表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/39

9.新しい朝


 スマホのアラームが鳴っているのが遠くの方で聞こえる。


「んぁ────っ」


 まだ眠りたいという体に何とか言うことを聞かせて、うめき声を上げつつ音の方へ手を伸ばすと、思ったよりも近い位置にスマホはあった。

 

 すぐに目覚ましを止め寝ぼけまなこで時間を確認し、まだ余裕があると分かったので、もう一度アラームをセットし直し、昨日のことについてうつらうつららと考えながら幸せな二度寝に耽ろうと目を瞑る。


 まったく、昨日は散々な一日だった。


 いつも通り仕事から帰る途中で、どこかの主人公のように異世界転移に巻き込まれたものの、まったく楽しくない地獄のような三か月を過ごした後、無事に帰還し、狂喜しながらコンビニから帰る途中で魔王を見つけて家に連れ帰った────。


「………………魔王?」


 今、頭の中にすごい単語が出てきたぞ。

 待て待て待て待て、俺今、魔王を連れ帰ったって────────。


 記憶をほじくり返せば、それは真実だった。


 なんなら俺のせいで魔王はこっちの世界に転移させられ、帰るのは年単位で時間がかかるからということで、罪滅ぼしも兼ねてこの汚部屋に招き入れ、一緒にコンビニ飯を食べ、俺のベッドで眠らせている。


 ……そうだ、俺は確かに魔王を拾ってうちに連れてきた。


 そして本人がまさに今俺の目の前にいる。

 相変わらずの面の良さだが、寝顔は意外にもあどけない。

 

 衝撃的な現実を目の当たりにしたことで、おかげですっかり目は覚めてしまった。


 だが、後悔はしていない。

 あの時酒が入っていたとはいえ、たとえ完全な素面だったとしても俺は同じことをしていただろう。


 この世界のことをよく知らない魔王とはいったん一緒に住むとして、その内魔王用の部屋を一つ借りてやってもいいかもしれない。

 さすがにずっと俺と一緒に住むのは向こうも嫌だろう。

 魔王一人養えるだけの金銭的な余裕もある。


 そんなことを考えながら魔王の寝顔を眺めていると、再びアラームが鳴る。


 さすがにもう準備をしないと間に合わない。


「やばいな、少し急がないと」


 慌ててベッドから飛び起きて顔を洗い、着替えその他諸々を行っていると、寝室のドアがかちゃりと開いた。


 その姿を目にした途端、一瞬凝視しかけたがすぐに顔を背ける。

 

 顔以外布団に収まっていたので見えていなかったが、眠る前は留まっていたボタンがいくつか外れ、なかなかに際どい寝間着姿になっている。

 そんな無防備な姿で現れたら、男なら誰だってこんな反応になるだろう。

 

 まして俺は今から会社だ。

 心頭滅却心頭滅却……と心の中で呟きながらなんとか色々落ち着かせ、改めて魔王に向き直る。


「おはよう魔王さん。昨日はよく眠れたか?」

「ああ、主のお陰でぐっすり眠ることができた」

「なら良かった。それで悪いけど俺、今から仕事で留守にするけど、夕方には帰ってくるから。それまではなんかゆっくりしてればいい。飯はあの冷蔵庫って中にサンドイッチとか入ってるから、適当に食べててくれ。あ、テーブルのおにぎりも食べていいから。あとはなんか……あ、このスイッチ押したらテレビとか見られるから、勝手に見てていいんで」


 赤いスイッチを押すと、画面が光り、朝の情報番組の司会者が喋っている場面が映し出される。

 当然テレビは初見である魔王は、すぐに食いついた。


「ほう! これはまた不思議な箱だな! 遠くの場面を映しているのか? それにしてもずいぶんとはっきりと見えるではないか!」

「数字押したらチャンネル変わるんで」

「なんと!」


 感動しっぱなしの魔王が妙に可愛く見えて胸がむずむずとしてくるが、目に入った時計を見てにやけてる場合じゃないと気付く。


「とりあえず、今日は俺が帰るまでは外に出ないように!」


 それだけ注意事項として伝えると、鞄を持って俺はすぐさま玄関へと向かう。


 詳しいことは何も説明できなかったが、ご飯とテレビがあれば半日は一人でも何の問題もなく過ごせるだろう。


「気を付けて行ってくるのだぞ」


 ドアを開ける寸前、一緒に玄関までやってきた魔王から手を振りながら言われた言葉に、俺は少しだけ頬を緩める。


「……ああ、行ってきます」


 そう答えて扉を閉め、ちょうどよく来たエレベーターに飛び乗りながら思う。


 誰かにこうして見送られるのは何年振りだろうか。

 多分小学生以来な気がする。

 仕事に行く父さんと一緒に出る時、必ず母さんが玄関まで来て俺たち二人を笑顔で見送ってくれた。


 そんな日常がなくなったのは、母さんの病気が見つかったことがきかっけだった。


 あれ以来、うちは────。


「っ、しっかりしろ」


 過去を思い出しかけて、俺は慌てて頭を振る。

 

 今から仕事に行くってのに、辛気臭い顔でいるわけにはいかないと頬を両手でバチンと叩き、気持ちを切り替えてから俺はエレベーターを降りた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