揚げパンをのりこえて
ある朝、私は胸を弾ませて学校へと歩いていた。青空高く浮かぶ鱗雲を眺めながら。
あの雲は秋になったしるしなんだよって、母さんが言ってた。面白い形で、大好き。
そういえばようやく残暑から解放されて、朝と夕方は寒いくらいだ。
秋らしくなったよなぁ。
私は教室に走りこんでランドセルを置くと机を片付け始めた。今日は楽しみにしていた席替えだ。
2学期が終わるまで2ヶ月半過ごす席が、これで決まってしまうので、今回は特に大事な席替えなのだ。
2学期が終わるのは12月。
真冬だ。着る物も今はシャツだけど、セーターに変わって、コートまで着るんだから。
気が遠くなるくらい長い期間だ。絶対良い席に当たりますようにっ!
席替えくらいでこんなにドキドキしてるなんて、大げさだと思うかもしれない。でも小学生の席替えは重要なのだ。
近くの席になった4〜5人ずつで班を作るからだ。
班は、給食を一緒に食べるメンバーになるし、あと当番とかも一緒になる。
それに授業の時も班ごとに色々やらなくちゃいけない。
しかもうちのクラスは、班の中でお互いに授業態度を注意し合わないといけないのだ。
連帯責任ってやつ。
誰かがうるさいと、それを注意しなければ、班全員が怒られる。特に班長の責任が重い。
うちのクラスの席替えは、男女を一緒に混ぜて行うので、男子の列と女子の列が決まっていない。
前の席の時は、恵まれたことに、全員が女子の班になって、平和な日々を過ごした。
もちろん休み時間と放課後は、班は関係なしに男子共の嵐が吹き荒れていたが。
そして現在の班は、男女2人ずつという普通な感じ。
だから今度の席替えでは、また女子だけの楽園になることを期待していた。
待ちに待った昼休み。
教壇の上に大きな箱が置かれた。
「給食食べ終わった人から、クジをひいてください。席替えは5時間目に始めます」
先生が呼びかけた。
食べるのが早くない私は、必死で食べた。しかも今日の給食は、揚げパンだ。
ほとんどみんなが大好きな人気メニュー。みんな食べるのが早い早い。
だが、残念ながら私は揚げパンが苦手だった。
ドーナツと似ていて美味しいってみんなは言うけれど、油を吸ってベチョっとした感じになっているのが私はイヤだった。
それに砂糖じゃなくて、きな粉がまぶしてある。私はきな粉も嫌いだった。
喉につっかえそうになりながら、涙目になって飲み込む。
これを片づけるまで、おかずに手を伸ばす余裕はない。
ふと空を見上げると、どんよりとした雲が増えてきていた。
朝はあんなに良い天気だったのに…。
いつもは銀色をしているアルミの食器も、今日はあの雲みたいに暗い灰色に見えた。
配膳台に食器を返したのは、クラスで最後から5番目だった。
頑張った。いつもなら揚げパンの日は最後から2番目くらい。ちなみにそれ以外は、真ん中より少し後って感じだ。
私は教壇へ行くと、箱に残った5枚のクジを見つめた。
そして考えに考えた。
1つ手に取っては戻し…次の人が来るまでそれを繰り返して、やっと1枚を握りしめて席に戻った。
クジを開くと、番号は17番。でもこれだけでは、まだどの席か分からない。
どの番号がどの席に当たるかは、昼休み明けの5時間目に決まる。