17.魔王と洋服
昨日は雨かもしれないと思わせるほどの曇り空だったので心配していたのだが、今朝ははいい感じに晴れていた。
買うものが多いので、今日の移動手段は車である。
「テレビとやらで見たぞ。これが車というものか。馬がおらずとも動く不思議な代物らしいな」
「あっちの世界は馬とか馬車が主な交通手段だもんな。ちなみに魔界でもそうだったのか?」
助手席に座り、ウキウキとシートベルトを締めながらマオが答える。
「そうだな。我らは魔界産の馬を使用しておった。だがそれ以外だと、単独で動くのならば飛ぶ方が早かったな」
「飛ぶ?」
「翼があるのだ。だが非常に疲れる。故に我は、滅多に使わなかったが」
翼か……。
飛んで戦う奴らも確かにいた。
マオはあの時の戦いでは使用していなかったが、例えば四天王の一角を担っていたロリっ娘ツインテールのはかなり小さめで、色は黒く、コウモリの羽のような形のものを出していたし、かと思えばそれよりも横に長く、真っ赤な色のものを出してた奴もいた。
また機会があればマオのも見せてほしいなと思いつつ、運転席に座った俺は、体の中から緊張を追い出すようにふぅと一つ深呼吸をする。
免許もあるし一応は車も所持しているのだが、休日も含めよっぽどのことがない限り使うことはない。
運転席に乗ると、色々と余計なことを考えてしまうのだ。
主に悪い意味で。
ちょっとしたトラウマのようなものだ。
だが今日はそういうわけにもいかない。
俺はもう一度、今度は浅く一呼吸すると、意を決してハンドルを握った。
久しぶりの運転だが特に問題もなく、車を三十分ほど走らせる。
やってきたのは、大型ショッピングモールである。
今日は買う物も多いし、ここに来れば大体の物は揃うだろう。
休日ではあるがまだ午前中ということもあり、駐車場もかなり空きがある。
「さて、まずはマオの服だな。どんな服が欲しいとかあるか?」
「我は買ってもらう身だ。我儘は言わぬ。晃に任せる」
「任せるねぇ。っていっても俺も女性物のブランドって分かんないんだよな。だからむしろマオがこういうのがいいって主張してもらえる方が助かるんだけど」
するとしばらく考え込むように俯いていたマオだったが。
「それならば動きやすい服が欲しいな。掃除の時、借りていたあのパジャマとやらを汚すのが忍びなかった」
という言葉を受けて、早速日本のファストファッションを代表する、シンプルながら機能性の高い服を多く扱っている店に行くことにした。
そこでサイズ合わせも含めて、マオが試着したのだが。
マオは美人だが、同時にスタイルもいい。
それは胸の大きさってだけじゃなくて、細すぎない体型で、けれど腰の位置は高くきゅっとくびれ、お尻の形まで完璧で、足も長い。
特に体にピタリと密着する系統の服を着ていると、それが如実に分かる。
大体、白のTシャツとジーンズっていう超シンプル過ぎる服を着こなせる時点で、マオの凄さが良く分かる。
試着室から出てきた時、他のお客さんの視線をかっさらうほどである。
「どうだ、変ではないか?」
変じゃないどころか……。
というか彼女ならおそらくどんな服でも着こなせるだろう。
あと、ズボンの裾上げをしなくてもいい辺りが羨ましい。
「よく似合ってる。多分マオなら何でもいけるから、好きなのを選べばいいと思う」
「そうか、ではこれは買ってもらえるとありがたい」
それからその店でいくつか試着した後、下着も含めて何着か購入をして、その中の一着に着替えてもらう。
選んだのは初めに着た白シャツとジーンズの組み合わせだった。
「こんなに買わせてしまうとは……すまないな、晃」
「こんくらい気にするなって」
俺としてはむしろこれだけで良かったのかと思えるくらいの少なさだったんだが、マオが最低限でいいと強く言うのだから仕方がない。
「というか、はじめてマオと会った時、結構肌の露出度が高めだったから、てっきりそういう系統の服が欲しいんだとばかり思っていた」
実際あれも良く似合っていた。
だが俺のこの言葉に、マオは少しだけ唇を歪ませる。
「……違うのだ。あれは断じて我の趣味ではない。魔王には代々服の決まりがあってだな。女魔王の衣装は、なぜかああいう扇情的なドレス型の服なのだ。しかもあのような心許ない布面積であるのに、防御魔法は最上のものが組み込まれておってな。仕方なしに、色々と見えんよう気を付けながら、戦闘時はあれを着ていただけだ」
なるほど、じゃああれはまったくもってマオの好みではないと。
まあ、これまでのマオの性格とかを鑑みると、確かに彼女がああいうのを好き好んで着るイメージはない。
