雨宿りの距離
初めて投稿します!
「雨の日の帰り道って、少しだけ素直になれる気がします。そんな瞬間を書きたくて、この物語を作りました。」
雨の匂いがする夕方だった。
大学の図書館を出た瞬間、ぽつ、と頬に冷たいものが落ちる。
「うわ、最悪……傘ない」
鞄を漁っても出てくるのはレシートと飴だけ。諦めて走ろうとした時、頭の上に影が差した。
「入る?」
振り向くと、同じゼミの朝比奈が黒い傘を少し傾けて立っていた。
「あ、でも悪いし」
「このまま風邪引かれる方が嫌」
さらっと言うから、余計に困る。
朝比奈は静かな人だった。ゼミでも必要以上に喋らないし、笑う時も声を立てない。でも、たまにこちらを見ている視線だけは妙に熱を持っていて、気づかないふりをするのが少し苦しかった。
「駅まで?」
「うん」
「じゃ、一緒」
雨音が傘を叩く。
肩が触れそうで触れない距離を歩きながら、私は意味もなく靴先を見つめていた。
「そういえば」
朝比奈がぽつりと言う。
「この前、好きな人いるって言ってたよね」
心臓が変な跳ね方をする。
「……言ったっけ」
「飲み会で。酔ってた」
終わった。そんなこと言った記憶ない。
「で、いるの」
「……いる」
「そっか」
たったそれだけなのに、雨より冷たい声だった。
駅の明かりが見えてくる。
もうすぐ、この変な時間も終わる。そう思ったら急に焦った。
朝比奈はきっと、私が別の誰かを好きだと思ってる。
それが嫌だった。
「朝比奈は?」
「え?」
「好きな人」
少し沈黙してから、彼は笑った。
「いるよ」
胸がきゅっと痛む。
聞かなきゃよかった、と思った時。
「ずっといる」
雨音の隙間に、その声だけが妙にはっきり聞こえた。
「たぶん、その人は気づいてないけど」
駅前に着く。
人通りも増えて、傘を閉じるタイミングを探すみたいに、私たちは立ち止まった。
言わなきゃ終わる。
でも言ったら、何かが変わってしまう。
怖くて黙っていたら、朝比奈が小さく息を吐いた。
「じゃ、また」
離れていく背中を見た瞬間、勝手に声が出た。
「……気づいてるよ」
彼が振り返る。
「たぶん、私が思ってる人と同じなら」
数秒、世界が止まったみたいだった。
それから朝比奈は、困ったみたいに笑った。
初めて見る、年相応の顔だった。
「それ、期待していい?」
雨はまだ降っていた。
でももう、少しも冷たくなかった。
雨の日って憂鬱なのに、誰かと歩く帰り道だけは少し特別に感じます。
朝比奈の「このまま風邪引かれる方が嫌」という台詞は、個人的にかなりお気に入りです。
少しでも胸がきゅっとしてもらえたなら嬉しいです。




