なつかしい声
ある夜中のこと。
ミウは懐かしい声で目が覚めた。
ミャアー、ミャアーと悲しそうに鳴いている、三毛猫母さんの声だ。
ミウは起き上がって、聞き耳をたてた。耳に集中して息をこらす。
けれど、それらしき声はもう聞こえてこなかった。外から聞こえてくるのは、ネジの緩んだトタン屋根が時々風でパタパタなる音くらいだ。
でも、確かに母さんの声だった。夢だったのだろうか。
カーテンを少し開けて下をのぞく。風が木の葉をゆらしているだけで、動いているものは見当たらない。
ミウはまた横になった。固く目を閉じる。
カッパが一人、カッパが二人、カッパが三人、カッパが・・・・。
モンジが教えてくれた眠くなるおまじないを口ずさむ。カッパが四人・・・。
母さん・・・・。
カッパの姿が三毛猫母さんの姿に変わる。
母さんに会いたいとミウは思った。母さんの匂い、母さんの温かさ。母さんがなめてくてれた舌の感触。やさしくて大好きだった母さん。
でも、母さんはあたしのことが嫌いになって・・・。
ううん。あたしが勝手に母さんに嫌われたと思っていただけで、母さんはあたしのことを本当は嫌いじゃなかったのかもしれない。だって、あんなにやさしかったもの。
母さんはあたしに会いたくなったんだ。それで、会いに来てくれた。きっと、あたしがいなくなって寂しくなったんだ。あんなに悲しい声で鳴いていたんだもの。
母さんは外であたしが出てくるのを待っている。早く、いかなくちゃあ。
ミウは部屋を抜け出し、玄関から外に飛び出した。
ミャアー、ミャアー。
自然と、猫だったころの鳴き声が喉から出た。ミウの鳴き声は夜のしじまに響きわたった。
けれど、鳴き返す母猫の声はなかった。
そして、ミウはその場から姿を消した。
五日後の夜明け近い時間。
濃い霧がたちこめる中、誰かがこっちへ向かって歩いてくる。
ミウは薄目を開けてその様子を見ていた。ゴミだらけの路地裏で、ミウは横たえた体を起こそうともがいたが、動くことができなかった。
女の人らしいシルエットがすぐそばまできた。
「ミウ?」
低いけどよく通る、聞き覚えのある声。ミウは大きく目を開け、その人の顔を見た。見覚えのある美しい顔だった。
ミウ・・・。
誰かが呼ぶ声がする。
目を開けると、たくさんの顔があった。みんな知っている顔だ。
モンジ、ムンキチ、コタロウ、フジエ、カルリ、マトマ、ごちそうを食べた夜に見た、あの男の人も。
ミウは毛布に包まれ、モンジのひざの上にいた。
「あっ、目を開けた」
ムンキチの声だ。
あたしはいったいどうしたんだろう。ミウは考えた。
あの夜、母さんの声が聞こえて、それで、外へ出て、でも母さんはいなくて、母さんを探しに行って、それで・・・・。
明るくなって、帰ろうとしたけれど道がわからなくなって、また、夜がきて朝が来て、それから・・・。
「もう、大丈夫だ」
モンジが言った。声はかすれて、鼻声だった。
「ちょっとそこどいて」
アメリがやってきた。あたしを見つけてくれたアメリ。ミウはアメリに飛びついて、キスしたいと思った。
アメリは手にコップとスポイド持っていた。モンジの前にしゃがむと、コップに入っている水をスポイドに吸わせる。そして、ミウの口元に近づけた。
「さあ、ひと口、お飲み」
くちびるについた水をミウは舌でなめた。甘い。まるで、夢の中の飲み物みたい。ミウはスポイドの水をコクリと飲んだ。
「それ何?」
コタロウがアメリにきく。
「ぬるま湯に砂糖を少し入れたの」
「へえ~、おいしそう。ぼくも飲みたい」
コタロウが言った。
「ぼくもほしい」
ムンキチが大きな声で言う。
モンジのひざは温かかった。
頭をなでるカルリの手も優しかった。
「後で、特製のスープを作ってやろう」
フジエが背を伸ばして、腰をポンポンと叩きながら言った。
みんな、あたしのことを心配してくれている。ミウはうれしかった。
ちょっと、変な人たちだけど、あたしはこの人たちが好きだ。
ミウは安心して気持ちのいい眠りに落ちていった。




