カーディガンと、ひとことの救い
気持ちを切り替えたくて、
朝は、私はいつもより明るい色のラベンダーのカーディガンを選んだ。
「ちょっと派手かな……いや、今日はこれくらい着てもいいよね」
鏡の前で少し悩んで、でも、えいっと袖を通した。
けれど、昼休み、コピー機の前で増田先輩と一緒になってしまった。
「春日さんって、服のセンスちょっと独特ですよね〜。なんか昔のお姉さんっぽいっていうか。ふふっ」
「……そうですか?」
なんとか笑って返したけど、心の奥にぴしっと細かいヒビが入る音がした。
「いや、悪いって意味じゃないけどさ〜。女の子なんだし、もうちょっと流行とか気にしてもいいんじゃない? 春日さんって、いつも地味だし。もったいないよ?」
“もったいない”——
それって、私のこと、もっとマシになれるのに残念ってこと?
私が今朝、鏡の前で「悪くないかも」って思った気持ちは、今、まるごと否定された気がした。
午後、席に戻った私は、そっとカーディガンを脱いで、椅子の背にかけた。
できるだけ目立たないように、誰にも見られないように。
自分でも情けないと思った。
たった一言で、自信が消えてしまう自分が——本当に、嫌だった。
そっと聞いてみた。
夕方。帰り支度の時間が近づいてきたころ、私は思い切って、隣の席の千尋さんに声をかけた。
「……あの、今日のこのカーディガン、変じゃなかったですか?」
少し間があって、千尋さんは目を丸くして、それからやさしく笑った。
「え? ぜんぜん変じゃないよ。むしろ、春日さんって淡い色が似合うなって思ってた。明るく見えて、素敵だったよ」
「ほんとですか……?」
「うん。今日ちょっと疲れてる感じしてたけど、そのカーディガン見て、“頑張ろうとしてるんだな”って思ったよ」
胸の奥が、きゅっとなった。
「自分が“いいな”って思った服なら、それでいいんじゃない?
誰かの価値観で服選ぶのって、つらくない?」
……そうか。そうだよね。
たった一言の言葉が、あんなに傷になるのなら、
たった一言のやさしさで、こんなにも救われることもあるんだ。
私は小さく「ありがとうございます」と頭を下げて、
もう一度、カーディガンをそっと羽織った。
自信って、小さな一言で折れるけど、小さな一言で立ち直ることもある。
あかりにとって、この日が“ちょっとだけ前に進んだ日”になりますように。