3.異世界との決別
治癒を担う俺がいるとはいっても、城の中にいた敵はこれまでとは一線を画した強さで、特に四天王と呼ばれた魔族は別格だった。
だが、それでもなんとか死線を潜り抜けて、ようやく全員を倒し切ることができた。
あと残っているのは、ボスである魔王のみである。
他の討伐隊の兵達は、さっきの戦いではまったく役に立たなかったどころか、むしろ少数の方が動きやすいからという理由でその場に残すことにした。
そして王女と格闘家、魔法使いと俺の四人でラスボス目指して最奥へ進むと、魔王と思しき人型の魔族が、何の感情もないような瞳で俺たちを出迎えた。
「主らが勇者か」
初めて目にした魔王は、意外なことに敵である俺ですら見惚れるほどに恐ろしく端正な顔立ちの美女だった。
もはや美の暴力といっても過言じゃない。
純粋な顔の良さで言えば、国一番の美姫と呼ばれている王女も完敗で、魔王に軍配が上がるだろう。
格闘家なんてだらしなく開いた口が未だに塞がってないくらいだ。
あいつの感情と同調するのは気に喰わんが、気持ちは分からんでもない。
が、頭には二本のくるっと丸まった角があり、彼女が人間ではないことは一目瞭然だ。
しかも瞳は血のように真っ赤だ。
様々な色の瞳を持つ異世界人だが、赤というのは魔族を表す色だと前に聞いたことがあったし、実際に人間たちの中にこの色の瞳の者はいなかった。
それにウェーブがかった髪も胸の大きく開かれた扇情的な作りのドレスも靴も何もかも黒づくめで、見ようによっちゃ売れっ子の夜の蝶のような出で立ちだが、醸し出されている雰囲気が明らかに強者のそれだから、目の前の彼女は間違いなく魔王だと本能が告げていた。
というか、魔族は強くなればなるほど人に近い形に、そしてえらく美形になっている気がする。
さっき倒した四天王もそうだった。
そんな魔王の右横にはでっかい真っ黒な穴がぽかんと開いている。
あれがおそらく例の魔界とこの世界を繋いでいるという、俺が閉じなければいけない例のやつなんだろう。
俺がそれをじっと眺めている間にも、勇者は剣を構えて魔王と真剣な面持ちで対峙していた。
「勇者リラの名において、魔王、あなたをここで打ち滅ぼさせてもらうわ!」
「ほう、ならばやってみるがいい」
そして腰にきそうなほどのめっちゃ心地いい魔王の声で放たれたその言葉により、戦いの火蓋が切られた。
さすがにラスボスなだけある。
美貌もさることながら実力も折り紙付きで、普通の四天王の軽く三倍は戦力差がありそうなほどだ。
これまで初見で一撃を入れられていたみんなの攻撃もあっさりとかわされてしまうし、魔法と剣から繰り出される魔王からの攻撃は早い上に重い。
一撃を受けただけで立つことすら困難になるほどの威力だ。
だが、魔王からこちらの陣営が攻撃を受ける度に、回復役を担う俺がいる。
すぐに傷が塞がって矢継ぎ早に攻撃を仕掛けてくる王女たち三人を相手にしていれば、その内少しずつ魔王に攻撃が入るようになる。
援軍は望めない上、ダメージが蓄積されていく彼女の怪我を治す者もいないので、さすがにお強い魔王も徐々に劣勢になっていく。
そんな状況を冷静に分析しながら、俺はというと。
適当に怪我を治しながら、魔王が中央で戦って穴から離れた隙に、そいつを塞ぐ作業も並行して行っていた。
やり方はよく分からなかったが、穴に手をかざして、
「塞がれ!」
と念じると、それだけで俺の体にある力がごっそりと吸い取られていくのを感じつつそのままの体勢を維持していると、ゆっくりとだが小さくなっていく。
魔王が倒されるまでちんたら待ってられるかよ。
俺はもう一つ、人間たちの計画を知っている。
何度も言うが、あいつらはクソったれの屑野郎だ。
なぜなら魔王が倒された瞬間、魔力を回復させた魔法使いが、俺が穴を閉じる前に、俺をこいつらの住む国に強制帰還させて、無理やり王女と婚姻関係を結ばせて俺をこの世界に縛り付ける計画を練っていることを知っているのだ。
それだけじゃない。
なぜ穴を残したままにしておくのか。
あいつらはこの強大な治癒の力を持つ俺を連れて、再び魔界に侵攻するつもりなのだ。
なんでそんなこと知ってるかって?
