13.謎に家事スキルの高い魔王①
マンションの下に着き時計を見ると、まだ十八時を回ったところだった。
俺の帰宅時間としては驚くほど早い。
今日は直帰するからとたまたま連絡が来た夏樹にそう伝えたら、悲鳴に近い叫び声を上げた後、奴には根掘り葉掘り聞かれた。
あれだけ会社大好き人間の晃が一体どうしたんだ、とか、人の家で浮気した最低彼女の後、誰もそういった相手を作らなかった俺にも遂に早く帰って一緒に過ごす彼女ができたのかとか、諸々と。
その辺は適当に返しておいたが。
今日の帰宅時間が早い理由は一つである。
それは家に魔王がいるからだ。
まあ、千草さんにはよ帰れと今朝に言われたってのもあるが。
夕方には帰ると約束したし、こっちに来たばかりの魔王をずっと一人にしておくわけにもいかない。
「……ただいま。今戻った」
ただいま、なんて言いながら家に帰るのは何年振りだろう。
少しだけ照れながらも鍵を開けて中を覗いた俺は、しかし思わず目をぱちくりとさせると、中には入らず一度扉を閉め、表札の文字を確認する。
……うん、俺んちだな。
そもそも鍵が開いたんだから俺の家に決まっているんだが、家主である俺が戸惑うほどには、今朝までと様子が様変わりしていたもんで。
なのでもう一度ドアを開けると、俺の到着に気付いたらしい魔王がリビングからこちらへとやってきた。
「思ったより早かったのだな。主の仕事の具合から察するに、もっと遅いかと思っておったが」
「いや、俺夕方には帰るって言っただろう?」
言いながら、部屋の異変について尋ねようとした俺だったが、その前に魔王の右手に握られていたあるものの存在に気付く。
「あーっと、えと、魔王さん? その、今持ってるやつって」
「これか? ああ、主の下着だな」
「あ、やっぱり……?」
魔王が俺のパンツを持っているという事実に恥ずかしさで少し顔を赤らめると、俺以上に顔を赤くした魔王が慌てて口を開く。
「ご、誤解するでない! 我がこれを持っているのは、主の下着を手にして喜ぶ変態ということではなくてだな。たった今洗濯機という機械から取り出した物を畳んでいただけだぞ! あの機械が、『洗濯が終わりました。早く取り出してください』と言ってきたからな。その最中に主の帰ってきた気配がしたから思わず、ちょうど畳み途中だったこれを持ったまま出迎えてしまっただけで」
魔王に変態疑惑を持っていたわけじゃないが、やっぱりそういう理由だったようだ。
ってことはこの辺がきれいになっているのは、やっぱりこの魔王のお陰ってことなのか。
あといつの間に洗濯機という単語を覚えたんだ。
とりあえず俺は魔王から下着を渡してもらおうと手を伸ばすが、これは自分の仕事だと断られた。
なので諦めて、改めて周囲を見渡す。
ビフォーは廊下の床があまり見えず、乱雑に物が散らかっていたはずなのだが、アフターではそれらがすべてなくなっている。
「この辺りの物は、一旦あちらの部屋に種類ごとに分けておいておるぞ。他にも棚から落ちてきた洗濯物も全て畳んでおる。そういえば掃除機という物もかけておいたぞ。後は布で床や棚を拭いたりもな」
「マジか」
確かに魔王には好きにしたらいいとは言っていたが、まさか魔界を統べる王である魔王様が、一介の人間に過ぎない俺の部屋を自ら掃除してるだなんて全く想像もつかなかった。
驚愕したまま奥のリビングへ入ると、久しぶりに汚部屋ではない部屋と対面する。
服も種類ごとに畳まれており、畳み方も俺がやるよりも綺麗なものだった。
しかも説明もしていないのに掃除機も駆使しているようだし、というか洗濯物とか畳むのかと色々驚くことばかりだ。
俺のパンツも綺麗に色ごとに仕分けされている。
他にも部屋の隅にアイロン台とアイロンが置かれていて、シャツなんかはアイロンがけされたものがハンガーにかかっていた。
いつも帰りは夜遅く、まともに空気の入れ替えもしていなかったが、窓が開いているお陰で風が通り、心地がいい。
「すまない。勝手に触るのはどうかと思ったのだが、やはり何もせずにはおれんでな」
「いや、魔王さんが謝ることはないよ。むしろこんなに綺麗にしてもらって、こっちが礼を言わないといけないほどだ」
それにしても、魔王といえば誰もがひれ伏す存在だろう。
なのにこんなに家事スキルが高いって一体どういうことなんだ?
一緒に旅してた王女なんて、着替えから何から全て魔法使いにさせていて、本人はまともに何もできなかったほどなのに。
素直に疑問を口にしたら、魔王は若干表情を曇らせながら答える。
「魔界の場合、四天王職にある魔族が代々魔王の世話係として任命されるのだが、その内の二名ほどがかなりの問題児というか、ちと厄介な奴らでな」
「四天王────あの魔王城にいた魔王さんの次に顔面がやたらとキラキラしていた奴らか」
「ああ。我への忠誠心が高いのはありがたいことなのだが、その、行き過ぎというか。部屋の掃除だとそやつらが入ってくると、必ず我の下着が何枚か盗まれたり、着替えの時も必要以上に体をまさぐってきたり」
他にも深夜に寝ていると護衛という名目で寝顔を拝みに部屋に侵入したり、入浴時も手伝いと称して断っても乱入してくることが日常茶飯時だったという。
「なるほど。完全にヤバイ奴らだな」
「そうなのだ。そこで我は他のまともな残りの二名に世話をお願いしようとしたのだが、そうするとその二名を亡き者にしようと奴らが暴走する始末で。だから我は自分のことは全て自分ですると宣言し、やつらが部屋に入れないよう結界を張っていたのだ」
それが結果的に魔王の家事スキルをあげることに繋がったと。
俺は記憶の中にいる四天王たちを思い浮かべる。
あの四人の中に魔王に対して偏執的な感情を抱いていそうなのといったら……ああ、確かにいたな。
多分あいつらだろう。
やたら魔王への愛を叫んでいた氷を操るプラチナ色の髪のイケメンと、ピンクの髪をツインテールにしたロリッ娘風使い。
見るからに目がいっちゃってたもんなぁ。
「それ以外にも家事ができる理由はあるのだが」
と、ぼそりと魔王さんがそう呟く。
それは俺に聞かせるというよりは、思わず漏れ出てしまった独り言のような感じで、少しだけ表情が暗い。
まあ、色々とあるよな、事情なんて。
だから俺はそれを聞かなかったことにした。