「だが、晃がああいった服がいいということならば、我はいつでも着るぞ! すぐにめくれて胸が出てしまっても、晃が喜ぶのであれば────」
「いやいいって! あとああいうのは嫌いじゃないが、がっつり見えてるよりも、見えそうで見えないくらいの方が色々と想像を掻き立てられるから、そういう方が俺は好みだ」
どさくさに紛れてうっかり自分の好みを漏らしてしまったが、周囲に人がいなかったのでよかったとほっと胸を撫で下ろす。
だが当然目の前のマオにはしっかり聞こえており、彼女はくすりと笑い声を漏らす。
「なるほど、その発言から考えるに、どうやら晃はむっつりとやらの傾向があるようだな」
「うるせぇ。……んで、結局のところ、マオってどういうのが好きなんだよ。さっき買ったのはマオの趣味っていうよりも、動きやすさを重視で選んだ服だろう?」
「好み、か。そうだな、我はこの見た目故、あまり似合わぬとは分かっているのだが……」
そう言ったマオは、ふっと足を止めると、熱を込めた視線をどこかへと送っている。
目線の先を辿ったところにあったのは、ピンクや水色のようなパステルカラーを基調とした、いかにも可愛いと言えるような服が多く並ぶ店だった。
なんだっけ、ああいうのって確かガーリー系とでも言うのか。
「なら一回着てみよう」
小柄で可愛い感じの子が着ているイメージはあるが、かといってマオには似合わないかと言われると、着てるとこを見てみないと分からん。
「ほら、似合うか分からないっていうんなら、店員さんに似合いそうなのがどれか聞けばいいだろう」
「へ? い、いやしかし、我にあのようないかにも可愛い女の子のような服はだな」
だが俺は、なんだかんだと理由をつけて断ろうとするマオを無理やり引っ張り、そのブランドの服を身にまとった店員さんに声をかける。
「すみません、俺の連れがこういった服を着たいみたいなんですけど、似合うか分からんって言ってるので、良さげなのを何着か見繕ってもらってもいですか?」
「ええ、勿論です。お任せくださいませ」
「こら、晃、我の話を聞いておるのか!?」
聞いているが聞かない。
俺の言葉を聞いた店員さんはマオの姿を一目見ただけで、てきぱきと店内を回って早速三着ほど用意してくれた。
仕事が早い。
「だが我は、その、可愛いとはあまり言われぬ見た目で、身長も高い故……」
けれどそんな不安げなマオの台詞を、店員さんはにこりと笑顔で封殺する。
「身長も見た目も関係ありません。好きな服を堂々と着ればいいんです。大丈夫、私がお客様にぴったりの洋服を選ばせていただきましたので、まずは一度ご試着してみてください」
そのまま笑顔の圧で押し切られたマオは、半ば強引に試着室へと押し込まれた。
それから数分後。
体のラインは出ない作りで、胸元はレースの生地で覆われており、ふわりと裾の広がる膝下丈の白のワンピース姿で出てきたマオを見て、俺の取った行動は。
「買います」
傍にいた店員さんに即座にカードを手渡す、だった。
「あ、晃、まだ我はこれが似合うかどうか……」
「安心しろマオ。正直これまでマオが着ていた服も全部似合っていたが、さすがはオススメされただけのことはあるな。それが一番似合ってて可愛いと思う。むしろ俺の好みでもある。ドストライクだ。で、マオはそれ嫌いか?」
「いや、我もこういう服は憧れであったし、とても好みではあるが」
本人の意思も確認した。つまり結論。
「これ買います」
俺は再び購入の意志を告げた。
それ以外にも持ってきてもらった服を着てもらったが、どちらも当然似合っていた。
マオも恥ずかしそうに照れつつも、どことなく嬉しそうだった。
さっきも買ってもらったのにと恐縮して辞退しようとする彼女に、俺がこれを着てほしいから! と言えば、それならという感じでマオは折れた。
折角だからさっきの服を着替えて白のワンピースにしたらどうだとマオに伝え、彼女が着替えている間に、さっさと支払いを済ませる。
さっき買った服と桁が一つ違うが、悔いはない。
だってマジで可愛かった。
眼福ものである。
控え目に言って最高だ。
「本当にお似合いでしたね。彼女さんに喜んでもらえて、私も店員冥利に尽きます」
「彼女……」
俺は見た目普通でマオはあの通りバッチバチの美人だが、二人で買い物してる姿はそういう関係性にあるって思われるようだ。
俺が支払いもしてるしな。
パパ活にしては俺とマオの年齢差は見た目はそこまで大差ないようだし。
否定するのもなんか面倒だったので、
「そうっすね、俺も可愛くて美人な彼女に似合う服が買えて、彼氏冥利に尽きますわ」
と答えておいた。




