5.そして魔王を拾う①
魔王を前に、俺の頭は混乱を極めていた。
いやいやなぜすぐに気付かなかったんだ俺は!
こんなに分かりやすい特徴を備えているのに!!
だがしかし、まさかこの世界に倒されたはずの魔王がいるなんて思いもしないじゃないか。
っていうか何でここにいる!?
こっちの言葉が理解できないのか、一瞬怪訝そうにした魔王だったが、小さな声で何かを呟くと一瞬魔王の体が光る。
色々と驚き過ぎて固まる俺を前に、魔王は肩を落とす。
「そうか、主の顔を見て確信が持てた。ここはお主が元々住んでいた世界なのだな」
出てきた言葉は日本語だった。
なるほど、さっきのはこっちの言葉が分かるようになるための魔法だったようだ。
もうどう考えたって完全にあの魔王じゃないか。
っていうか魔王がここにいるってかなりヤバくないか。
確かに魔王が倒され、崩れていく様を俺はこの目でしかと見ていた。
普通はあの世界でそうして消えてなくなった後は、元の世界でその存在が再生されるって話だってのに。
それが何の因果か、俺のいるこの現代に姿を現した。
つまりこの世界が、今度は彼らによって侵略される……!?
一気に酔いが醒め、顔が青くなっていく。
が、こっちの不安を読み取ったらしい魔王は、力なく笑い言った。
「安心するがよい。我に先の戦いのような力はない」
「……そうなのか?」
「ああ。今できるのはせいぜいこの程度だ」
そう答えたと同時に、魔王の掌に小さな炎の球体が現れる。
しかしそれは大きくなることもなく、そのまま消えていった。
「そういう訳なのでな。このざまでは何もすることはできぬ。そもそも我はこの世界を侵略するつもりはない」
魔王の言葉が本当だという保証はない。
だが彼女の声にも表情にも嘘はないように思えた。
初対面の時に感じた強者オーラも感じられないし、第一この世界を征服するのなら、こんなとこで項垂れていないで、さっさとこの辺を焦土と化してしまえばいいのだ。
それをしないのが答えなんじゃないだろうか。
それにだ。
おそらく魔王はこちらがなんか仕掛けないかぎり、手を出すつもりはないだろう。
となると、疑問は。
「え、じゃあなんでここにいるんだ?」
になる。
まさか呑気に観光しに来たようにも見えない。
すると魔王は首をかすかに傾げつつ、何かを思い出すように目を細める。
「……この身は確かに勇者によって倒された。だが、理由は分からぬが、我の体の全てが塵となる直前、何やら青白い光に呑み込まれたのだ。普通魔族が元の世界に戻る時は闇に包まれるはずなのだが。そして気付けば我は、ここにいた」
「青白い……光?」
すんごい聞き覚えのある色の光。
…………いやいや、まさかな。まさかだよな?
あの時のことを俺もよく思い出してみる。
例の転移陣に乗った時、魔王の身体はどうなっていたか。
完全に全ての肉体が塵となっていたかどうかまでは確認していない。
というかだな。
魔王が倒されたのとほぼほぼ同時に俺は魔界へと通じるあの穴を閉じてしまっていた。
なら可能性として、行き場のなくなった魔王の魂が俺の帰宅のための転移陣に巻き込まれ、この世界に来てしまった────というのは大いにあり得るどころか、むしろそれしか原因が思い付かん。
…………やばいなぁこれ。
完全に俺のせいじゃん。
「……あの、魔王さんが元いた世界に戻るにはどうすればいいんだ?」
「時間とともに魔力も戻る。さすれば元の世界へと戻るための転移陣を、我であれば作り出すことが可能になる。こちらと魔界の座標軸は先ほど確認できたのでな。とは言っても、それを作るだけでほとんど全ての魔力を消費する上、存在させておける時間もほんのわずかではあるが」
座標軸とか俺には細かいことは分からんが、なんせ戻ることはできるらしい。
その点は良かったとひそかに胸を撫で下ろし、俺は尚も質問を続ける。
「その魔力ってのはどのくらいで溜まるとか……」
「こちらの世界には魔素が極端に少ないようでな。必要な魔素量を貯めるのにおそらくは何年か……下手をすれば何十年とかかってもおかしくはない」
「マジか」
魔界には空気中に魔素と呼ばれるものが大量に漂っており、魔族ってのはそれを取り込んで体内に溜めることで魔力へと変換させ、魔法を使っていたそうだ。
が、話を聞くにこの現代には、ゼロではないがその魔素が非常に少ないと。
それがなければ、最大火力を誇る魔王ですらどうすることもできず、溜まるまでひたすら待つ以外に道はないときた。
俺はそっと魔王の様子を伺う。
不思議なことにどの世界でも月は同じ色と形をしているらしい。
そんな月を見るためにか、夜空に向かい目線を上げている彼女の横顔は、心なしか憂いを帯びているように見える。
その姿が、三カ月前に訳も分からず異世界に放り込まれ、地球と同じ月を見上げながら絶望していた頃の自分と重なって見えた。
さすがに知らない世界に俺のせいで一人放り込まれた彼女に対し罪悪感に苛まれる。
だからしばし悩んだ後、俺は一つ提案をしてみた。
「なら、とりあえずはうちに来るか? 俺んちこの建物の上だから」