11.魔王に想いを馳せる昼休み
会議終わり、俺は伊吹さんに声をかける。
「すみません課長、ちょっと相談したいことがあるんですけど、あとで時間もらってもいいですか?」
「いいわよ。今からは一件アポがあるから……そうね、昼食を取りながらでもいいかしら?」
「大丈夫です」
俺の今日の外回りは午後からなので問題はない。
それから小一時間ほどして昼休憩になり、俺は伊吹さんと一緒に会社を出る。
「霧島君コーヒーは好きよね?」
「好きですね。毎朝買って飲むくらいには」
朝飯は普段から食べないが、いつもコンビニやチェーンのコーヒーショップで買ったものを会社に持って出勤している。
今朝は時間がなくて買えんかったが。
「この近くに穴場なんだけど美味しいコーヒーを出すお店があってね。そこで昼食でもいいかしら? サンドイッチやオムライスに定食なんかもあって、値段も手ごろなのに味もすごくいいしボリュームもあるの」
「俺はどこでもいいですよ」
その店は会社から近いところにあるが、裏路地のような場所にあるためか、俺は存在すら気付いていなかった。
中に入るとコーヒーの香りがすぐに鼻をくすぐる。
穴場だと伊吹さんが言っていたように、昼食時にもかかわらずお客さんの数はまばらだ。
伊吹さんは常連なのか、マスターに軽く会釈をした後慣れた足取りで奥のテーブル席に座る。
メニュー表には結構な種類の食事メニューがあって、どれにしようかちょっとだけ悩む。
「私はオムライスのご飯は少なめで。あとは食後にコーヒーを」
「なら俺は……このトーストサンドですかね。それと俺も伊吹さんと同じでコーヒーも食後にお願いします」
注文を取りに来たマスターがメニューをメモして去った後、商品を待つ間に伊吹さんが尋ねる。
「それで、相談っていうのは? 意中の相手の落とし方とかかしら」
「違いますよ。仕事のことに決まってるじゃないですか。あと俺にそんな相手はいないですから」
「そうなの? 霧島君結構モテるのに」
「何の冗談ですか、それ」
面白みのない戯言に思わず眉間に皺が寄る。
彼女がいる現在もしょっちゅう告白されている夏樹ならともかく、この俺である。
「俺は夏樹と違って女子社員にキャーキャーと囲まれたことはないし、飲み会に顔を出しても周りに集まるのは野郎ばっかりですよ」
「ふふっ、本当に気付いていないのね。霧島君って一見とっつきにくいけど、後輩の面倒見もいいでしょう? それに仕事もできるし、女子社員の中では恋人……というより、結婚相手の候補として有望株なのよ」
「へぇ、知らなかったです」
「他人事みたいに言うじゃない」
「あんまり興味ないですからね。それに、俺一回痛い目見てるんで。そういう相手は当分いらんですわ」
もう二年も前になるが、告白されて付き合った元カノ。
あの時は散々な目に遭った。
別れる時は向こうが浮気したのが原因だったってのに死ぬほどごねられ、ようやく縁を断ち切れた時は精も根も尽き果てた。
「で、そろそろ本題に入ってもいいですか?」
「そうね、ごめんなさい。話が脇に逸れちゃったわね」
「いいですよ。それで今度営業かけにいく予定の会社の件なんですけど────」
その後十五分程伊吹さんと話をすると、自分の中であらかた整理がついた。
彼女の言葉はいつも的確で、正直この人が上司で良かったといつも思っている。
「話聞いてもらって助かりました伊吹課長。おかげで何とかなりそうです」
「それならよかったわ。期待してるわよ。あなたはうちの課のツートップの片割れなんだから」
「いやいやあの夏樹には敵わないですよ。でも課長のご期待に沿えるように頑張ります。しっかり契約もぎ取ってくるんで」
話が終わったのと同時に、ちょうどいいタイミングでマスターが料理を持ってやってきた。
伊吹さんの前にはトロトロ卵系の、ではなく、卵でくるっと巻かれたシンプルなオムライスが、そして俺の前には卵やハムやレタス、トマトやキュウリなど、これでもかとふんだんに具材が挟まれたサンドイッチが置かれた。
メニューにあったメンチカツ定食と迷ったんだが、こっちも当たりのようだ。
見た目からでも分かる。
