しいものだな……。
Episode16 平凡の終わり
アルゴとミクスが修行を初めて三か月余りが過ぎた。本当はこんなに長く滞在する予定はなかったのだが、あまりにも二人にとって修行が心地よいものだったので、離れることができなかったのだ。
だが、そんな心地よい日々はあっさりと終わりを迎えることとなる。これは、アルゴが買い出しのために宿を出て村へ行き、ミクスがその留守番をしていたときのことだ。そんな何気ない日常に事件は起こった。
アルゴが宿を出て少ししたころ、ミクスは暇そうにしながらも楽しそうにアルゴの帰りを待っていた。
だが、まずここでミスをひとつ犯している。二人が『レーベ』で滞在を始めたころ、ミクスを狙う魔族への警戒のために、アルゴがミクスから離れるときはできる限りサーチを使うように心掛けていた。しかし、この素晴らしき平凡な日常が警戒心を薄れさせたのであろう。いまやそんなものは使っていない。アルゴも使うように言うことはなかった。
そして、そんな日に魔族は現れる。まさか、二人が村を出ていないとは予想していなかった。なので、二人の発見に三か月余りの時間を要してしまったのだ。
「ようやく見つけましたね獅子王様」
「そうだな。移動をしていないとは盲点であった。しかし、混血を探す旅も今日で終わりだ」
「ですね。三か月分の怒りをぶつけてやる。それに、あの混血には痛いダメージを負わされているからな……」
獅子王とコング兄弟が『レーベ』へと向かう。それにしても、獅子王という魔族は相当な上の位のようだ。あの上級魔族のコング兄弟が敬語で接している。
「魔……魔がきたぞぉぉぉ!」
魔族が来た途端、血相を変えて動き出す『レーベ』の村人たち。
しかし、獅子王たちはそんな村人たちは放置。あくまでも目的はミクスなので、無駄に人間を相手することなく、二手に分かれてターゲットのみを探す。
当然、この騒ぎはアルゴとミクスにも伝わる。
「この騒ぎは……まさか」
「なんやこの騒ぎ! って……そうやった、うちは追われとるんやん。あかんやん。村におったら村人の迷惑になってまう!」
一気に現実へと引き戻される二人。だが、時はすでに遅し。こんな山奥にある村、当然規模も小さい。見つかるのも時間の問題といえる。
そんな状況で、まず窮地に立たされたのはミクス。
「あかん。まずは村から出な……!」
そんなミクスの願いは砕かれる。大きな音とともにつぶされるドア。そしてそこには……。
「おっ、ターゲット発見だなオラン兄ちゃん。しかも、もしかするとあの長髪は留守じゃないか」
「そうだな。なんかよぉ、怒りが込み上げてきたぞ」
運悪くコング兄弟と出くわすミクス。ここで戦うことも考えたが、どうやらそうはいかない。宿の隅で体を震わせておびえている宿の主人がいたのだ。
宿の中では村に迷惑がかかると判断したミクス。宿の窓から外に出ることを試みる。
「クレイ!」
黄土色の球体が窓を割る。この三か月余りで成長したのは体術だけではない。魔法を練り上げる時間も威力も、前より成長しているのだ。
「おい! いきなり逃げるときたか!」
「ちっ!」
相手がコング兄弟で幸いした。それほど動きが機敏ではないコング兄弟よりも、先に窓から外に出ることに成功。それを、怒りの形相を浮かべるコング兄弟が追う。
「待ちやがれ!」
ミクスを追うコング兄弟。しかし、ミクスはまだ止まることはできない。
「ここで止まるわけないやろ!」
ここで戦っては、村にさらなる迷惑をかけてしまう。ミクスは戦うことを決意した。しかし、ここで戦うことはできない。できるだけ村から離れたいのだ。
「ここなら大丈夫やろ」
そこは村から離れた草原地帯。この広い草原地帯を選んだのは理由がある。まず、今までの経験上、コング兄弟は機敏ではないことは明らか。それに対してミクスは小さく機敏。フーレンの言い方を借りれば、小回りが利くのだ。これならばミクスにも勝機があるかもしれない。
「おいウータン。この混血、場所が広ければ勝てるとか思っちゃってるぞ」
「本当だなオラン兄ちゃん。小さな勘違い魔法使いちゃんにちょっとお灸を据えてやらなきゃな」
だが、コング兄弟は余裕の様子。万が一があるとも思っていない。誇り高き上級魔族のコング兄弟にとって、しょせんはミクスなど小さな魔法使いに過ぎないのだ。
「やってみいや。うちには二人もの教えが背を支えてくれとんねん。そう簡単にはいかへんで!!」
今までの自分ならば、コング兄弟相手にこんなことは言えなかっただろう。しかし、今は違う。あのときの自分に加えて、アルゴとの三か月を経た自分がいるのだ。ミクスは自信があった。素晴らしき平凡な三か月は、ミクスを前へ押し上げた。
