ヤマンバ
ある夜中、ミウはモンジのリズミカルな寝息を確かめて、そっと自分の寝床からぬけだした。
ちょっと怖いけど、この部屋から出て、一人で家の中を探検してみようと思ったのだ。
何度かモンジの食事に付き合って、下のリビングに行ったことがあったけれど、一人で他のところに行くのは初めてだ。
ドアノブをそっと回して、真っ暗な廊下にでる。でも、ミウの目は暗闇でもよく見える。
二人のそれぞれの子供部屋と、もう一つは物置部屋だと聞いている。
壁に掛かっている、気味の悪いお面はムンキチが作ったものだ。
階段を下りて廊下を歩く。応接間と呼ばれている部屋の前を過ぎると、リビングダイニングで、その奥にマトマとアメリの部屋がある。
いろんな匂いがする。食べ物の匂い、人間の匂い、何かわからないものの匂い。
ミウはリビングを抜けて、奥へと進んだ。
真っ暗な廊下がどこまでも続いているように見える。じっと見ていると暗闇に吸い込まれそうな気がしてくる。
ミウは恐ろしくなって、後ずさった。古い床がミシミシ音をたてる。
「だれじゃっ!」
リビングの方からしゃがれた声がした。ミウは驚いて体を低くした。
シュッ、シュッ、シュッとすり足で誰かが近づいてくる音がする。
「おや、大きなネズミかな? イッヒッヒッヒ、そんなところで何をしておる」
頭の上で声がした。ミウがぱっと振り返ると、ばさばさの髪をした大きな影が覗き込んでいた。それはまるで、アニメで見たヤマンバにそっくりだった。
「ぎゃっ」
ミウは悲鳴を上げて、一目散に二階に駆け上がった。モンジの部屋にはいると、モンジが眠るベッドにもぐり込んだ。
「う~ん、ミウか?」
モンジは寝返りをうって、ミウを抱き寄せた。
「シタニイタ、ヤマンバ。ダレジャッテ イッタ」
ミウはモンジに抱きついて、がたがた震えた。
「ハハハ、ヤマンバか。それはきっとフジエだ。うん、確かにヤマンバに似ている。ハハハ」
「フジエ?」
「うん。心配いらないよ。あの人はこの家の住人だ。ずっと前からこの家に住んでいる」
「ズット マエカラ?」
「そうだ。ふぁ~、さあ、もう寝よう」
大きなあくびをして、モンジは目を閉じると、すぐにいびきをかきだした。
似ているんじゃない、フジエはヤマンバだ。ミウは思った。
暗い、暗いトンネルの様な道をミウは歩いている。どこまでも続くような道。
そうか、ここはアメリとマトマの部屋に続く廊下なんだ。二人の部屋がすぐにあるはず。だけど、ドアがない。
ずいぶん歩くと、先の方に光るものが見えた。近づくと小さな白い小鳥が光っている。ミウが小鳥を捕まえようと、手を伸ばす。すると、足元の地面が消えて、ミウは下へ真っ逆さま。
というところで目が覚めた。いつも間にか眠っていたらしい。
すぐ目の前に男の子の顔があった。ムンキチだ。
「あっ、起きた!」
ムンキチはそう言ってにやりと笑った。尖った犬歯が二本見えた。
ミウは驚いて、びよ~んと後ろに飛び上がった。
「飛んだー」
ムンキチが叫んで、隣りにいたコタロウもわあーと言った。
ミウは慌ててベッドの下にもぐった。
うっかりしていた。もう、子供たちが学校から帰ってくる時間だったのだ。
ムンキチとこコタロウがベッドの下をのぞく。
「出ておいで~」
コタロウが猫じゃらしをベッドの下で揺らす。
「そんなもんで出て来ないよ。ああ、そうだ」
ムンキチがバタバタと部屋から出ていった。そして、掃除機を引きずって戻ってきた。
「マトマがいつもやるんだ。ヨルがソファーの下に隠れた時」
ヨルというのはこの家にいる猫で、正真正銘の普通の黒猫だ。
うん、うん、とコタロウがうなずきながら、にやりと笑った。
ムンキチがプラグをコンセントに差し込んで、掃除機のスイッチを入れようとした時、
「何しているの、あんたたち」
低いけどよく通る、アメリの声がした。
体にぴったりした黒いドレス、つややかな黒髪を下の方でお団子にしている。風呂場で見た時より顔色も幾分か良く、それほどげっそりとしているようには見えなかった。
しかし、いつの間にそこにいたのか、アメリはいつも足音を立てない。
「だって、猫がここから出てこないんだ」
ムンキチがほっぺを膨らませていった。
「ふーん、それで掃除機で追い出そうというのね」
アメリが腕を組んでいった。冷たいほほえみが浮かんでいる。
「面白そう、やってごらん」
ドアを閉めて、アメリが言った。
「やった~」
ムンキチが掃除機のスイッチを入れた。ギューンと掃除機が甲高い音をたてる。ノズルをベッドの中に差し込み、その先をミウの方に向けた。
掃除機の音にびっくりしたミウはパニックになって、ベッドの下から飛び出し、めちゃくちゃに部屋の中を走り回って、最後にたんすの上にジャンプした。
「アーハッ、ハッ、ハッ、ハッ」
アメリが大きな口を開けて笑った。目がすごく細くなっている。
こんな大笑いをしているアメリを見るのは、ムンキチもコタロウも初めてだった。
アメリのその姿に二人はぞっとした。そして、ムンキチとコタロウは顔を見合わせて笑った。二人ともゾッとすることが好きなのだ。
「たんすの上から追い出そうか」
ムンキチが掃除機のノズルを上に向けて言った。
アメリは手で口をかくしながら、
「ああ、おもしろい。でも、もういいよ。それ以上やるとモンジに怒られる」
と言った。
「はーい」
ムンキチは素直に大きな声で返事した。
アメリがドアを開けて、部屋から出るように二人を促す。
ミウはたんすの上で、身を固くしていた。
「ばいばい、ねこちゃん」
アメリが部屋から出て行った。




