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4.異世界からの帰還


「────っ!?」


 あまりの眩しさに目を瞑っていたらしい俺は、それが無くなった気配を感じてそっと瞼を上げる。


 まず見えたのは、街灯に照らされた真っ黒なアスファルトの地面。

 ひんやりとした感触が足に伝わるのは、俺がそこに座り込んでいるせいだ。


 しばらく呆然としていたが、はっとなってまずは傍に落ちていたスマホを確認すると、俺があちらの世界に強制転移させられてから三十分ほど経った時間を表示していた。


 時間の流れが違うとは聞いていたが、あっちでの一カ月がこっちでの十分ってところか。

 俺としては何年も経ってたとかじゃなくてほっとしている。


 一瞬夢だったのかもと疑ったが、買って数回しか着ていなかった服は既に端が擦り切れていたし、服の下には矢で受けた攻撃の跡がわずかに残っている。


 やっぱりあれは現実だったと痛感した。


 一応あの聖なる力とやらが使えるか確認するが、「ヒール!」と技名を言いながら手を差し出すも何も出ず、ただただ俺の声が暗闇に溶けるだけという恥ずかしい結果に終わった。


 しかし、この程度の羞恥心などどうってことはない。


 ここでようやく俺は自分が元の世界に戻ってきたという実感が湧いてきて、ガッツポーズをしながら思わずその場で叫んだ。


「よっしゃ! 戻ってきた──!」


 視界の先にはよく行くコンビニの光が見える。夜なのに明るい。ああ、帰ってきたんだ!


 たったの三か月なのに、目の前に見えるこの世界の全てがただただ懐かしい。スマホも外灯もアスファルトもコンビニも、何もかもが。


 喜びのあまりテンションのおかしくなった俺は。スキップをしながら、まずは意気揚々とコンビニへ向かう。


 するといつもこの時間に入っている金髪の女の子がレジにいた。


「っらしゃいませ」


 久しぶりに聞く日本語すら懐かしくて、普段はしないのに彼女に向かって手を振りながら声をかける。


「よう! いつもお疲れ!」


 ぎょっとした顔で彼女がこちらを凝視するのにも構わず、青の買い物かごを取った俺は、目につく物をどんどん中に放り込んでいく。


 まずは米だ、米。

 おにぎりを何個か見繕い、隣のマヨネーズがたっぷり入った卵やハムのサンドイッチも取り、その後もサラダや即席みそ汁やカップラーメン、菓子パンにデザートを入れたら、飲み物のコーナーへ移動する。


 ここで取るものといえば当然、酒だ。


「レモン酎ハイ、ハイボール……あ、ビールは必須だよなぁ」


 ご機嫌で独り言を溢しながら冷蔵庫を開けたら、コーヒーを選んでいた兄ちゃんが何こいつという目で見てきたが、あんたも転移させられれば俺の今のこの気持ちが理解できるだろうさ。


 そのまま山盛りになった籠をもちにこにこ顔でレジへと向かったら、未だに表情筋が凝り固まっている女の子が、青のカラコンが剥がれそうな勢いで目を見開きつつ、商品を手にとって読み取っていく。


「六千三百二円っす……」


 電子マネーをピッとした音ですら現代を感じられて、頬が緩む。


 急に笑い出す俺に、もはやモンスターでも見るような顔になっている店員さんに、気分が良くてこの気持ちを誰かにお裾分けしたくなった俺は、袋の一番上に置かれた買ったばかりのチョコを彼女に差し出す。


「これやるよ」

「はっ? いや何言って……」


 が、戸惑う店員さんに構わず無理やりチョコを押しつけた俺は、袋を持つとすぐに店を出た。


 自動ドアが閉じる音を背後に感じつつ、一刻も早く幸福を噛みしめたくなり、その場でビールを取り出し、プシュッという音をわざと大きく立てるようにして缶を開け、黄金に輝く液体を一気に体の中に流し込む。

 

 途端に喉元から胃にアルコールが通り抜け、体中に幸せが染み渡っていく。

 

「ぷっはぁぁ、やっぱ最高!!」


 向こうの世界にもビールっぽい物はあったが、こんなに美味しくはなかった。


 やっぱりこの世界が最高だ。

 あっちに残らずに済んで本当に良かった。


 すぐさまほろ酔い気分になり、ますますテンションが高くなった俺は、鼻歌混じりに自宅へと向かう。


 夜も遅いためか誰とも遭遇することなく、やがて見えてきたのは二十階建てのマンションだ。

 その十五階に俺の住む部屋がある。


 最寄駅から徒歩五分、セキュリティもしっかりしていて、夕方まではコンシェルジュもいる。

 ゴミ捨てはいつでもオッケーだから、寝坊して出し忘れるなんていう心配もない。

 

 半分ほど入っているビール缶の残りをぐっと喉の奥に流し込んだら、潰した缶を通りすがりのゴミ箱に入れてからマンションの敷地内に一歩入りかけた俺だったが。

 

 入り口にある長い花壇の一番端っこの縁に、一人の人間が項垂れて座り込んでいるのを目撃する。


 雲の合間から一瞬だけ覗いた月光に照らされた姿から察するに、女性のようだ。


 スリットの入った魅惑的なドレスからは惚れ惚れする程綺麗な白い足が覗き、ざっくりと胸元が開いた服からは男なら誰でも二度見するであろう大きな胸が見える。


 俺もすんませんと思いつつ二度どころか三度見した。


 顔は全く分からんが俺の勘が告げている。

 絶対に美人だと。


 だが不審者である。

 

 なぜなら頭に謎の物体が二つ付いているから。

 なんだあれ。コスプレか? 


 いつもなら、面倒事はごめんだとさっさと通り過ぎる。


 が、今日の俺はいつもの俺ではない。


 クソみたいな異世界帰りの超ご機嫌な酔っ払いである。


 そんなタガが外れた俺が取った行動は一つ。


「お姉さん、こんなとこで何してんの?」


 顔も分からん彼女の隣に座ると、軽いノリで話しかけた。


 するとコスプレのお姉さんは、俺の声かけに応じるようにゆっくりと顔を上げる。


 ちょうどいいタイミングで雲が完全に切れ、空に輝く満月の光に照らされ、緩やかにカールした黒髪の下にあったご尊顔が露になった。


 大きな瞳に、おそろしく長いまつ毛、すっと通った鼻に冷たさすら感じる温度のない色合いの薄い唇。


 俺の予想通り、世の中で美女だと持て囃されている人たちですら裸足で逃げ出すほどの、息をのむほどに美しい顔立ちの女性だった。


 が、彼女の特徴として真っ先に挙げるとしたら、その瞳の色だろう。


 濁りなどまったく感じさせない真紅の色の瞳は、カラコンにしてはあまりにも鮮やかすぎて、まるで血のように赤く、それでいてどうしようもなく惹きつけられる色だ────。


「…………ん?」


 待て、この色、どこかで見たぞ。

 それもすごく最近。


 というかこのとんでもない偏差値を誇る綺麗な顔も、同じく直近で見た覚えがある。


 目を細め一生懸命記憶の入った引き出しをひっくり返していたら、ややあといった感じで彼女が口を開いた。


『……主は、もしやあの時の聖人か』


 脳を揺らすほどにぐっとくる色気のある声に、聖人という単語、そして明らかに日本語じゃないのに理解できる言語。


 それらが諸々記憶の中で繋ぎ合わされ、そこでようやく俺は彼女の正体に思い当たった。


「あんたもしかして、魔王か!?」


 そこにいたのは、ついさっき王女が倒したはずの魔王だった。


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