6.そして魔王を拾う②
俺のこの提案は予想外のことだったようで、途端に魔王は驚愕したように目を見開く。
「主は……分かっておるのか? 我は魔王だ。主ら人間に仇なした敵であるぞ」
「それなんだけどさ、先に攻撃してきたのってあっちの世界の人間側だろう? どう考えたって悪いのはあいつらだ」
「そうか……知っておったのだな」
「ああ。情報としては隠されてたがな。魔族が問答無用で攻め入ってくるから助けてくれって話だったが、俺の予想だと人間側が何もしなかったら、魔族もあんな過激な行動には出なかったんじゃないか?」
「ふむ、主の言う通りだ。売られた喧嘩は買う血気盛んなのが魔族は多くてな。こちらに死者は出なかったが、一度火が付いた奴らを止めることはできなかった。奴らの気持ちも分かるのでな」
ここで魔王は一度言葉を区切ると、ふぅと安堵したように息を漏らす。
「実は我は、あのような戦いは終わらせたかったのだ。いくら煽られたからとはいえ、何の罪もない人間や幼き子供に攻撃するなど、性に合わぬのだ。むしろお主が召喚されたと聞いた時、ようやくあの穴が消えるのかとほっとしたものだ」
「だからあの時、俺がせっせと穴を塞いでるのも見逃してたんだな」
「……気付いておったのか」
「そりゃあそうだよ。だってそれまでの魔族たちは俺にも積極的に攻撃を仕掛けてきてたのに、魔王さんは一切こっちに攻撃してこなかったし」
やはり俺の予想していた通りだった。
あの戦いの時、王女と違い、魔王には余裕が全く無かったとも思えなかった。
俺の動きは王女と違って認識していて、それでもあえて何もしなかった、といった雰囲気に見えたのはそういうことだったようだ。
「そこまで見抜かれておったとはな。……だが、魔王としての務めは果たさねばならん。だからあそこで穴を守り勇者たちを待っておったのだ」
「ただの義務感ってことか」
「そうなる。あっさり降伏しても良かったのだが、これでも我は魔王だ。負けるにしろある程度戦っておかねば他の魔族たちに示しがつかぬだろう?」
「ならやっぱり魔王さんは俺にとって敵でも何でもないよ。したがって恨みもない」
むしろ彼女が見逃してくれたから、魔法使いの術中にはまる前にあの世界から脱出できたので、ある意味感謝すべき相手で、救世主ともいえるだろう。
「あと、多分魔王さんが帰れなくなったのは俺のせいなんだわ。青白い光って、まさしく俺がこっちに戻ってくる時の転移陣の光の色でさ。魔王さんが魔界に戻る前に穴を閉じたせいで、俺の方の転移陣に引っ張られたんだと思う」
「なんとなくだが主の姿を見て予想はしておった。だが、気にすることはない。主は主のすべきことをしただけだ」
「いやいや気にするって! だから、俺の帰還のための転移陣に巻き込まれてしまったお詫びと、あと無事に帰れた感謝の意味を込めて、魔王さんをうちで保護しますよ、いえ、むしろさせてください」
魔力が戻るまで、たとえどれだけかかろうと、俺には魔王に返さなきゃならない大きな恩がある。
加えて俺のせいでこっちに留まることになったのだから、できる限りのことはしたいし、生活の保障もしっかりするつもりだ。
けれど魔王は遠慮してるのか、なかなか首を縦に振らない。
「申し出はとてもありがたいのだが……。我の存在は迷惑ではあるまいか?」
「そんなこと気にしないでくれ。魔王さんの気の済むまでいてくれたらいい」
「しかし他に同居しておる者にも申し訳なく」
「一人暮らしだから問題ない」
「だが、我には主に良くしてもらっても、返せるものなど何もないのだ。あるとしてもこの身一つで……。お主に生活保障の対価を支払うにあたり、我のこの体だけで足りるかどうか」
「え、体?」
言われて思わず目の前の魔王の、主に胸のあたりに視線を向ける。
やっぱり近くで見たら迫力は半端ない。
異性の価値に胸の大きさは関係ないが、それでもこの重量はなかなかにそそられるものがある。
そうしたら俺の視線に気付いた魔王が、何やら決意を込めたような表情で、上目遣いでぐいっと体をこちらに寄せてきた。
「面倒を見てもらうということなら、我の体は全てお主のものだ。この胸も好きに使ってくれてよい。それにお主が望むのなら、どんなプレイにでも対応してみせるぞ」
「プ、プレイ?」
言われた単語に一瞬頭が追い付かなくて目を瞬かせてる間にも、魔王は勝手に話を進める。
「大丈夫だ! 我はこれまでそういった経験はないが、昔閨の教育係に聞いた技を駆使して主を天国に導くこともきっとできて────」
「っ、あ────、待て、ちょっと待て、ストップ!」
押し付けられた胸と魔王の魅惑的なお誘いともとれる発言に一瞬脳がトリップしかけたが、慌てて俺は魔王の体を自分から離すと、魔王の発言を途中で無理やり止める。
なるほど理解した。
これ、あれだよな。
つまりは保護の見返りとして自分の体を差し出そうとしてるっていうやつ。
……いやいやどんな展開だよこれ。
まあ、確かに据え膳食わぬは何とやら、という言葉もあるし、こんな美人にそんなことを言われたら当然嬉しいのだが、あくまで魔王は被害者だ。
だから魔王が自分から、そんな、体を使った責任を取るなんて必要はない。
むしろ償うべきは俺の方だ。
発言内容からしてこの魔王がまさかの純潔だったのには驚いてるが、なら尚のこと、そういう系の好意を抱いていないであろう人間の俺相手に散らすべきじゃない。
「そのだな、お誘いは大変ありがたいんだが、マジで気にしなくていいから」
だがその瞬間、魔王はしょぼんと肩を落とす。
「……やはりそうか。我の身ではお主を満足させることはできぬと」
「違う違う! 正直魔王さんに迫られると五分と持たずに理性が焼き切れるくらいには魅力的なんだけど! そうじゃなくて、俺は魔王さんが見逃してくれてなかったらこっちに戻れなかったし、対価としては、面倒見るくらいじゃむしろ俺の方が釣り合ってないくらいなんだ。だから魔王さんが気に病むことはない、ってことを言いたかったんだよ!」
それでも魔王は納得できないといった面持ちで、見るからに渋っている。
だが、俺はいつまでもここで押し問答を続ける気はない。
なぜなら。
「悪いけどさ、せっかく買った酒がぬるくなりそうだから、俺としては一刻も早く部屋に戻りたいんだ」
だからとにかく四の五の言わずについてきてくれ。
そう、手にした袋をみせながら真面目なトーンで言ったら、観念したのか、魔王がようやく重い腰を上げた。
小柄な王女や魔法使いと違い、目の前で対峙した魔王は日本人の平均身長である俺よりも高い。
ヒールのある靴を履いてるからなおさらだ。
魔王って肩書を持っているし、普通に考えたら威圧感が半端ないはずなのだが、困った表情で頬を掻く魔王はなんだか可愛く見えた。