ちくわ
ある日のこと、ミウはアメリが外出するのを二階の窓から見ていた。
マトマもさっき、買い物に出かけたので、家にいるのは出かけた気配のないフジエと自分だけだ。
ミウは耳を澄まして、下の様子を確かめた。
静まり返っていて、何の物音もしない。
大丈夫。ミウはそっと階段を下りた。
掃除の行き届いた、ちりも落ちていないきれいな廊下を歩く。リビングダイニングを過ぎてアメリの部屋の前までやってきた。
奥にフジエの部屋があるときいた。廊下の先は暗くてちょっと気味が悪い。
黒猫のことがずっと気になっていた。名前はヨルというのはわかったけれど、モンジもムンキチもコタロウもヨルは時々見かけるだけで、この家で飼われているのかもはっきりとわからないと言っていた。
私にしか慣れていないとアメリは言っていたから、もし飼っているんだったら、アメリの部屋に寝床などがあるかもと思ったのだ。
ヨルがいたら触れてみたい。きっとお母さんみたいに、しなやかで温かいのだろうと思う。
アメリのことだから部屋にかぎがかかっているかもしれない。けれど一応、ドアノブを回してみる。カ チャリ。ドアはすんなりと開いた。
香水のようないい香りがした。中に入ると、部屋の中はすっきりと片付けられている。
壁際にワイヤーマネキンが二体置かれていて、一体には黒いドレスが着せられていた。
部屋の真ん中の大きなテーブルにはミシンと黒い布が置いてある。
アメリは服を作って売っている。とモンジから聞いたことがあった。
奥の部屋には箪笥にベッド、ルームライト、小さな棚があり、本と少しの雑誌が置いてあるだけのシンプルな部屋だ。ヨルのベッドや遊び道具などは見当たらない。
ミウは鼻をクンクンさせて、匂いをかいだ。ヨルの匂いはなく、香水のいい香りしかしない。
なんだ、てっきりここにいると思ったのに。
がっかりして、ミウはアメリの部屋から出た。
もしかして、このくらい廊下の先にいるのだろうか。ミウは目を凝らして暗闇を見つめた。
暗さに目が慣れてくると、何か奥に見えてくるような気がする。
何か音がきこえてきた。シュッ、シュッ、シュッとどこかで聞いたことのある音だ。
あれは、そう、フジエがすり足で歩く音だ。
フジエの姿がだんだん見えてくる。
「おう、ミウか。こんなところで何をしておる」
フジエは、ところどころ抜けた歯を見せて笑った。優しい笑顔だった。ぜんぜんヤマンバなんかに見えない。あの時はシルエットだけしか見えなかったからかな。
ミウはフジエに会えてうれしいと思った。
「ヨル サガシテル。アメリ ノ ヘヤ イナカッタ」
ミウは言った。
「ああ、ヨルか。アメリの部屋にはいないぞ。アメリは絶対にヨルを自分の部屋には入れないんじゃ。服に毛が付くだろ。そうなると服が売れなくなってしまうからな」
フジエは言いながら、ダイニングに入っていった。ミウもついていく。
「ちょっと、腹がすいてな、何か食い物がないか見にきたんじゃ」
フジエは大きな銀色の冷蔵庫のドアを開けた。
さぞかし、いろんな物が詰め込まれているだろうと思えたけれど、思いのほか中身はスカスカだった。
けれど、フジエはすぐに目ざとく、何かを見つけてようで、冷蔵庫に手をつっこんだ。
「ウヒヒ、ちくわがあった」
フジエはほくほく顔で、ちくわの袋を破いた。
「ほい」
フジエはちくわを一本くわえると、もう一本をミウに渡した。
「ドモ アリガト」
ミウはおいしそうなちくわに、すぐかじりついた。
「うまいじゃろ?」
「ウン ウマイ!」
フジエはもう三本目のちくわをほおばっていた。




