22.●魔王のはじめてのおつかい
「いいかマオ。信号は赤になったら止まれだ。必ず青で渡るんだぞ。チカチカしたら無理して渡らないこと」
「分かっておる」
「大丈夫か? ちゃんと財布はカバンに入ってるか? そうだ、レジで支払い終わったあと、財布をしまうのを忘れるなよ」
「無論そのようなミスはしない」
「それから、道はそんなに複雑じゃないが、念の為地図アプリを見ながら行ってくれ。もしも迷ったら、俺が仕事中とか関係なく電話してもらっていいから」
「一本道だからそんな心配は不要だ。主は仕事に集中せい」
「あ、あと道を歩く人に……」
ここでさすがのマオも思わず声を上げる。
「晃! 我はこう見えても大人だ! 主が心配してくれているのは分かるが、言葉も分かるし、買い物如きでそうそう問題は起こらない!」
────なぜこのような問答を、出勤前の晃と玄関で朝っぱらから行っているかというと。
晃と暮らし始めて二週間が経ち、順応性の高いマオは、早くもスマホも完璧に使いこなす現代っ子と言えるほどに進化を遂げていた。
なので次の段階として、晃が仕事の間、一人で外に買い物に行きたいと自ら彼に告げたのだ。
「我としては晃の手を毎回煩わせるのも申し訳ないし、買い忘れなどもあるのでな。それにこの世界に長いこと腰を下ろす予定なのだから、こちらのことをよく知るという意味でも外出くらいは一人でできぬとだめだと思うのだ」
「んー、まあ、そうだな。確かに、ずっと家にこもりっぱなしったわけにもいかんわな」
かなり渋っていたものの、なんとか二つ返事で晃から了承を取り付けたのだが、マオが思っていた以上に晃は過保護だった。
「足りないといけないからな」
そう言って渡された財布には、この国で最も大きな額と言われている札がざっと二十枚ほど入っていた。
「……晃、我はスーパーに行くだけなのだが」
一体この男は、何を買いに行くつもりだと思っているのか。
むしろこんなに持っていると誰かにバレた時に、盗難のリスクが高まるからと、十八枚減らさせた。
「え、本当にこれだけでいいのか??」
「いいに決まっておろう」
むしろもう一枚減らしてもよかったのだが、晃が不満そうにしていたので諦めた。
それが昨夜のことである。
で、今朝になっても晃は心配が止まらないようで、サラリーマンとしては忙しいであろう朝の時間にこんなやりとりをする羽目になっていた。
「とにかく。我のことは心配いらん。もしも万が一が起こった時は、晃に必ずメッセージを送る。緊急性が高いものならば必ず電話もする」
「だがなぁ」
「それよりも! 晃、早く行かねば遅刻であろう」
「……ここは半休使うべきか」
仕事漬けだったらしい晃の思わぬ発言に、マオは無理やり彼の体の正面をくるりと玄関の扉に向けると、ドアを開けてやる。
「こんなことで貴重な休みを取るでない! いいから早く行ってくるのだ」
「っ、分かったよ」
尚も心配そうな面持ちは消えなかったが、マオにそう言われた晃は未練たらしく何度も後ろを振り返りながら、エレベーターに乗った。
晃の姿が完全に見えなくなるまで見守っていたマオは、エレベーターが下へと動いたのを確認した後、自身の準備もすべく部屋へと戻った。
●●●●
「財布もスマホも、あぁ、あと鍵だな。……うむ、全部持ったぞ」
スマホはジーンズの後ろポケットに、それ以外は小さな鞄に入れて斜め掛けし、エコバッグを肩にかけたマオは、口で言いながら確認を終え、靴を履くと外へと出る。
勿論鍵をかけるのも忘れない。
そして何度も乗っているうちに慣れたエレベーターで地上へと降り立ったマオは、マンションを出て右に曲がる。
ここからまっすぐ十五分も歩けば、目的のスーパーがある。
割と閑静な住宅地なため、車の往来も雑音も少なく、道の脇には植木も植えられており、散歩をしているような気分になる。
今日のマオは晃に買ってもらったスニーカーというのを履いている。
魔界にいる時はピンヒールの靴ばかりだったが、それよりも断然歩きやすくて動きやすい。
途中で散歩中の犬を撫でたり、母親に手を引かれて歩くよちよち歩きの幼子の姿をほほ笑ましく後ろから眺めたりしながら、マオは特に迷うこともなく無事に目的地に到着した。
でかでかと掲げられた『スーパーマルナナ』と書かれた看板を眺めていると、それと同時にスマホが通知を知らせるようにぶるりと震える。
「……あやつはどれだけ心配性なのだ」
彼からは、マオの位置情報が分かるアプリを入れていると予め言われていた。
それで彼女の到着が分かったのだろう。
『無事に着いたか? 車には轢かれていないか? 変な奴に絡まれたりもしてないか?』
『位置情報を入れているなら、問題なく到着したと分かるであろう』
そう返し、いいから仕事しろ、という文字が入ったうってつけのスタンプを送り、マオはメッセージアプリを消すと、スマホのメモ機能を開く。
そこには今日買うものを打ち込んでおいた。
何度も来ているお店だ。
既に商品の場所もある程度は把握している。
入り口で取った買い物かごをカートに乗せ、マオはメモにある商品を次々に入れていく。
勿論、どれが一番コスパがいいかもきちんと値段を見比べてである。
晃のように、とりあえず手近なものを取ればいい、というような買い方はしない。
今日は少し遅くなると聞いていたので、晩御飯はあまり胃腸に負担をかけない物の方がいいだろう。
がっつり肉系ではなく、消化の良いレシピをと考えながら、メモにはない物も購入し、レジへと向かう。
「三千三百二円です」
やはり一枚で十分事足りた。
支払いはセルフレジで行うが、晃が使っているのを横から見ていたので使い方はばっちり覚えている。
お札をセルフレジに入れると、自動で釣銭が機械から排出される。
それとレシートを財布に入れ、忘れずに鞄の中へ入れた。
滞在時間は二十分ほど。
無事に買い物を終わらせ、マオは再び来た道を戻ったいく。