アンサー。
魔法使いがその計画を書き記したノートをたまたま見てしまったから。
焚火の番をしながらそのノートに書き込む最中睡魔に襲われて眠ったらしい魔法使いを、尿意を感じて目を覚ました俺が偶然目にしてしまったのだ。
他にもそのノートにはあの国の例の爺さんからの指示書と思わしき手紙も数通挟まっており、こんな大事なものを開きっぱなしで寝るなよ、馬鹿なのかと呆れつつ、当然それを見たことは誰にも言わずにここまできた。
だからこそ、魔法使いが戦いを終えて魔力を回復する前に、魔王を倒したその瞬間、穴を塞いですぐさま俺が元の世界への転移陣を踏めるよう準備しているというわけだ。
お前らの都合のいい展開には絶対にさせない。
「おいこの役立たずがっ! 穴塞ぎなんて後にしやがれ!!」
クソ格闘家が叫んでいるが、かといって俺の動きを止めに行けば魔王に対して隙ができるので、その場からは動かない。
魔法使いはなんとなくこちらの思惑を察したのか、まずい、という顔をしているが、同じく動けない。
尚王女はというと、魔王との戦いが佳境に入って剣の討ちあい中の為か、そもそも仲間の声にも俺の行動にも気付いていないっぽい。
対する魔王なんだが、真剣勝負の際中にもかかわらずちらっと俺と目が合う。
が、特に何かされるわけでもなく、ふいっと視線を逸らされた。
その様子を見て俺はもしかしたら……と思うところがあったが、気にせずに作業を続ける。
そして戦いも佳境に入り、王女が必殺技を叫びながら大きく剣を振りかぶった瞬間。
────決着は着いた。
叫び声すら上げず、魔王の体がこれまでの魔族たちと同様、ボロボロとゆっくりと崩れ落ちながら風に乗って消えていく。
それと同時に俺の方も完了し、忌々しい黒いオーラを放っていた穴が完全にこの世界から消え去る。
そしてそのすぐ後に、穴があったのと同じ場所に、話に聞いていた通り俺をこの世界に連れてきたのと同じ眩い青白い光を放つ魔法陣が現れた。
「ま、まま、待って────!」
状況を完全に把握した魔法使いが慌てて魔力回復ポーションの蓋を開けながら俺に向かって手を伸ばすが、
「待たねぇよ。じゃ、役目は終えたってことで、俺は帰らせてもらうから」
「アキラ様、そんな、せめてもう少し一緒に……」
王女が何か言っているが、ちんたらと時間稼ぎされている間に遠く離れた奴らの国に転移させられたらたまったもんじゃない。
魔界への侵攻が不可能になったとはいえ、有用な俺の力を欲しているのに変わりはないだろう。
それにこの転移陣がいつまでここに留まっているのかも分からない。
よって、この世界にも彼らにも全く未練のない俺は、すぐさま転移陣の上に乗った。
そうしたらすぐに全身が光に包まれる。
青い顔で立ち尽くす魔法使いも、なんか分からんが勝手に帰ったことにでも怒っているらしい格闘家も、そして浮気相手とイチャコラしている場面を俺に見つかった時と同じような絶望の表情を浮かべた王女も、みんな光に消えていった。