場面は変わって『レーベ』。ミクスが草原へ逃走を始めたころ、アルゴもまた運悪く出くわすこととなる。
「獅子型の魔……」
アルゴの目の先に、獅子王の姿が映る。それよりも驚くのは、まだこちらには気付いていないはず。なのにもかかわらず、修行を重ねたアルゴの本能が、頭いっぱいに危険と知らせるほどの威圧感を出している。
そして、自然と出た緊張感は獅子王に伝わる。その瞬間、カッと眼を見開いてこちらを見る獅子王。さらに威圧感が増す。こちらを見たまま、悠々とアルゴの側へ近づいてきた。
「ほぅ。どこかで見たことあると思ったら、聞いたことのある顔だとはな……。顔の整った長髪剣士か。まさか買い物袋を持つ主夫だとは思いもしなかった」
冗談なのかそうではないのか、よくわからないセリフを発する獅子王。それに対し、声の震えを必死で抑えながら言葉を返す。
「俺のことをどこで聞いた?」
そんなアルゴの質問に対し、微笑を浮かべる獅子王。
「そう警戒するな。私はお主のことを気に入った2回。憤りを覚えた1回のお気に入りとして見ているのだ。いきなり襲いかかったりはしない」
「質問に答えろ……」
ふざけた回答を続ける獅子王に対し、鋭い眼を向ける。
「解けと言われて解けるものでもないか……。その質問に答えるならば、ラヴィとコング兄弟と答える。ラヴィは心をつなぎ合える友と出会ったと興奮していた。私も人間に対してそれほど憤りを感じているわけではないからな。お主を紹介したかったのだろう。そのことで、まず私はお主にいい方で興味を抱いた。いつか話してみたいと思っていたところだ。しかし、そんなときにコング兄弟の報告だ。まさか、同じ特徴の剣士が混血を助けるとはな。私は別人であると信じていたかったが、ここにいるということはそうなのであろう?」
「だとしたらどうする?」
アルゴのこの言葉で、獅子王の目が鋭くなる。
「こちらとしても邪魔はされたくはないのでな。邪魔されないように立てなくする」
どうあっても戦闘は免れない。しかし、最後にアルゴは聞いておきたいことがあった。
「どうしてミクスを狙う?」
「あの混血のことか? それは言えないな。お主にも言えぬことのひとつくらいはあるだろう。今回はそのケースだ」
ならばもう語ることはない。買い物袋を地に置き、剣を構える。それも、防御の構えでも攻めの構えでもない。いきなり本来の構えだ。それほど危険な相手とアルゴは認識した。
そんなアルゴに対し、獅子王は両手を上にあげ、降伏のポーズを取りながら言葉を発する。
「落ち着きたまえ。ここで戦うのは人間にとっていけないのではないのかね?」
「……」
そう。ここは『レーベ』。ここで戦っては村に被害が出る。まさか、それを魔族である獅子王に指摘されるとは思わなかった。
警戒はしながらも、そっと構えを解くアルゴ。
「そうだ。残念ながらここで戦っても盛り上がりもしない。賭けなどが発生すれば面白いのだが、そういうわけにもいかないのだろう。戦いは村から離れた森でおこなおう。魔法使いもいないことだ。十分戦うスペースはある」
主導権を握っているのは完璧に獅子王。ここまで言いくるめられたのはラヴィを合わせて二度目だ。
森へ移動するアルゴと獅子王。もしかすると、油断させて襲ってくるのではないかと警戒していたアルゴだが、そんなことはなく、何事もなく森へ着く。
「ずっと警戒していたようだが、何もしなかっただろう? お主にとって、私は相当信用がないように見えるな」
あきれたようにアルゴに語りかける獅子王。
「当たり前だ。ミクスを狙うというのならなおさらな」
「確かにそうだな。ならば話していても仕方がない。お望みどおり戦おうか」
「……」
改めて本来の構えを取るアルゴ。そんなアルゴを見て微笑む獅子王。
「いい構えだ。よく鍛えられている」
「なっ……!」
アルゴは驚いた。なんと、獅子王が背から取り出した物。それは大剣。獅子王も剣士であった。アルゴと同じ剣士であった。
「そういえば言っていなかったな。こう見えて私は剣士だ。どうしてここまで不意打ちを仕掛けることもなかったか。その意味を教えてやろう」
その言葉を最後に会話は終わる。一気に場の空気が変わった。ラヴィの非ではない威圧感がアルゴを包む。
しかし、ここで引くわけにはいかない。相手は剣士。アルゴと同じ剣士なのだ。
――師匠。本当に時の流れとは面白い……いや、恐ろしいな。俺は、師匠以外の剣士に、この人生で一度も後れを取るつもりはなかった。だが、こんなときに現れてしまった。見ていてくれ師匠。俺は……久しぶりに剣士として、剣士を超える戦いをする――
アルゴにとって、久しぶりの自分以上と感じる剣士。そんな剣士と今、対峙する……。