これ、絶対外さないやつだ。
伊吹さんのオススメなだけあって、サンドイッチは当然美味しかった。
あと量が男一人でもはち切れそうなほどあって、食べ終わった直度、食後のコーヒーが入るか不安になるほどだ。
「マジで美味かったです。今度は定食食べようかな、でも伊吹課長の食べていたオムライスも捨てがたい……」
「どちらもオススメよ」
「俺、個人的にオムライスはふわとろ卵のやつより、薄焼き卵でケチャップライスを包んだ昔ながらの方が好きなんですよね」
「それなら絶対にここのは霧島君の好みね」
そんな会話を交わしながら、ふとサンドイッチがなくなった皿を見て思う。
そういや、昨日買ったコンビニのサンドがまだ冷蔵庫には残っている。
今朝食べてくれと伝えはしたが、魔王、ちゃんと飯は食べているだろうか。
確認しようにも彼女はスマホを持っていないから連絡手段がない。
ペットカメラでも家に付けてたらよかったが、生憎あの部屋にペットはいない。
むしろそれを付けてたら元カノの浮気にもすぐに気付けただろうに。
「急に難しい顔になっているけど、何か考え事?」
「あ、いえ、まあ、大したことじゃないです」
「ならいいんだけど。あなた、あまり周りを頼らない節があるから、何かあればいつでも今日みたいに相談しなさいね。私相手でなくてもいいから」
大変ありがたい言葉だが、しかしさすがに言えないよな。
今家には拾って連れ帰ってきた魔王がいて、飯の心配をしていました、だなんて。
だから、
「その時が来たら、遠慮なく頼らせてもらいますよ」
という返事で誤魔化し、大変美味なコーヒーに舌鼓を打った後会社へと戻る。
すると机の上に小さな箱に入った何かが置かれているのを発見する。
怪訝に思いながら確認すると、どうやらお菓子のようだった。
「なんでこんなもんがここに?」
「霧島先輩!」
首を傾げてたら、後ろから女子社員の声がした。
振り返ると、この間まで俺が面倒を見ていた新入社員の子がいた。
「これ、私が置いたんです。先輩には研修の時にはお世話になりましたから、そのお礼に
って……」
「別に気にしなくていいのに。俺は教育係として当然のことをしただけだ」
「でも、たくさんミスもしましたけど、霧島先輩がたくさんフォローしてくださって、それに先輩のお陰で仕事もいくつか覚えることができましたし」
「それは楠さんが頑張ったからだって。でもまあ、くれるってんならありがたく貰うわ」
わざわざ用意してくれたのだ。断ることもないだろう。
途端に楠さんの顔がぱっと輝く。
「霧島先輩って確か甘いものも結構好きだって聞いたので、そんな先輩が好きそうなものを選びました!」
「気を遣わせたな。ありがとう。だけど楠さんが俺のために用意したものならなんだって嬉しいから、そこまで気を回さなくても良かったんだぞ」
「いえ! 先輩に喜んでもらうためですから!」
本当に俺はやるべきことをやっただけなんだが、後輩に感謝されるってのは悪い気分に
はならない。
言葉通りありがたく頂戴しつつ、甘いものといえば、冷蔵庫には他に昨日買ったみたらし団子もあった。
あれ、三時のおやつに魔王に食べててもらってもいいんだって言うの忘れてたな。
中にとろけるみたらしあんが入った団子は、俺の中で最近はまっているもので、よく買っているのだ。
魔王はきっと餅もみたらしも初めてだろうから、食感やらなにやらで感動してくれそうな気がする。
食べたらきっといい表情するんだろうなと、その顔を想像して思わず顔がにやけそうになるのをすんでのところでとどめ、外回りの準備をしていると、後ろからポンと肩を叩かれた。
「なんですか課長」
「言ったでしょう? あなたモテるのよって」
どうもさっきの楠さんとのやり取りを見られていらしい。
だがあれは別にそういうんじゃない。
感謝の印として後輩から物をもらったという、ただそれだけのことだ。
「新入社員の面倒を見てたら、なんかいつもみんなこっちに気遣ってくれるんですよね。去年も一昨年もそうでしたし」
だから伊吹さんの勘違いですよと笑ったら、彼女は大袈裟にため息をついた。
「そういうところよ、霧島君」




