第4話 ドラゴン
「うわあああぁぁぁ」
そんな皮算用を立てていると、悲鳴が聞こえた。
それも、レオンたちが向かっていたダンジョンの奥地からだ。
一体何事だ!
慌てて状況確認をすれば、ライオンハートの面々が必死の形相で、こちらに逃走していた。
その手には、行ではいなかった金髪の美しい女性が抱えられている。
良かった、生きはありそうだ。
これで任務は達成。後は生きて帰るだけで富と名声が手に入る。
ただし、一つ問題がある。
俺たちが生きて帰れるかどうかわからないってことだ。
「いや、お前一体どうしてこんなこと、ふざけるな、ふざけるなよ!」
聞こえないってことなんて、とうに分かっているのに、俺は悪態をつく。
だって、ドラゴンだぞ、ドラゴン!
「逃げよう!」
呆然としている俺の手をマーサが握った。
食料と水をモテるだけ持って、皆の逃走速度を遅らせないために走り出した。
俺も、彼の行動から一体何をやりたいのかを察して、それに続く。
目指すは、ここから先。1キロくらい離れた場所にある狭い通路だ。
あそこならばドラゴンは通れないから逃げられる。
「はぁはぁはぁ」
動き出したら、もう必死だった。
口の中が血の味一色に染まる。
しかし、死の危険を感じ取った俺の体はブレーキがぶっ壊れたのだろう。
どんなにつらかろうが、止まることなく、目的地に到着した。
早速安全圏に向かう俺。
一方で、マーサは皆に合図を送るために、回廊の向こう側に残った。
後、俺ができるのは、ただ皆の無事を願うだけ。
なのに、
「てめえええぇぇぇ」
レオンの怒りの叫びを聞いて、俺は潮目が変わったことを感じた。
見ると、レオンがマーサを殴っていた。
な、なぜ!
「何、一人で逃げてやがる!」
俺たちの基準ではただの退避だったのが、こいつら視点では敵前逃亡のように映ったらしい。
そのまま、倒れこんだ、マーサをドラゴンの方に蹴飛ばした。
ま、まじか、ただの誤解なのに、ここまでするなんて。
その上で、こいつらはヴィクトリアの剣を奪い、彼女も置いて、この場所を後にする。
俺。
この騒動を見て、ヤバイと感じたから、岩陰に隠れたよ。
だってさぁ、見つかれば、見たなって、口封じされるかもしれないし。
「おーい、生きてるかぁ」
ドラゴンが消えたのを確認すると、俺は声を張り上げ、マーサと、ヴィクトリアがいないのかを確認する。
しかし、影も形もない。
「くそ、まだそんなに話した相手でもないが……」
マーサとは出会って数日の関係だ。
親しくもなんともない。関係としてはただの他人に毛が生えた程度のもの。
それでも、知っている誰かがこのような事態になってしまうと、来るものがあった。
あきらめるべきだと分っているのに、諦めきらず。
だらだらと探索を繰り返してたいのが悪かった。
――ドシン、ドシン。
地響きが真っすぐと俺の方に向かってきている。
俺が捜索の際に出した大声の影響か。
ドラゴンがゆっくりとこちらに向かってきていた。
だが、俺は落ち着いていた。
狭い回廊を使えばドラゴンから逃げられると経験したからだ。
「まじ……か」
ばーか、ばーか、間抜けぇ。
先ほどからたまったうっぷんを晴らすために、ドラゴンに悪態をつき、回廊の向こうに行こうとするも……。
そこには、黒い狼のような魔物が待ち構えていた。
そうか!
ドラゴンに追い立てられるように、小さく弱い魔物や静物画、回廊の向こうに走っている。
こいつらはそれを狩るためにここに来たんだ!
俺の迷宮での経験の浅さが露呈した。
どうする、ドラゴンを相手にするのは論外としても、狭い廊下で待ち構える、狼をどうこうできるのか……。
何か、他に道は……。
ていっても、ここまでドラゴンが迫ってきている中でどうしろって言うんだよ!
