20.同僚からの事情聴取
休み明け、会社へ行くと、少しむくれた顔の夏樹が待ち構えていた。
俺から直接マオのことを教えられなかったことに大層ご立腹らしい。
予想していた通り、えげつない量のメッセージが土曜の夜に来ていたくらいだし。
「おはよう夏樹。またえらく焼けたな。成果はどうだったんだよ」
「夕方まで粘って四匹しか釣れなかったよ……って、その話はいいの! 本当に晃ってばひどいよね。僕らの仲だっていうのに何も教えてくれないなんて。水臭いにも程があるよ」
「いやだからそれについては土曜にも謝っただろう、悪かったって」
「僕は晃に自分の恋愛相談は逐一していたのに」
「それは別に俺が頼んだわけじゃなくて、夏樹が勝手に言ってきたからじゃ……」
一緒に働くうちに千草さんに惹かれていった夏樹からは、どうすればうまくいくかとずっと相談されていたのだ。
まあ、付き合えたのは多分俺じゃなくて夏樹の実力だろう。
大したアドバイスをした覚えはないしな。
「という訳で、今日の昼休憩の時に君の彼女のことについて、みっちり事情を聞かせてもらうからね!」
「なにがという訳でかは分からんが」
しかし俺の話など聞いていないようで、夏樹は颯爽と自分のデスクへと戻っていった。
と。
「霧島先輩、今の話って」
「おう、おはよう楠さん」
そうだった、先週の後始末の残りがちょっと残ってたんだっけなと、楠さんの顔を見て思い出す。
しかし俺が仕事の話をする前に、彼女は先に口を開く。
「あの、彼女ができたんですか……?」
夏樹がさっきデカい声で話しかけてきてたから、聞こえていたんだろう。
隠したところで夏樹と千草さんに知られているし、今更か。
「ああ、そうなんだ」
だから俺は肯定するように返事をしたら、楠さんの肩が分かりやすく落ちる。
「そう、ですか……」
なんか変なこと言ったかと首をひねる俺を置いて、そのまま楠さんは俺の前から立ち去った。
「なんだったんだ今の」
俺の問いに答えてくれる人間は生憎近くにはいなかったので、結局彼女の落胆の理由は謎のまま、俺は朝からの仕事に取り掛かった。
〇〇〇〇
「で、何者なんだい? そのマオって子は。あの、いつ何時も動じないゆかりちゃんが、珍しく興奮した様子で僕に話してきたよ。君がどうやってものにしたのかまったくもって理解不明なほどに、赤い瞳が特徴的なこの世のものとは思えない美人さんだったって」
昼になるや否や速攻で会社から連れ出され、昼食時に二人でよく行く蕎麦の店で、俺に聞きもせずさっさとこっちの分まで注文を済ませた夏樹は、据わった目で、全部話さないと解放しないとばかりにこっちをじっと見つめる。
すごい圧を感じるなぁ。
だが、夏樹から連絡が来た時点で、ある程度の設定は練っておいた。
こいつのことだから、しっかり聞いてくるのは分かっていたからな。
結果、魔王ではないマオがこの世に誕生した。
俺は嘘で固めたマオ像を夏樹に話す。
「彼女はマオ・ハーフェリ。今まで両親の仕事の関係で海外を転々としていたんだ。目の色が赤いのは色んな人種の血が混じってるからだそうだ」
「ふうん。で、どういった経緯で付き合うことになったのさ」
「経緯な。実はマオって昔俺が彼女のいたとこに旅行してた時に助けてもらった、いわば恩人なんだよ。傍にいたマオが病院まで連れて行ってくれなかったら俺、多分死んでたよなってくらいで」
「一体向こうで何があったの?」
「ギャングの抗争に巻き込まれて死にかけた」
実際は魔族と異世界人族との戦いに巻き込まれたんだが、似たようなもんだ。
「夏樹には見せたことなかったが、これがその証拠だ」
ついでにあっちで弓で撃たれた時にできた脇腹の傷跡も見せる。
まさかこんなところで役に立つとはな。
これなら信憑性も高いだろう。
「うわぁ、マジ物じゃないこれ。どれだけ治安の悪い国に行ってたのさ。しかも何か所もあるなんて……。よく助かったね」
「だろう? 俺もそう思う。本当はその時お礼を言いたかったんだが、俺が気付いた時にはマオは消えてたんで、礼どころか、連絡先も名前も分からずじまいだったんだ」
よし、今のところ、夏樹がこちらを疑っている様子はない。
そのまま俺は続ける。
「で、ずっと日本に興味があったマオが最近こっちに単独でやってきたんだが、財布もスマホもなんもかもスられたらしくてな。途方に暮れてたところで偶然再会したんだ」
「なんか運命的だね。まるで作り話みたい」
正真正銘虚構だからな。
夏樹の言ってることは何も間違っちゃいない。
が、それを肯定するわけにもいかない。
「ああ、俺もマオと会った時は一瞬驚いたぞ。……んで、困ってたから恩を返すっていう意味で俺んちに呼んだんだ。ほら、お前も知ってる通り、あそこファミリー向けだから広いし、部屋も余ってたしさ」
「広いのは知ってるけど、そんなことよりよくあの汚部屋に入れたよね」
「あん時は酔っ払ってたんだよ」
「それでついうっかり手を出して、責任を取って付き合うことになったとか?」
揶揄うような夏樹の言い方に、俺は眉をひそめる。
「馬鹿言え。さすがに酒が入っててもそんなことはしない」
「なら手を出したのは付き合ってからってことかな」
「想像に任せる」
手は出していないが、当然それについては言及せずに、俺は再度夏樹の様子を伺う。
フィクションとはいえところどころ真実は混じっているし、一応話の筋は通っているはずだ。
しかし夏樹の顔は何かを疑っているようで、微妙に浮かない表情だ。
どこかおかしなとこがあったかと先ほどまでの夏樹との会話を思い返していると、どうやらそうではなかったようだ。
「僕としては当然友人に彼女ができたことは祝福したいところなんだけど。……ほら、前の子が君のお金目当てだったじゃない? あれに懲りた晃が似たようなタイプに引っかかったとは思っていないんだけど、これでも僕、晃のことちょっと心配しててさ。君って女性の見る目がないから」
ズバッと言われた言葉に俺はもはや苦笑するしかない。
つまり夏樹は、俺自身の人の見る目を疑っていたと。
夏樹の言っている前の彼女。
それは例の浮気されて別れた子だ。
夏樹はその子と俺が付き合うまでの経緯も、付き合ってから別れるまでのことも、そして彼女の本性も知っている。
「だって晃、僕が何度あの子は絶対に地雷案件だよって言っても聞く耳持たなかったしさ」
「あの時はほんと、俺もどうかしてたんだよ」
ある意味忌まわしい記憶である。
俺はあの頃を思い出すかのように、目線を遠くへと向けた。




