居酒屋と、忘れられない言葉たち
「今日、ちょっと飲みに行かない? たまにはさ」
帰り際、千尋さんがふと声をかけてくれた。
驚いたけど、心のどこかがホッとして、あかりは素直にうなずいた。
向かったのは、小さな居酒屋。木のカウンター、湯気の立つおでん、どこか落ち着く匂い。
ビールの泡とともに、ほんの少し、今日の重さが抜けていく。
千尋はビールをぐいっと飲んでから言った。
「春日さん、今日は大変だったね。でも、ちゃんと頑張ってるの、私には見えてるよ」
その言葉に、あかりは心の奥がじわっと温かくなるのを感じた。
そして、ぽつりと話し出した。
「小学生の頃、私、すごく明るくて、なんでもすぐ口に出す子だったんです。あるとき、仲良かった“なつき”って子がいて……何を言ったのか覚えてないんですけど、別の子に“あかりって、人の気持ち考えてないでしょ? なつき、あかりの言葉で傷ついてるよ”って言われて……」
「……うん」
「私、なにに謝ってるのかわからないまま“ごめん”って言って。でも、それがずっと気になってて。自分の言葉で誰かを傷つけてるかもしれないって……怖くなったんです」
千尋は深くうなずいた。
「そういうの、根っこに残るんだよね」
「実は、まだあって……」
「……まだあるの…」
(まさかの“第2話”来た)と思いつつ、千尋は「聞くよ」と微笑んだ。
「中学のとき、家庭科でぬいぐるみを作ったんです。展示してるのをみんなで見てて……その中に、なんかバランスが悪くて可愛くないトラのぬいぐるみがあって」
「うん……」
「私、それを見て、“あれ、可愛くないね〜”って言っちゃったんです。そしたら、作った本人がま後ろにいて、“それ、私の”って」
「……あちゃ〜……」
「すぐ謝ったけど、もう、どうしようもなくて。またやっちゃったって」
「うんうん、言ったあとで気づくやつ」
「……でも、まだあるんです」
「ちょ、待って、まだあるの⁉(なん部作なの)」
あかりは恥ずかしそうにうつむきながら、続きを話した。
「高校のときです。朝教室に入ろうとしたら、廊下がざわついてて。どうしたのかなって思ったら、友達のひとりが髪をバッサリ切ってて。”みんなが“可愛い〜!”“似合う〜!”って言ってたんです」
「うん、女子あるあるだね」
「でも……私は、その髪型、似合ってないと思って……思ったことをそのまま“似合ってないよ〜”って、みんなの前で大きな声で言っちゃったんです」
「……ああ、それは……」
「その子、怒って、しばらく口きいてくれなくて…“なんでそんなこと言うの?”って」
「うわ……」
「私はただ、思ったままを言っただけで、悪気はなくて……でも、言ったことが人を傷つけるっていうの、またやっちゃったって……」
千尋はあかりの話を黙って聞いていた。
そして静かに言った。
「春日さん、昔は“思ったことをすぐに言っちゃう子”だったんだね」
子どもの頃の「何気ない一言」って、大人になっても残ってたりしますよね。
あかりの傷も、そっと語られることで、少しずつ癒されていく気がします。