もう、狼を倒すしかない。
覚悟を決め、走りだそうとした俺を壁から伸びた腕が引きずり込んだ。
「ありがとう、ありがとう」
隠し部屋から、わざわざ俺を助けてくれたマーサさんに対して、頭を低くして、何度も何度もお礼を口にする。
もし、この人がいなければ俺は死んでいただろう。
「それで、そこにいるお姫様なんだが」
「どうにも、おつきの衛兵たちが最後の力を振り絞って、彼女を守るための結界をはっていたから助かったみたいなんだけどね……」
マーサは顔を曇らせた。
きっと、ドラゴンの爪によるものなのだろう。
その背中は、切られるを通りこして、ざっくりとえぐられている。
応急処置も雑で、傷口には膿がたまり、誰がどう見ても長く持つように見えないからだろう。
「この状況で、足手まといを抱えたまま、僕とフリーダさんだけで、帰還するのは厳しいよね」
マーサさんの瞳に、黒い炎がともる。
確かに報酬は魅力的だが、命あっての物種だ。
このまま、お姫様を置いて逃げようとしているのだろう。
「大丈夫だ。俺は医者。こういった状況を何とかするのは大得意なんだ」
【ヒール】
しかし、その必要はないと、俺は覚悟の火に水をぶっかけた。
たったそれだけで、お姫様の傷が、消え失せた。
「げ、現実なのか、これ。
嘘だろ、あれだけ重傷だったのに、立った一瞬で……」
俺のチート治癒魔法にマーサが驚愕する。
「肉がえぐられたのに、こんなにきれいに。
病判定されるから、治りにくい膿も。
何て言う、神業だよ……」
ついには、マーサは自分が夢でも見ているのではないかと頬をつねる始末だった。
「あれ、妾は一体……」
念のために、水で濡らした、ふきんで顔をぬぐいっていくと、その刺激で。遂に、お姫様が目を覚ました。
「良かったぁ、本当によかったよぉ!」
いまだに夢を疑っていた、マーサも姫の目覚めという、動かしがたい証拠に、これは現実だとようやく受け入れてくれた。
「どうだ」
こうして、ヴィクトリア様が目覚めたといういい知らせが、俺たちに舞い降りた。
それと同時に、俺たちのもとに、一つ悪い知らせが舞い降りていた。
「どうじゃった」
「だめだね」
俺たちは3日間。
隠し部屋で立ち往生していた。
「まだドラゴンは、扉の前で待ち構えています」
マーサさんはお手上げだと宣言した。
どうにも、ドラゴンはここにえさがいると学習したらしい。
部屋の前で、じっと、獲物が耐えかねて出てくるのを待ち構えている。
これだから、知能が高い魔物は嫌なんだ。
「それで、水と食料はどうだ」
「まだ、3人で節約すればあと、6日分はある」
「そう……か」
最悪、魔物を狩るという手段もあるのだが、こちとら3人だ。
血の匂いを振りまいて、周囲から魔物がやってくるとなれば、守り切れるのかどうか。
なので、その手段はできる限り避けたかったし、ほんとうに魔物を確保できる保証もない。
なので、このダンジョンから脱出するのに必要な時間である4日間。
あと2日間がタイムリミットだった。
つまり、あと2日間以内に、ドラゴンが部屋の前から移動しなければ、俺たちはドラゴンに対して、徳行を叱っ蹴るか、その目を盗んで、逃走化を選ばなければならないわけだ。
「どうじゃ、ドラゴンは」
さらに2日間経過した。
ヴィクトリア様は、2日前と同じく、外の様子を尋ねた。
マーサさんはただ静かに首を横に振った。
「そうか、一度敗れた身ではあるが、リベンジの機会がこうも早く訪れるとはな」
ヴィクトリアは勇ましく笑う。
一度ドラゴンに挑み、敗れ去ったという事実がまるで嘘のようだった。
もちろん、ほんとうにドラゴンを退治するわけではない。
俺たちの作戦はこうだ。
姫様がドラゴンを足止めする。
俺とマーサさんが狭い壁を突破。
その後に、姫様が、回廊から脱出という流れだ。
もしも、ドラゴンが炎のブレスをはけたならば、足止めしている姫様が死にかけないのだが。
「ほんとうに、そう、本当に、マーサの付与魔法なら、ドラゴンノブレスでも無効化できるんだよな」
「ああ、もちろんだ」
俺は、マーサさんがかけてくれた、付与魔法のおかげで、ランプに手を突っ込んでも、全く暑さを感じないという、不思議な現象を何度も何度も確認する。
確かに、強力な付与魔法だ。
しかし、本当にドラゴンノブレスをどうにかできるのかと言われると、不安が拭い去れないのもまた事実である。




