30.連絡先の交換
遊園地に到着すると、開園直後ということもあり、そこまで多くの人はいなかった。
が、人気のアトラクションには既に列ができていた。
「やっぱり一番最初は絶叫コースターですね」
千草さんの言葉に、夏樹も同意を示すように頷く。
「だね。朝のうちはまだ空いてるし、早めに攻略した方がいいかも」
「よいな。コースターは我が一番乗りたかったものなのだ! では早速行くとしようではないか」
園内マップを片手に持ったマオが先頭に立って、意気揚々とコースターのところへ向かうと、やっぱりそこは、見てきた中でも一番並んでいた。
待ち時間は既に三十分ほどで、俺たちが並んだあとも列はどんどん長くなっていく。
そんな、結構な人のいる前で、千草さんとマオがさっきまでみたいな未成年にはとても聞かせられる内容じゃない話を続けたらどうしようかと、割と本気で心配していたんだが、さすがにそのへんの配慮はできるようだ。
もしくは、散々話し尽くして満足したか。
「ところでマオさんって料理が得意だって聞いたんですが、何を一番よく作る、とかはあるんですか?」
千草さんのごく普通の質問に、マオは逡巡しながら答える。
「一番、と聞かれると難しいな。だが丼物と野菜を使ったものを食卓に出すことは多いな」
前者は俺の好物で、後者は俺の体を心配してる故だ。
「あ、そういえば、前にマオさんがケバブを作ったって聞いたんだけど」
夏樹が言っているのは、俺がマオのことをぶちまけさせられたあの、蕎麦の店での話だろう。
そんなに前の話じゃないが、メッセージアプリに慣れていなかったあの頃のマオが、既に懐かしい。
「あれか。あれはだな、テレビで、簡単に作れるレシピとやらをやっておって、非常に美味しそうであったので作ってみたのだ」
「あ、あれマジで美味かったよな。酒も進んだし」
「ではまた今度作るとしよう」
「マオさん、私にもレシピを教えてくれませんか?」
「勿論だとも。では今からレシピを言うのでメモに控えて……」
と、千草さんはマオが皆まで言う前にすっとスマホを取り出した。
「マオさん、連絡先教えてください。それに送ってもらえるととても助かります」
「連絡先、とな」
一瞬マオは目をパチクリとさせ、つまり千草さんは俺とのやり取りに使っているメッセージアプリの連絡先を知りたがっているのだと気付き、嬉しそうに顔をほころばせる。
が、さすがはマオらしい。
チラリと俺に、交換してもいいかと尋ねる目線を送ってくる。
支払いしてるのは俺だし、俺の許可がないうちは勝手なことはできないと思っていそうだ。
まあ、道端で出会った知らん人間と連絡先を交換したいと言われたらさすがに俺も止めるかもしれんが、千草さんは副業がとてもじゃないけど人には大っぴらに聞かせられないアレとはいえ、俺もよく知る後輩だ。
しかもマオと仲良くできそうな人間で、小説のネタに、とか、俺との生活をあけすけに聞いてくるかもだからその点は警戒したいが、些細なことだ。
当然俺が反対するはずがなく、好きにしたらいいと笑って小さく頷いたら、マオがほっとしたように頷き返すと、スマホを出して千草さんと連絡先の交換をはじめた。
しかし千草さんは、マオの画面を見て、驚きの声を上げる。
「え、マオさんの連絡先、霧島先輩しか入っていないんですか?」
「我には他に知り合いはおらぬからな」
マオの答えに、千草さんはこちらにジト目を送ってくる。
「先輩最低ですね。こんな美人なマオさんを独り占めしてたなんて」
「独り占めは認めよう。だがしゃあねえだろう」
「ではそんな最低な先輩のは消して、私を第一号にしましょう」
「やめろ消すな。連絡取れねぇと真剣に困る」
いや、ほんとに。
今から帰る連絡とか、マオが今どこにいるかとか、最近一人での買い物も増えたマオの生存確認とか。
それに、マオからくる今日の晩御飯連絡は、地味に俺の一日の終わりの楽しみになってるのだ。
「ゆかりんよ、晃と連絡が取れぬのは我も困る。晩ご飯のリクエストを聞いたり、買い忘れたものを頼むこともあるのでな」
マオにもそう言われ、本気で消す気だったらしい千草さんは諦めたように肩をすくめた。
「なら仕方ありません。でも私と先輩だけだとやっぱり寂しいので、夏樹さんとも交換してください」
「え、晃がいいんなら、僕としては勿論オッケーだけど」
「お前なら別に普通にオッケー出すよ」
「よいのか? 我としては知り合いが増えていくようで嬉しいのだが」
少し照れてるのか、ほんのり頬を染めるマオは尋常じゃないくらいに可愛い。
そしてそう思ったのは俺だけではないようで。
「マオさん、美人で可愛いとか、もはやテロですよ。……こんな可愛いマオさんが先輩と住んでるとか、先輩は一度滅びるべきです」
「千草さんは俺をこの世から一回消さないと気が済まないのか?」
「照れるマオさんも可愛いけど、晃につっかかるゆかりちゃんも可愛い。ずっと見ていられるよ」
「夏樹、お前はさっきから発言の方向性が違いすぎる」
仕事じゃない日に、千草さんが絡むと、夏樹はまるでポンコツだ。
使い物にならん。
その後なんだかんだ言いつつマオは夏樹とも連絡先を交換し、リストが三人になった画面を見つめて、マオは嬉しそうに笑っていた。
そうこうしているうちに順番が回ってきて、俺とマオは一番前の席に座る。
すぐ後ろが夏樹たちだ。
「なあマオ。質問なんだが、マオって空とか飛べるんだよな? 今更こんなジェットコースターに乗って、楽しめるもんなのか?」
カタ、カタ、とゆっくり上がっていく中、周りの景色をキラキラした瞳で見回していたマオは、大きく頷く。
「楽しめるに決まっておろう! そもそも飛ぶという行為は自分の羽根を使う。動画で予習したジェットコースターのように、くるくる回転したり、上からものすごいスピードで急降下する、というのも、当然できるし、我もそういうアクロバットな動きが好き故によくやっておったが、前にも言ったがとても疲れるのだ。その点このコースターは、我が頑張らずとも自動でそれらの動きを再現することができるのだぞ?」
「なるほどな。っていうかマオ、本当にこういう激しい動きが好きなんだな」
「ああ、とてと好きだぞ! だが一つ問題があってな」
「問題?」
疲れる以外に何があるんだと思って首を傾げると、マオの顔が急に青ざめる。
「おい、マオ?」
黙ってしまったマオに訝しげに尋ねると、
「そうであった。まさかこんな重大な問題を忘れておったとは」
「だからその問題ってのは一体……」
「我は三半規管が弱いのだ」
「……え?」
三半規管とは平衡感覚を司る器官で、それが弱いと乗り物に酔いやすいという特徴がある。
つまりマオの問題って、激しい飛び方をすると酔って気持ち悪くなるってことで、それはジェットコースターでも同じことがいえると。
「激しい動きの直後から、頭痛とめまいと吐き気に襲われる始末でな。だが、やめられんのだ。だからこそいつもは酔わないよう三半規管の強化魔法をかけているのだが、よりにもよって今日はかけておらぬ」
「なら急いでかけろよ!」
ゆっくり解説してる場合じゃねえ。
マオを急かすと、
「う、うむ」
そう答えた彼女が急いで口を動かすが、それよりも早く、登り坂の終わりが見えてきた。
そして────。
マオが魔法をかけ終わる前に、無情にも車体は急降下した。




